035
キレる姫騎士がようやく落ち着くと、勇者は屋根の無い馬車を取り出し、魔王にも手伝ってもらって馬を繋ぎ、皆を乗せて出発する。
勇者が御者になって馬車が走り出すと先程に続き、魔王と姫騎士から質問がやって来る。
「お兄ちゃん! なんですかこの馬車は!?」
「揺れが全然しないぞ! 何処で買えるのだ!?」
「何処でと言われても……」
「なんでこんなに揺れないのですか?」
「そうだ。馬車なんて、お尻が痛くなるのだぞ!」
「サスペンションとか言うのが、ショックを吸収するとかどうとか……」
「サスペンション??」
「マジックアイテムの一種か??」
「俺もよくわからないんだよな~」
「またそれか……」
「お兄ちゃんの、わからない事をわからないままにする癖は、直した方がいいと思います!」
「うっ……」
魔王に怒られてしゅんとする勇者。
「かわいい……」
もとい、ぷりぷりする魔王を見て喜ぶ勇者。二人に責められても気持ち悪い笑顔で返すだけので、結局、諦める事となったようだ。
その後、追っ手から距離を取る為、日が落ちるまで馬を走らせて、魔王の生活魔法の光を頼りに野営に取り掛かる。
今日は余っているスープとパンで腹を満たし、馬の世話をしてから皆は眠る。魔王は頑張って見張りをしていたが、明け方が近付くと眠ってしまったようだ。
だが、何事もなく朝を迎え、馬車を走らせる。眠ってしまった魔王は反省し、朝から眠ろうと頑張っていたがなかなか眠れないので、今夜からは当番制となった。
当番をする者は、出来るだけ馬車で眠るようにし、勇者と姫騎士で馬の操縦を代わる。
この日も何事も無く一日が終わり、翌日の昼過ぎ……
馬車を手に入れてスピードアップした事によって、予定より早くに隣町を視界に収める。
「これで金貨百枚の報酬を貰えるのよね?」
「ああ。必ず払うから心配するな」
コリンナは心配するように尋ねるが、姫騎士は力強く返す。
「まぁこの数日、あんたの事は見ていたから、信用は出来るわ」
「王族を簡単に信用していいのか? 王宮なんて、陰謀蠢く毒蛇の巣だぞ?」
「やっぱり、オレたちを罠にハメる気なの!?」
「ははは。冗談だ」
姫騎士の笑い声を聞いたコリンナは、意外そうな顔を見せる。
「……あんたでも笑うのね」
「当たり前だろ」
「初めて見たわ」
「そうだったか?」
姫騎士は意見を求めるように皆の顔を見るが、頷く姿を見て、照れながら笑いを隠す。もったいないと皆に言われると、怒り出した。
今まで気を張っていたのだろう。この三日間の旅で、勇者達と接している内に仲間意識が芽生え、逃亡生活が楽しい旅へと変わった事が、姫騎士の笑顔を引き出したのだ。
そうして馬車の中では明るい声が聞こえる中、ウーメラの町に到着する。勇者は道沿いに馬車を走らせ、町の門にまで進ませると門兵に止められる。すると、姫騎士が一人で馬車から飛び降りた。
「姫殿下!!」
「ご苦労。私の私兵に会いたいのだが、案内してくれるか?」
「あ、あの……」
姫騎士の顔を見た門兵は驚きと喜びの顔を見せたのも束の間、顔を暗くする。
「どうした? 何かあったのか?」
「その……現在、姫殿下には国家転覆の謀反の疑いがあると言うので、次兄殿下から、この町に来た場合は捕らえろとお達しが下っていまして……」
「謀反だと!? 私がそんな事をするわけがないだろう!!」
「わ、わかっています。何かの間違いですよね」
姫騎士が怒りを露にすると、門兵は申し訳なさそうに弁解する。
「すまない」
「い、いえ。私なんかに謝罪はいりません」
「……そうか。では、私兵を呼び出してくれないか?」
「姫殿下直属の騎士も長兄殿下の召集に、しばらく前に最前線の町へと立たれました」
「私の兵が……何故だ?」
「次の町への進軍の日付が決定しましたので、魔界に居るほぼ全ての兵を集める模様です。それで断れなかったのかと……」
黙って姫騎士達の話を聞いていた魔王は、進軍と聞くと、身を乗り出して声を出す。
「進軍はいつですか!!」
「一週間後と聞いています。ですが、最初の町からの応援が遅れているようですので、少し延びるかも知れません……あ、そちらの方達は?」
「私を助けてくれた者だ。進軍となると、私も急がないといけないな」
「長兄殿下からも、謀反が本当かどうかわかるまで、この町に滞在させるように言われているのですが……」
「なんだと!? それでは私の兵が……」
姫騎士が再度大声を出すと、今度はコリンナが話に割って入る。
「それで、オレ達への報酬はどうなっているの?」
「あ……すまない。私兵が居ないとなると、用立てが出来なくなっている」
「はあ!? 約束が違うじゃない!!」
「次の町まで行くしかないか……」
「姫殿下。そんな事をすると、ますますお立場が悪くなるのではないでしょうか?」
「約束を破るよりマシだ……と言いたいが、次の町に着いたとしても、拘束されそうだな」
姫騎士は打つ手無しと悟ったのか、下を向く。コリンナもタダ働きにガッカリし、魔王も進軍と聞いてから考え込んでいる。
先ほどの明るい雰囲気から打って変わり、静まり返る中、勇者は門兵に声を掛ける。
「ひとまず休むか。町の中に入ると、姫騎士はどうなるんだ?」
「おそらく、次兄殿下一派に拘束されるかと……」
「ふ~ん。あんたは姫騎士一派なのか?」
「いえ。私はしがない一兵です。姫殿下が謀反なんて起こしたとしても、それは民の為だと信じています」
「なんだか謀反を起こして欲しそうな言い方だな」
「な、なんでもないです!」
「ははは。俺も聞かなかった事にするよ。じゃあ、一度ここから離れようか?」
勇者は皆に問い掛けるが返答は無い。だが、ここで止まっているわけにもいかず、馬を反転させて湖に走らせる。
しばらくして、湖に着いた一行を馬車から降ろし、お茶とお菓子を出して気分を変えさせる。その時、魔王とテレージアを連れて姫騎士達から離れる。
「さて、戦争までのタイムリミットは一週間だ。どうする?」
「引いて兵を準備するか、スカウトを続行するかよね?」
「そうだな。最高責任者のサシャが決めてくれ」
「……スカウトしていると、戦争が始まってしまいます……」
「なら、帰るか?」
「それでは、逃げるだけなら出来ますけど、パンパリーの町が取られてしまいます」
「だな。じゃあ、やる事はひとつじゃないか?」
「……はい!」
魔王は決意の目で、姫騎士達の元へ歩く。
「皆さん!!」
下を向く姫騎士達に、魔王は大きな声を出して注目を集める。そして、深々と頭を下げる。
「私に雇われてください!!」