037
スカウトを成功させ、水竜のヒルデに乗り込んだ魔王一行の湖の移動は順調に……とは行かず、姫騎士が剣を抜いて魔王を問いただしている。
「サシャ殿! これはどういう事だ!!」
「移動手段ですかね?」
「そんな事は聞いていない! この水竜はなんだと聞いているんだ!!」
「えっと……友達と言いたいのですが、立場上、部下になります」
「部下……では、先ほどこの魔物が言った、魔王と言うのは間違いではないのか?」
「はい! 私が第三十三代魔王、シュテファニエです」
「なんだと……斬る!!」
姫騎士はひとっ跳びで間合いを詰め、魔王に剣を振り下ろす。だが、隣に立っていた勇者が間に入り、剣を握って止める。二人の衝撃で剣は折れ、剣先は勇者の手の中に収まる事となった。
「邪魔するな~~~!」
「まあまあ。一旦、落ち着こうじゃないか」
怒鳴る姫騎士に、勇者はのほほんと応える。
「落ち着いてられるか! 魔王が目の前にいるのだぞ!!」
「だから落ち着けって」
「そうよ。魔王が何か悪い事でもしたの?」
「したさ! 我が国の町をひとつ焼いておいて、何を言っている!」
勇者が宥めるが、聞く耳持たず。テレージアも質問するが、火に油のようだ。すると魔王が、姫騎士の目をジッと見て語り出す。
「姫騎士さん。私ども魔族は千年前の条約に従い、平和に暮らしていました。なので、人族の皆様に迷惑を掛ける事は絶対にしておりませし、私がそんな命令をした事もありません」
「その様な言葉、信じられるか! 町に現れたゴブリンは子供を殺し、女を犯したんだぞ! トロールは男を殺し、町を破壊したんだぞ!!」
「我々魔族に、そのような野蛮な者は居ません! 畑を耕し、作物と語り、幸せに暮らしているのですよ!!」
姫騎士は目に涙を溜めて魔族を非難するが、魔王も涙を溜めて魔族を擁護する。
「じゃあ、この水竜はなんだ! 隣の化け物はなんだ!!」
「ヒルデちゃんは、湖の管理をしてくれる職員です。優しい性格で、レタスが好物です」
「レタス?」
「お兄ちゃんは、私どもが異世界から召喚した勇者様です。ちょっと変わっていますけど、怖い人ではないと思います」
「勇者? いや、魔王が宿敵の勇者を召喚するわけがないだろう!!」
姫騎士は、今度は目に見える化け物を非難するが、魔王の答えが思ったのと違い過ぎたのか、ややテンションが下がる。
「私は千年前に召喚された勇者様の子孫です。なので、異世界召喚の術も、受け継がれています」
「勇者の子孫が魔王??」
姫騎士の疑問が膨らみ、ついに言葉が止まる。そこにテレージアが、口激に参加する。
「妖精女王のあたしも、その召喚に立ち会っているわ。でも、思っていたのと違う勇者が出て来てがっかりしてるのよ」
「がっかり?」
「だってそうでしょ? まったく攻撃できない勇者よ? だからこうして、わざわざスカウトにやって来たのよ」
「攻撃ができないのか……」
「それに魔族が森を抜けて人族に攻め行ったなんて、信じられないわ」
「ど、どこががだ!!」
「だって、私の実家を燃やしたのは人族よ。仲間も何人も捕まって、命からがら助けを求めたら、魔族は優しく助けてくれたんだからね」
「人族より魔族が優しい? そんなわけはない!!」
「ちょっといい?」
姫騎士と魔王達の言い合いを、ポカンと見ていたコリンナが手を上げる。姫騎士は睨むが、魔王はどうぞと手を差し伸べる。
「オレ達は、燃やされたって言ってた町で、安い仕事を受けて生きてたんだよね。そこで変な男に依頼されてね。その依頼が体を緑色に塗って、町を練り歩けって依頼だったの」
「それって……」
コリンナの言葉に、姫騎士は何かを気付いて顔を歪める。
「そうよ。オレは危険を感じて参加しなかったんだけど、緑色に塗られた友達は兵士に殺されたわ。さらにその兵士は何をしたと思う?」
コリンナは一呼吸を置くと、姫騎士を睨みながら声を出す。
「町の者を殺して火をつけたのよ。オレ達はそれを見て、すぐに森に逃げたわ。きっとあんたが聞いた話通りになったんでしょうね!!」
「う、うそだ……」
姫騎士は、コリンナの怒声に膝を突いて崩れ落ちた。当然信じられないのだろう。
野蛮だと思っていた魔族が穏やかで、正義だと思っていた人族が悪だったのだから……
姫騎士の絶望の顔を見た魔王は、掛ける言葉を失い、水竜に行き先を伝える為に離れる。勇者もコリンナに付き添い、優しい言葉を掛けている。
水竜に乗ってどれぐらい時間が経ったであろう……
ドボンと音が鳴り、皆は虫の報せか一斉に姫騎士を見るが、そこには姫騎士の姿は無かった。