031
ぐふぐふと嫌な笑い方をするテレージア達に見送られ、コリンナは勇者に近付いてお兄ちゃん作戦を決行する。
「お、お、お、おに……」
「ん? どうした?」
「おに、おに……」
「鬼? オーガが出たのか?」
「ちがっ……アニキー! 何か手伝うよ」
「兄貴か……久し振りに聞いたな」
コリンナは顔を赤くし、お兄ちゃんと呼ぼうとしたが、なかなか言えずにアニキと呼ぶ。すると、勇者は最愛の妹に呼ばれていた事を思い出し、懐かしい顔をする。
「アニキ? あ……この呼び方は嫌だった??」
「いや、なんでもない。好きに呼んでくれ」
「じゃあ、アニキ! その野菜を切ったらいいの?」
「おう。手伝ってくれ」
「わかった!」
コリンナは勇者の隣に並んで嬉しそうに野菜を切り分ける。その姿を見たテレージアと三少女はぐふぐふと笑っていた。
コリンナが加わった事で調理のスピードが上がり、十分に野菜が切り分けられると勇者の取り出したアミで焼かれる。
そこで肉を出すのを忘れていたと気付いた勇者は、道中で手に入れたビッグボアの丸焼も取り出す。
「姫騎士。切り分けてくれるか?」
「ああ。いいのだが、そんな物まで入っているのか……」
「包丁で切れるサイズまで切ってくれ」
「私の質問には答えてくれないのだな。はぁ……」
姫騎士は聞きたい事が多いようだが、諦めて剣を走らせる。するとビッグボアは瞬く間に切り分けられる事となった。
「おお~。なかなかいい腕をしているのだな」
「う~ん……切り口がいまいちだ。やはりなまくらでは、こんなものだな」
「十分だと思うんだがな~。まぁありがとう。これで焼肉も出来るよ」
ビッグボアの肉は使わない物はアイテムボックスに入れて、さらに小さく切った肉はアミで焼かれて夕食が始まる。
皆、肉を食べるのが久し振りなのか、肉が飛ぶように売れる中、魔王は焼き野菜ばかりを食べている。
なので、肉をぜんぜん食べない魔王を不思議に思った姫騎士とコリンナは、どうしたのかと声を掛ける。
「サシャ殿も遠慮せず、肉を食べたらどうだ?」
「あ、私は野菜が好きなので、おかまいなく」
「そうなのか? 確かにこの野菜は美味しいな」
「でしょ! これさえあれば、幸せです~」
「じゃあ、野菜ばかり食べたら、そんな体になるの?」
コリンナは質問すると同時に、魔王の大きな胸を見る。すると姫騎士も、鋭い目で見つめる。
「体ですか?」
「その大きな物は、野菜を食べたら出来るのか?」
「姫騎士さんまでなんですか? え……胸??」
「「そうだ!(よ!)」」
「何か怒ってます??」
「質問してるだけよ!」
「答えてくれ!」
「……どうかはわかりませんが、野菜を多く食べているので、なるかもしれません……」
「そうなのね!」
「よし!」
二人の圧に耐え兼ねた魔王は適当に答えると、二人は野菜中心に食べ始めた。どうやら、ペッタンコを気にしているらしい。
食事の済んだ一行は、ベッドルームの中で魔王の出したお湯で体を拭く。勇者が中を覗こうとしていたが、ヘタレのせいで、結局できなかったみたいだ。
しかし、姫騎士がその姿を見ていたので、少女の体を覗こうとはどう言う事だとこっぴどく怒られていたが、魔王の体にしか興味がないと言い訳すると、すごく、ものすごく落ち込んでいた。
それほど胸に、コンプレックスがあるようだ。
その後就寝となるわけだが、ベッドルームは女性陣に独占され、勇者は外での見張りとなった。
そうしてパチパチと鳴る焚火を眺めていると、魔王が外に出て来た。
「お兄ちゃん、代わります。寝てください」
「サシャこそ寝ないとお肌に悪いぞ」
「私は運んでもらっている間に寝ますから、大丈夫ですよ」
「う~ん……じゃあ、何かあったら起こしてくれ」
「はい!」
勇者が眠りに就くと、魔王は焚き火を眺めながら眠気に耐える。そうして数時間が過ぎた頃、今度はコリンナが外に出て来た。
「アニキ。見張り代わるよ……あれ?」
「あ、コリンナさん。私が見てるから大丈夫ですよ」
「サシャ……あんたも疲れてるでしょ? 私が見るわ」
「うふふ。やっぱり優しいのですね」
「そ、そんなんじゃないわよ」
魔王の褒め言葉に、コリンナはプイッと目を逸らす。本当にそんな理由で出て来たわけではないからだ。勇者と二人きりになろうとしていただけだ。
目論みが外れたコリンナであったが、気になる事があるようなので、魔王の隣に腰掛ける。
「あ、あんたはアニキの事を、どう思っているのよ?」
「どうと言われましても……変わった人でしょうか」
「好きとかじゃないの?」
「好き? まっさか~。ありませんね」
「そうなのか!?」
「でも、私の目的には必要な人です。その為には、なんでもするつもりです」
魔王は決意の目で遠くを見据える。その横顔を見たコリンナは少しの沈黙の後、口を開く。
「……なんでもするんだ」
「まぁそうですね。と言っても、お兄ちゃんは私に強要しても、何もして来ないんですけどね」
「なによそれ?」
「テレージアさんに、よくヘタレって言われていますよ」
「ヘタレなんだ……じゃあ、押し倒してしまえば、なんとかなるってのも本当なんだ……」
「何か言いました?」
「なんでもないわ。それじゃあ、寝させてもらうわ~」
コリンナの呟きを聞き取れなかった魔王は質問するが、コリンナは誤魔化してベッドルームに入って行く。
その後、野営では何も起きずに日が昇り、準備をした一行は隣町へ向けて歩き出す。例の如く魔王は勇者に担がれて眠り、お昼休憩で昼食でお腹を膨らませると、また眠る。
だがしかし、その安眠を邪魔する者が現れる。
「後ろから馬が何頭も来てるわ!」
ただならぬ気配を感じたコリンナは、地面に耳を当てて叫ぶ。
「兄様の追っ手だろうな」
「テレージア。何人来てるか見て来てくれ!」
「オッケー!」
姫騎士、勇者、テレージアと慌ただしく声を出す。
「来るとは思っていたけど、嫌な所で追い付かれたわ。隠れる場所が無い……」
「なら、戦うしかないだろう」
「敵は二十人ってところね」
ボヤくコリンナを他所に、姫騎士は剣を抜き、テレージアは報告を告げる。そんな中、魔王はと言うと……
「ん、んん~……もう夕食の時間ですか~」
寝惚けた声を出すのであった……