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023


 宿屋で借りた部屋から出ると、カウンターで繁盛している酒場の場所を聞き、夕暮れ時の町を勇者と魔王は歩く。

 酒場は宿屋から近かったのですぐに到着して扉を潜る。すると一斉に視線が飛んで来るが、勇者は気にせずカウンターに座り、魔王は遅れて隣に座る。


「皆さんこちらを見ていましたけど、どうしてでしょうか?」

「サシャが、かわいいからじゃないか?」

「か、からかわないでください!」


 魔王があたふたしている内に、勇者は酒と夕食を注文する。注文した物が揃うと魔王はさっそく口に入れるが、どれも魔王の口に合わなかったようだ。

 残念がる魔王を他所に、勇者はスキンヘッドの店主に声を掛ける。


「儲かっていそうだな~」

「おかげさんで。でも、最近兵士が減って来たから、困りどころだな」

「そうなのか? いっぱい居るじゃないか?」

「前は外までテーブルが埋まっていたんだ」

「ふ~ん。みんな何処に行ったんだ?」

「知らないのか?」

「今日、この町に着いたところでな」

「それじゃあ、知らないか。近々新しい町を落とすから、一番近い町に兵士を集めているんだ。いま居る兵士も、数日後には出発するはずだ」


 店主の話に魔王は驚き、声を出し掛けたが、口を塞いで止める。


「なるほどね。それで勝てそうなのか?」

「さあな~。でも、この町もその他の町も、魔族は戦わずに逃げたから楽勝ムードだよ」

「へ~。それはよかった。そういえば、魔族と人族って不可侵条約を結んでいなかったっけ?」

「なんだそれは?」

「あれ? 俺の聞き間違いだったかな」

「そんなわけはないだろう。元々攻めて来たのは魔族だ。だからこれは、聖戦だ」

「魔族が攻めたですって!?」

「なんだ。あんたらは何も知らないんだな」


 魔王は声を出した後、何やら考え込み、下を向いてしまう。


「ああ。田舎暮らしが長くてな。ここに来たのも、仕事があるって聞いて来ただけなんだ」

「駆け落ちか何かか?」

「まぁそんなところだ」

「じゃあ、気を付けろよ」

「何がだ?」

「チッ……もうダメだ」


 酒場のオヤジはそれだけ言うと、カウンターから離れる。その少し後に、男達が勇者と魔王を後ろから囲み、酒瓶を持った男が勇者達に話し掛ける。


「よお。いいお嬢ちゃんと飲んでるな」

「見る目があるな。すっごくかわいいだろ」

「そのかわいいお嬢ちゃんを貸してくれないか?」

「妹にお酌させようと言うのか?」

「いや。一晩中楽しませてやるよ。俺様の仲間は多いから、二十晩じゃ足りないか」

「は? バカなのか? んな事に妹を貸せるわけないだろ!」

「ハッ。じゃあ、勝手に奪うまでだ」


 リーダーらしき男は、片手に持っていた瓶を勇者の頭に振り下ろす。酒場の中にガラスが割れる音が鳴り響き、勇者は残っていた酒で濡れる。

 身動きしない勇者を見て、リーダーは下品に笑いながら魔王に近付く。


「さあ。お嬢ちゃん。行こうか」

「え? どちら様ですか?」

「聞いてなかったのか!?」

「あ……申し訳ありません。はじめから説明してください」

「はあ? この騒ぎの中で、ずいぶん図太い神経をしているんだな。気に入った。一晩と言わず、何日も抱いてやるよ」

「騒ぎ? お兄ちゃん! どうして濡れているのですか!?」

「お前の代金を払ってやったからだ。さあ、行くぞ!」


 リーダーは魔王の手を掴もうと伸ばすが、二人の間に勇者は割り込んだ。


「まだ痛い目にあいたいみたいだな」

「痛い? 全身で酒を浴びただけだ」

「がはははは。強がっていても、結果は同じだ。喰らえ!」


