032
二十騎の騎兵に迫られた魔王は、寝惚けた声を出す。
「焼きナス……ムニャムニャ……」
いや、もう一度、夢の世界に旅立った。
「魔王! 起きなさい!!」
「いたっ! いたいです~」
眠りに落ちた魔王を見たテレージアは、苛立ちのあまり魔王の頬を引っ張って目覚めさせる。
「なにをするのですか~」
「魔王が悪いのよ!」
「どうかしたのですか?」
ムキーとなるテレージアに、のほほんと質問する魔王。勇者はかわいいな~と聞いていたが、騎兵が視界に入ると魔王を降ろして優しく話し掛ける。
「敵が来たみたいだ」
「敵ですか!? どうしましょう? 大変です!!」
「なぁに心配するな。サシャは俺が絶対守ってやるよ」
「お兄ちゃん……」
「いざとなったら、抱いて逃げるから大丈夫だ」
「だから戦いなさいよ!!」
勇者は優しく微笑むが、テレージアがムキーとなっていたので、乱暴にツッコまれた。
その姿を見ていた姫騎士とコリンナが、冷ややかにツッコむ。
「真面目にやってもらいたいのだが……」
「そうよ。敵はそこまで来てるのよ!」
もっともな言い分なので、遊んでいた三人は苦笑いだ。
「それで戦力を確認しておきたいわ。アニキの武器は何?」
「武器なんて使わない」
「素手で戦うスタイルか……」
「いや、戦う事も出来ない」
「え……時間が無いわ。サシャは魔法が使えたわよね。それで遠距離攻撃して」
「私も攻撃魔法を使えないのですが……」
「は? 二人とも戦えないの??」
「おう!」
「はい!」
二人はいい返事をするが、コリンナは頭を掻きむしるしか出来ない。もちろんテレージアも、ため息を吐いている。
「もう! じゃあ、使える魔法を教えて!」
「いちおうは、生活魔法で使える全属性使えますよ」
「全属性……土もいける?」
「はい」
「それじゃあ、石の玉をいっぱい作って。それを投げて遠距離攻撃するわ」
「わかりました」
「姫騎士はみんなを守って。私は走り回って、少しは数を減らすわ」
「じゃあ俺も、コリンナについて行こうかな?」
「アニキもみんなを守ってちょうだい」
「一番危険なのは、コリンナだろ? 盾になってやるよ」
「それじゃあアニキが……」
「ほら、もう来てるぞ」
「……わかった。みんな、いつも通り、投げまくって!」
「「「うん!」」」
コリンナは三少女に指示を出すと、騎兵に向けて走り出す。その後を追って、勇者もついて行く。
そうして皆から十分距離が空くと、コリンナは止まって騎兵が来るのを待つ。そのすぐ後に、騎兵が現れて停止し、声を荒げて問い掛ける。
「貴様達が姫殿下を誘拐したのか!」
「誘拐? 助け出してくれて、感謝してくれてもいいでしょ?」
「助けるだと?」
「姫騎士様から直接に頼まれたんだからね」
「そんな馬鹿げた嘘など聞けないな」
「嘘じゃないわよ。本人に聞いてくれたらわかるけど、その本人は剣を構えているわよ? まさか殺せとか言われてないわよね?」
「そんな指示は受けていない」
「じゃあ、交渉しましょう」
「交渉?」
「金貨百枚で姫騎士を説得してあげるわ。誰も怪我をしなくて安上がりでしょ?」
「おい!」
黙って聞いていた勇者だが、コリンナの物言いに声を出す。
「姫騎士は逃げたいんだろ? そんな約束していいのか?」
「アニキには悪いけど、仲間の命が掛かっているわ。それと姫騎士と約束した金額が受け取れるなら、オレ達は満足よ」
「じゃあ、さっきの作戦はなんだったんだ?」
「……念の為よ」
コリンナと勇者のやり取りを見ていた騎兵達だったが、答えを出してニヤニヤと笑う。
「残念ながら、その交渉は無意味だな。次兄殿下からは、誘拐犯は皆殺しにして来いと言われているからな」
「だから誘拐じゃないって言ってるでしょ!」
「そんなのどちらでもいいんだ。女ばかりだから、この仕事は美味しい思いが出来そうでラッキーだ。少し幼いが、それはそれでアリか」
「くっ……」
下品な笑みで見られたコリンナは、後退る。すると勇者は前に出て、コリンナを騎兵の視線から隠す。
「と言う事は、当初の作戦通り行くんだな? よかったよかった」
「あ、お前が剣が効かない男か?」
「次兄からなんて言われたか知らないけど、そうじゃないかな?」
「殿下も可笑しな事をおっしゃる。剣が効かないなんて有り得ないだろう」
「やってみたらわかるよ」
「あはははは。なら、死ね!」
「アニキーーー!!」
騎兵は馬上で剣を抜き、勇者に振り下ろす。だが、勇者は仁王立ちで動こうともしないので、コリンナは悲鳴をあげる。
「なっ……嘘だろ?」
勇者に接触した剣は折れ、くるくると空を飛んで地面に突き刺さった。
「ほら! ボサッとしてないで、作戦通り動こうぜ」
「あ……うん」
剣で斬られても痛そうにしない勇者に、呆気に取られるコリンナ。しかし、呆気に取られている場合ではないと意識を戻し、戦いは始まるのであった。