036
「私に雇われてください!!」
突然、深々と頭を下げる魔王に、姫騎士とコリンナはポカンとする。それから一分ほど経つと、一向に返事が来ないので、魔王は顔を上げた。
「えっと……嫌ですか?」
その質問に先に答えたのはコリンナ。
「嫌も何も、何をして、何をくれるか聞いてないわよ」
「あ、そうでした。コリンナさんには、作戦を立てて、それを指揮して欲しいのです」
「つまり指揮官ってこと?」
「それです!」
指揮官と聞いたコリンナは、ため息まじりで指摘する。
「無理よ。こんな小娘の指揮を、誰が聞くのよ」
「そうですか……じゃあ、作戦を立てるだけでも!」
「それぐらいなら……報酬にもよるけどね」
「お金ですよね? コリンナさん達が使われているお金と価値が違うかもしれないので、いくらとまでは言い切れません……ですが、食べきれないほどの食事は用意させていただきます!」
「食べ切れない? じゃあ、この子達も養えるの?」
「もちろんです! 個別で支払ってもかまいません!!」
「本当!? それならやってもいいかも!」
「では、決定ですね!」
コリンナは喜びながら三少女に抱きつく。魔王はその嬉しそうな姿を見て、次の標的に移る。
「姫騎士さんは、どうですか?」
「私は帝国の皇女だ。他国の者に雇われるわけにはいかない」
「でしたら、剣客でしたか? それになって、しばらく我が国に隠れてしまうのはどうですか? 行くあては無いのでしょう?」
「それでも私は……」
姫騎士は折れる素振りが無い。だが、魔王もどんな汚い手を使っても、魔界の為、口説き落とすつもりだ。
「姫騎士さんは、コリンナさんに借金がありましたよね?」
「ああ。いまのところ、払うあてはないんだがな……」
「それを私が肩代わりします。と言う事で、私に借金を返してください!」
「なっ……」
「必ず払うと約束していたじゃないですか? あれは嘘だったのですか?」
「嘘ではない。何年かかっても……」
「いつ払えるのですか? コリンナさんだって、そんなに待てませんよね?」
魔王がコリンナに質問すると、雇用主を立てる為か、コリンナは頷いてくれる。
「ほら。待てないとおっしゃっています」
「うっ……」
「給料は高く払わせてもらいますので、一ヶ月だけ……一ヶ月だけ雇われてください! お願いします!!」
「うぅぅ……一ヶ月だけだぞ!」
「やった! ありがとうございます!!」
弱味につけ込んだ魔王の勝利。ついに姫騎士を口説き落とす事に成功するのであった。
二人のスカウトが上手く行くと、魔王は喜びのあまり、走って勇者に抱きついた。
「お兄ちゃん! やりましたよ! スカウトが成功しました!!」
「プシューーー!」
しかしヘタレ勇者は魔王に抱きつかれ、思考停止してしまった。そんな二人にテレージアが注意する。
「魔王……離れてあげなさい。勇者が死ぬわよ」
「わ! お兄ちゃん。誰がこんな事を……」
「あんたよ! ……それより、みんなの気が変わる前に、魔界に連れて行きましょう。勇者は私が起こしておくわ」
「あ……この人数を、どうやって移動しましょうか?」
「アレ、使ったら? 帰りだけなら大丈夫でしょ?」
「そうですね! お兄ちゃんをお願いします!!」
テンションの上がっている魔王は、今度は湖の砂浜まで走り、収納魔法から角笛を取り出す。そして、大きく息を吸って、高らかに笛を吹き鳴らす。
すると音が気になったのか、姫騎士が歩み寄る。
「いまの笛の音は、なんだったのだ?」
「迎えの者を呼びました!」
「迎え? 馬で移動するのではないのか?」
「あ! お馬さん達を放してあげなきゃです。姫騎士さん。お手伝い、お願いしていいですか?」
「あ、ああ」
姫騎士は魔王のテンションに押され、馬車に繋がれた馬をほどく。すると、テレージアに蹴られたからか、思考停止から戻って来た勇者が片付けに参加する。
「もう馬車はいいのか?」
「はい! 迎えを呼んだので大丈夫です!!」
「じゃあ、仕舞うな。しかし、嬉しそうだな」
「はい! これで未来に希望が持てました~」
勇者はアイテムボックスに馬車を入れながら話していると、姫騎士が会話に入って来る。
「未来に? お前達の国は、それほど切迫しているのか? 父上が、何か無理を言ったのか?」
「えっと……かなり切迫していると言いますか……帝国さんから、何かされていると言いますか……」
「まぁ姫騎士の親父さんのせいではあるよな」
「……そうか。それはすまない。なにぶん我が国は軍事大国だからな。力で物事を押し通そうとする癖が、あ…る……」
姫騎士が魔王達に謝罪をしていると、言葉が出なくなり、目線を上げる。不思議に思った魔王達も振り返ると、そこには巨大な水竜が顔を出していた。
「ヤッホー! 魔王ちゃん。呼んだ~?」
「あ! ヒルデちゃん。お久し振りです!」
水竜の姿を見た姫騎士とコリンナ達は、指を差して口をあわあわしている。そんな中、のほほんと挨拶を交わす魔王と水竜であった。
「スベンさんから連絡が行っていると思いますが、緊急事態なので乗せてください」
「いいよ~。ボクは目立つから、早く乗って~」
「はい! みなさん。乗ってください……あれ?」
ようやく魔王は、皆が口をパクパクしている姿が目に入る。すると、テレージアが早口で指示を出す。
「勇者! さっさと全員乗せて! ズラかるわよ!!」
「おう!」
「あ! 私も手伝います!!」
勇者は素早く動き、姫騎士、コリンナと抱き上げて水竜に乗せ、魔王は三少女の一人を手を引いて乗せ、残りの二人も勇者が乗せてしまう。
全員が乗ると、魔王が水竜にすぐに出てくれと頼み、砂浜から離れるのであった。




