025
人族に奪われた町に潜入して二日目……
「ぐ……気持ち悪い」
「頭が痛いです~」
宿屋の一室で、テレージアと魔王は、朝から絶賛二日酔い中だ。
「だから飲み過ぎるなと言ったのに……」
「お兄ちゃんが、あんなに美味しいお酒を出すのがいけないのです!」
「そうよ! 勇者のせいで体調不良なのよ!」
勇者はぷりぷりする魔王を眺め、言い訳をする気もないようだ。自業自得を勇者のせいにされているのに……
「それで姫騎士だっけ? 探しに行くんでしょ?」
「昨日の事があるからな~。サシャと離れるのは怖いな」
「それなら、背負って行けばいいじゃない」
「それも目立つだろ」
「だ、大丈夫です! 歩くくらいなら出来ます。だから連れて行ってください!」
「う~ん……わかった」
魔王の決意の目に負けた勇者。いや、かわいい顔で見つめられて、デレただけの勇者は、皆を連れて宿屋を出る。
町を歩くが心配していた兵士の襲撃はなく、酒場のオヤジから聞いた次兄の居るであろうお屋敷に到着する。
ここは、元治療院。広い庭には壁も無く、開放的な魔族の憩いの広場であったが、次兄が勝手に壁を付けたので、立派な屋敷となっている。
何度か来た事のある魔王は少し残念そうな顔をしたが、すぐに表情を戻して勇者とテレージアに声を掛ける。
「ここに姫騎士さんが居るのですね」
「さあな~。次兄に聞いたらわかるかもな」
「それでどうするのよ?」
「真っ直ぐ向かうだけだ」
「あんた馬鹿? 入れてくれるわけがないじゃない」
「だから真っ直ぐ向かうんじゃないか」
「まさかお兄ちゃん……」
勇者は門に向けて真っ直ぐ歩き出す。すると、屋敷の中から大きな騒ぎ声が聞こえて来た。何事かと思った勇者は歩く方向を変え、門兵のの居ない場所まで移動する。
「俺が騒ぎを起こす前に、騒ぎが起こったのだが……」
「やはりあのまま、兵士に囲まれても進んで行くつもりだったのですね」
「は? 馬鹿じゃないの??」
「誰も俺を止められないんだから、手っ取り早いだろ?」
「私が危険じゃないですか!」
「それもいちおう考えがある……」
「そんな事より、この騒ぎはチャンスじゃない?」
「そうだな。テレージア。空から見て来てくれよ」
「オッケー!」
テレージアはパタパタと空を飛び、屋敷全体が見えるようになると、キョロキョロと観察する。しばらく見ていると、兵士に追われる数人の影を見付けて勇者達の元へ戻る。
「どうだった?」
「なんか追われている人が居たわね。大きさから、女? 子供? よくわからなかったけど、こっちに向かっているわ」
「姫騎士さんじゃないですか?」
「どうだろな。そいつらは、逃げ切れそうなのか?」
「逆からも兵が回り込んでいたから、難しいでしょうね」
「そうか。じゃあ、ここに穴を開けてやろう」
勇者は二人を離れさせると壁に向かって真っ直ぐ歩き、体を減り込ませる。魔王とテレージアはぬるっと壁に埋まる勇者を気持ち悪い目で見ていたが、それどころではない。
勇者大の穴が完全に開くと、屋敷の角を曲がった少女達が目に入り、勇者は叫ぶ。
「こっちだ! 急げ!!」
勇者の声に少女達は躊躇うが、選択肢が無かったため、勇者の元へ走って来る。
「サシャ。こっちに来た。事情を聞いてくれ」
「お兄ちゃんはどうするのですか?」
「しばらく兵士の相手をする」
逃げて来た少女達が壁に開いた穴に飛び込むと、勇者は穴を塞ぐように立つ。そうすると、追っていた兵士に取り囲まれる事となった。
勇者が穴の前に立って塞ぐと、魔王は飛び込んで来た少女達に声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。助かった。どうして助けたのだ?」
魔王が少女達に尋ねると、一番歳上らしき金色の長い髪の少女が応えた。
「困っているなら当然です!」
「それだけか?」
「あ、他にもあります。姫騎士さんの情報がもらえたら助かるのですけど、何か知りませんか?」
「姫騎士なら、私だと思うが……」
「本当ですか!?」
魔王は喜びの声をあげるが、それを遮るように短髪の少女が割って入る。
「ちょっと! 早くずらかるわよ。あんたに死なれたら報酬が貰えないんだからね!!」
「しかし、あの男を置いて行くわけには……」
「そんなの関係無いわよ! あいつが勝手に飛び出して来たのが悪いのよ」
「しかし……」