 リーダーは勇者を殴ろうとするが、勇者は避けると同時に魔王の手を引いて、部屋の隅に移動する。そこで勇者は、角を使って魔王を守るように立つ。


「そんな所に逃げてどうする。逃げ場がなくなっただけだ」

「ゲームでもしようと思ってな」

「ゲーム?」

「お前達が俺を殴る。俺が倒れたならば、お前達の勝ちだ」

「がはははは。なんだそのゲーム。今から俺達がする事じゃないか!」

「最後までルールを聞けよ。殴るお前達が勝ったら、商品は妹だ。俺が買ったら金貨100枚寄越せ」

「おお! 払ってやろうじゃないか。そんな事は出来ないだろうがな」

「皆にも時間があるだろうから、いちおう俺が耐える回数を決めておこうか? 何発がいい?」

「百発だ!」

「う~ん……」

「なんだ? 怖じ気付いたのか?」

「少な過ぎるだろ? 一万発にしようか」

「一万!? ……ぎゃはははは」

「「「「「ぎゃはははは」」」」」


 勇者の発言に、酒場に居る全ての者が笑い出す。


「なんだ? 少な過ぎたか? じゃあ、いま笑った奴も参加して、一億発にしとこう」

「ぎゃ~はっはっは。お前の勇気に免じて一万でいい。ただし、終わるまで帰さないからな!」

「ああ。ルールは決まったな。お前らも終わるまで帰るなよ」

「まずは俺からだ! 死ね!!」


 リーダーは大振りに振りかぶり、勇者に拳をぶつける。


「へ?」


 ゴンッと鈍い音が酒場に響いた後、リーダーは気の抜けた声を出した。


「ぎゃ~~~! 手が~~~!!」


 勇者を殴ったリーダーの手は、手首の上から折れて悲鳴をあげる。それは当然の結果だ。微動だにしない勇者は、鉄の塊に相当する。ただの塊ではなく、一切動かない鉄の塊だ。そんな物を素手で殴って無事なはずがない。


「ほい。一発。あと、9999発だ」

「貴様~! 何か汚いマネをしやがったな!?」


 リーダーの折れた腕を見た、がたいのいい男は叫ぶ。


「ずっと見てただろ? まだまだあるんだから、つぎ、殴ってくれよ」

「やってやるよ! ……ぎゃ~~~!」


 がたいのいい男も勇者を殴ると拳が砕け、悲鳴をあげる。さらに怒った男達が勇者を殴るが、皆、拳を砕き、悲鳴をあげる事となった。



「九発……おいおい。このままじゃ、いつになったら終わるんだよ。もっとパッパッと掛かって来てくれないか?」

「ふ、ふざけやがって!」


 痛みに顔を歪めていたリーダーが、立ち上がって叫ぶ。その手には、剣が握られていた。


「利き手じゃないんだろ? なら、やめておけ」

「ハッ。誰がやめるか! 剣にはビビっているんだな」

「と言うより、ルールは殴るだ。剣の腹ならセーフだが、刃はルール違反だ」

「知るか! これだけ恥を掻かされたんだ。死ね~~~!!」


 リーダーは左手に握った剣に、折れた右手を添え、勇者の頭に振り下ろす。当然その剣は、勇者に当たるが半ばで折れ、剣先は宙に舞った。


「は?」

「まぁいいや。それも一発に入れてやる」

「嘘だろ?」

「10発な。つぎ、早くしてくれよ」


 勇者の化け物っぷりに、酒場に居た者は、さーっと血の気が引き、顔を青くする。そうして静まり返るその空間に、ブスリと音が鳴った。


「ぎゃ、ぎゃ~~~!」


 先ほど宙に舞った剣がリーダーの肩に突き刺さった音だ。運悪く剣が刺さったリーダーは叫ぶ事となった。


「あ~。言わんこっちゃない。それでまだ10発なんだが、もう殴らないのか?」

「ば、化け物……」

「「「「「うわ~~~!」」」」」

「おい! まだゲームの途中だろ!!」



 勇者は止めるが、一人が逃げると雪崩の如く。酒に酔っていたせいなのか、酒場に居た者は全員逃げ出すのであった。


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