018
勇者は長い鉄の棒を腕力だけで押し込む。それを見たテレージアにツッコまれたが気にせず作業を続け、四本の鉄の棒を下に二本、上に二本と平行に押し込むと、下の鉄の棒にアイテムボックスから出した丈夫な板を敷く。
畳み一畳程の足場が出来ると、そこに背負っていた魔王を降ろして作業の続行。チェーンを取り出して上の棒と下の棒を繋いで強度を上げ、手摺を付ければ絶壁の壁に休憩場所が生まれる。
「よし! 完成だ」
「あの……お兄ちゃん? これはなんですか?」
「見ての通り休憩場所だ」
「そんなこと聞いてないわよ! どうやったらあんな短時間で出来るのよ!」
「下準備があったから? それより、日が暮れる前に夕食にしよう」
「それでしたら私が!」
魔王はビシッと手を上げる。すると勇者は……
「たたた頼んだぞ。ははは初めての、さささサシャの、ててて手料理は、ううう嬉しいな~」
体は正直だ。声が震えている。しかも、食べた事を忘れているようだ。
「昨日作ったじゃないですか~」
「ソソソそうなのか?」
「あ~。魔王の料理を食べて、気絶してたもんね。私も魔王の料理だけは勘弁して欲しいわ」
「なんでですか~~~!」
「わからないの? 今まで誰も食べた事がないでしょ!!」
「お兄ちゃんが食べました! ね? お兄ちゃん?」
「オオオおう!」
「震えてるじゃない! 今日は勇者が用意しなさい!!」
「……はい」
テレージアの剣幕に押されたのか、魔王の毒料理がフラッシュバックしたのか、どちらかわからないが勇者は料理を始める。
アイテムボックスから取り出した元の世界の食材と、魔界産野菜を使って調理するようだ。適当に切り揃えた食材は、元居た世界で使っていた固形の調味料を使ってスープに変わった。そこに魔界産パンを付けて、皆に振る舞う。
「どうぞ」
「「いただきま~す」」
「美味しいです~」
「なかなかやるわね」
「俺の腕前ではないよ。固形のスープの元を使えば、誰でもこの味になる」
「へ~……でも、ちょっとお肉が入り過ぎですね。お兄ちゃん。あ~ん」
「え? あ……あ~ん」
魔王はスプーンに乗せた肉を勇者の口元へ持って行くと、勇者は虚を付かれたのか、口を開く。そして「プシュー」と、頭から煙を出す。
「どうしたのですか?」
「ほっといてあげなさい。あと、食べないなら、勇者の皿に入れて残飯処理させなさい」
「はあ……」
勇者は間接キスに気付いたようだが魔王は気付かずに、肉をポイポイと皿に入れる。ヘタレ勇者の扱いに慣れて来たテレージアのファインプレーで、勇者が爆発する事態は防がれたようだ。
夕食を無難にこなした一行は、狭い休憩場所で、とある議題を話し合う。
「サ、サシャ。いっぱい歩いて、汗かいただろ? か、体を拭くか?」
「そ、そんなにかいてないですかね~? 一日くらい大丈夫ですよ」
「どうせ勇者は目を開けられないんだから、無駄な会話してんじゃないわよ!」
議題はバッサリとテレージアに切り捨てられ、今日は我慢する流れとなってしまった。仕方が無いので、勇者はアイテムボックスから寝袋を取り出して魔王に勧める。
「あの~? 大きくないですか?」
「二人で入る寝袋だからな。暖かいぞ!」
「だから無駄な会話をするな! どうせその中には一人用も入っているんでしょ。二つ出しなさい!」
勇者はズーンと気落ちしながら、寝袋を二つ取り出す。
「ここで寝るのですよね? 危険は無いのですか?」
「ワイバーンや大型の魔鳥がいるなら危険だけど、俺が見張っているからなんとかなるよ」
「そうですか……でしたら、私が見張りをします!」
「いや、寝ていていいぞ?」
「今日はほとんど寝ていたので大丈夫です。それに明日もしばらく崖を進むのですよね? そこで寝ますから、お兄ちゃんこそ休んでください」
魔王の言葉に、勇者は目に涙を溜める。
「サシャが優しい……」
「え? 普通じゃないですか?」
「妹はいつも俺に、一晩中見張っていろと言っていたから……こんな日が来るなんて……グズッ」
「な、泣かないでください。妹さんも、きっと感謝していますよ」
「やっぱり? 起きた時に怒っていたけど、アレはツンデレだったんだな」
「どうして怒っていたのですか?」
「さあ? 確か、寝ている間、ずっと見ていただろとか怒られたかな?」
「お兄ちゃんは、そんな事をしませんよね?」
「危険があってはいけないから、かわいい妹の寝顔をずっと見てたぞ」
「そ、そうなんですか~」
「キモッ!」
「??」
テレージアの意見に魔王は賛同してしまい、これからの夜の見張りは自分でしようかと考えてしまう魔王であった。
その後、勇者は完全に寝入ったので、魔王はこっそり魔法で湯を用意して、体を拭いていた。その見張りにテレージアを立てていたが、テレージアも体を拭きたかったらしく、素直に協力していたとさ。