「あんたのせいで、オレ達の計画が潰れたんだから、死ぬなんて許せない!!」
二人が言い争いを始めると、空気の読めない魔王が大声を出す。
『お兄ちゃ~ん! 姫騎士さんを見付けました~~~!』
『おお! それじゃあ、そいつらと一緒に逃げてくれ。すぐに追い付く~~~!』
『わかりました~~~!』
『あ! 姫騎士。これを持って行け! 妹を頼んだぞ~~~』
勇者はアイテムボックスから取り出した剣を姫騎士に投げると、兵士に向き直す。勇者とのやり取りが終わった魔王は、笑顔で姫騎士達に声を掛ける。
「では、行きましょうか」
「え? いいのか??」
「さっきの聞きましたよね?」
「ほら、あいつもああ言っているんだし、さっさと行くわよ!」
「……すまない」
姫騎士は勇者に謝罪の言葉を送ると、リーダーらしき少女の後に続いて走り出す。魔王も皆について走るが、しばらくすると遅れて、姫騎士に手を引かれながら走る。
一方その頃勇者は……
「クソッ! なんで剣が効かないんだ!!」
「槍も弓矢も刺さったはずだよな?」
「うわ! 鎚が砕け散った!?」
兵士達にタコ殴りにされていた。そのおかげで、壁に開けた穴を通る者はいまだ居ない。
兵士達はまったく避けない勇者を面白く思い、次々に攻撃をするが、自分の得物が折れて行く様に、しだいに恐怖する。
「「「「「化け物……」」」」」
兵士は口々に勇者を化け物呼ばわりし、手が止まる。すると、応援の騎士がやって来て、勇者の前に立つ。そして、その後ろからついて来ていた身なりの綺麗な男が叫ぶ。
「お前! 妹を何処にやった!!」
「妹? 姫騎士の事か? それなら、穴を通って走って行ったぞ」
「は?」
勇者は男の質問に親切に答えるが、男は思っていた答えと違うかったのか、気の抜けた声を出す。
しかし、すぐに気を取り直して、今度は兵士を問い詰める。
「お前! どうして妹を追わない!!」
「それが、この男が道を開けないので、通れないのです……」
「これだけ人数が居て、何をやっているんだ! さっさと斬り殺せ!!」
「やってはいるのですが……武器が効かなくて……」
「武器が効かない? あいつの報告にあった奴か……そんなふざけた奴はいるはずがない! 精鋭騎士、やってしまえ!!」
「「「「「はっ!」」」」」
精鋭騎士と呼ばれた男五人は、勇者を取り囲むと、一斉に剣を振り下ろす。
「なっ……」
当然、「ガキーン」と金属音が鳴り、全ての剣は折れる事となった。
「なあなあ? あんたが次兄って奴か?」
「殿下にそのような口調……不敬だぞ!」
「不敬もなにも、賊が礼節をわきまえているわけがないだろ?」
勇者は次兄に声を掛けたが、精鋭騎士が声を荒げて遮る。しかし、勇者の物言いはもっともなので、言い返す言葉を考える。そんな中、次兄が次の命令を下す。
「ま、魔法だ! 焼き殺してしまえ!!」
「「「はっ!」」」
騎士達の後ろにいた魔法使いが複数で呪文を唱え、【ファイヤーボール】なる魔法を勇者に放つ。数が多かったため、勇者は炎に包まれる事となった。
「ハハハハ。これでひとたまりもあるまい……はあ!?」
高笑いしていた次兄だったが、炎が落ち着き、全裸の勇者が耳をほじっている姿を見て、笑いが止まった。
「何故、死なない……」
「攻撃が弱いからかな?」
「ふ、ふざけるな~~~!」
「そろそろ皆を追いたいんだけど、姫騎士から手を引いてくれないか?」
「そうだ! いまは妹の確保だ! 門から出ればすぐに追い付ける。追え~~~!」
「「「「「はっ!」」」」」
「あちゃ~。いらぬ事を言ってしまったか。仕方ない」
姫騎士の存在を思い出した次兄は、兵士に命令する。勇者は、兵士が門の方向に走り出すのを見て、次兄に歩み寄る。
「そいつを取り押さえろ! 拘束してしまえば、攻撃が効かないなんて関係ない!!」
「「「「「はっ!」」」」」
次兄は攻め方を変えるが、兵士にタックルを受けても、騎士に後ろから抱きつかれても歩みを止めない勇者。ずるずると五人以上の男を引きずって次兄に近付く。
「く、来るな! 早くそいつを止めろ~~~!!」
次兄は近付く勇者に恐怖し、逃げ出そうと振り返るが、勇者は軽く走って男達を振り落とし、次兄に追いついて肩に担ぐ。
「な、何をする! 降ろせ~~~!!」
「さあ、お仕置きの時間だ」
勇者はそう呟くと、次兄を担いだまま走り出したのであった。