038
湖を水竜で移動していた魔王一行は、ドボンと鳴る音に一斉に姫騎士を見るが、そこには姫騎士の姿は無かった。
「お兄ちゃん! 姫騎士さんが!!」
「ああ。わかっている。サシャは水竜を止めてくれ!」
魔王の慌てた声に、勇者は冷静に指示を出してから、水竜の尾まで走ると飛び降りる。
そして、水に入って泳ぐ……ん? 水面を走ってる?? うん。勇者は水面を走って、姫騎士の救出に向かった。
「アレ……走っているわよね?」
「本当ですね……」
「アニキって、人間なの?」
水面を走る勇者を見た一行は、微妙な顔で各々言葉を漏らす。誰だってそのような光景を見たら、そう思っても仕方がない。
皆が呆気に取られている中、姫騎士を発見した勇者は、スレ違い様に首元の服を掴んで引っこ抜く。
そこから走るスピードを落とさないように大きくカーブして、水竜に飛び乗るのであった。
「ふぅ……さすがに、人ひとり担いではしんどいな」
勇者はポツリと呟くと、皆の視線を無視してアイテムボックスから出したタオルで姫騎士の頭や体を拭く。
「ちょっと! 驚いているんだから、こっちも相手しなさいよ!!」
だが、何事も無かったように振る舞う勇者に、テレージアはムキーっと噛み付いた。
「ん? ああ。姫騎士は助かったぞ」
「ちっが~~~う! どうやって水の上を走っていたかを聞いているのよ!!」
「走ってだ」
「ふ~ん。走ったんだ~……って、納得できるか!」
テレージア、絶好調。勇者もたじたじになって、質問に答える。だがその質問は、普通なら考えられる可能性だったのだが、勇者にとっては大きく的が外れていたみたいだ。
「別に魔法じゃない。右足が沈む前に左足を出して、それを続けただけだ。姫騎士を担いでいたから、最後は膝まで沈んでしまったけどな。ハハハ」
「とんでもない化け物ね」
勇者の笑いに、いつもより気持ち悪いモノを見る目のテレージア。皆にも同じ目で見られているが、魔王の目は耐えられないらしく、勇者は強引に話を変えようとする。
「そ、それより、姫騎士の事だろ?」
「そうだけど~……はぁ。どうして飛び込んだりしたのよ?」
「………」
勇者へのツッコミを諦めたテレージアは、姫騎士に問いただすが返事がない。その憔悴した姫騎士の顔を見た魔王は、テレージアの質問を止める。
「少し様子を見ましょう」
「だな」
「念の為、お兄ちゃんは姫騎士さんのそばに付いていてくれますか?」
「いいけど……サシャは?」
「え、あ、私も隣に座ります……」
「何をしても、気持ち悪い勇者だわ~」
魔王は、勇者の隣に座れと言う目に負けて座る。テレージアの酷い言いようはもっともだが、そこはヘタレ勇者。魔王からジリジリと離れ、姫騎士にベッタリとくっついてしまう。
その姿を見たコリンナは三人をガン見し、テレージアはパタパタと三少女の元へ飛んで行き、ぐふぐふと下世話な話に花を咲かせるのであった。
それから時は過ぎ、魔王達を乗せた水竜は、目的地であるバリングラ温泉近くに到着した。
「ここでいいんだよね~?」
「はい! ありがとうございます。お兄ちゃんは姫騎士さんを降ろしてください」
「おう! わかった」
「姫騎士は、おんぶ出来るのね……」
皆が水竜から桟橋に降りるが、テレージアはヘタレ勇者に疑問を呟く。魔王の場合、おんぶは出来ず、椅子に座らせて背負っていたのだから仕方がない。
勇者がヘタレなのは妹に対してだけで、その他の女性は興味が無いから背負えるのであろう。
「それじゃあ、ボクは行くね。バイバ~イ」
「今回も楽しかったです! さよなら~」
皆が桟橋に降り立つと、水竜はヒレをひらひらと振って去って行く。水竜を見送った魔王一行は、パリングラ温泉に向かって歩く。
桟橋からパリングラ温泉までは近かったので、日が落ちる前に到着する魔王一行であった。




