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「「「「いただきます」」」」
急遽始まった野菜鍋パーティー。サシャもテレージアも勇者もお腹がへっていたのか、魔王と共に鍋をつつく。
そうしてお腹が落ち着いて来ると、サシャは本題に戻す。
「あとは、どうやってアイツを追い出すかだしぃ……」
それに答えるは、険しい顔の勇者。
「サシャの魔法でなんとかならないか?」
「う~ん……光属性の魔法もあんま効かなかったからな~……テレッち。なんか強い光属性の魔法ないしぃ?」
サシャは、大きく膨らんだ腹をさすっているテレージアを見る。
「光属性? いちおう【癒しの光】ってのがあるけど、アンデット用よ? それに、アンデットなんて見た事がないから、教わってから使ったことないわ」
「ま、似たようなもんだし、やってみるしぃ!」
それから準備を整えるサシャとテレージア。すると魔王も手を上げる。
「私もやります!」
「魔王が? でも、食べ続けないと、乗っ取られるんでしょ?」
「もう、お腹が限界なんです~」
魔王はアゴに続き、お腹も膨らんでダメージが大きいらしい。なので、勇者が野菜ジュースを魔王の口に運びながら詠唱することとなった。
「さあ、いくわよ~」
サシャと魔王が手を上下に合わせ、その手の上に乗るテレージアの音頭で詠唱が始まる。
三人は歌うように詠唱し、サシャと魔王によって放出された膨大な魔力は、魔王の頭の上にきらびやかに集まる。
そうして魔法が完成すると、テレージアが目配せして同時に叫ぶ。
「「「【癒しの光】」」」
その声と共にきらびやかな光は魔王の頭上から落ち、体を包み込む。
「わ! なんか出た!?」
「ウチに任せろしぃ!!」
魔王の体から飛び出した魂のような物を見て、驚くテレージア。その声に、サシャが刀を抜く。
「待て! ステファニエかもしれない!」
勇者が焦って魔王を見ると、全員の視線が集まる。
「えっと……大丈夫です。胸のつっかえが無くなりました!」
「サシャ!!」
魔王の確認が取れると勇者はサシャに視線を送り、サシャはひとっ飛びで魂に追い付く。
「これで終わりだしぃ!!」
そしてサシャの【剣の舞い】。端末を倒した事でレベルの上がったサシャは、刀一本でも【剣の舞い舞い】を再現する。
サシャの刀の軌跡は黒く塗り潰され、たとえ魂であってもその空間から抜け出せないのであった……
「これで本当に終わったのね……」
テレージアは、目に涙を溜めて勇者を見る。
「えっと……サシャ?」
しかし勇者は、わからないのでサシャを見る。
「『おう!』とか言っとけしぃ」
「でも、俺がトドメを刺してないから……」
結局、ラストアタックはサシャに取られてしまったので、勇者に実感がないみたいだ。
「ウチはおいしいとこをもらっただけだしぃ。ほとんど兄貴が戦って、ほとんど兄貴が魔王を救ったんだしぃ。胸を張れしぃ!」
「で、でも……」
「あ~! もう! ウチのお兄ちゃんは、頼りになる自慢のお兄ちゃんだしぃ! さすがお兄ちゃん!!」
「サシャ……」
なかなか自分の功績を認めない勇者に、サシャはやけくそ。褒め称えてデレた振りをしたのだが、あとで小さく「バカ」と言っていたところを見ると、本心だったようだ。
「ホント、勇者は空気を読まないわね」
テレージアも、目を潤ませたまま勇者を責める。
「勇者の戦い凄かったわよ。アレだけ攻撃は出来ないって言ってたのに、魔王のためだったらなんでもできるのね。血を吐いても、腹を貫かれても……絶対に折れないで、魔王を助けるってずっと言い続けた! 魔王……あなたはすっごく幸せ者よ!!」
「テレージア……」
テレージアのわざとらしい勇者よいしょを聞いた魔王は、勇者の手を取る。
「お兄ちゃん……そんなに無理して戦ってくれたのですね。痛いところは無いですか? 心を痛めていないですか? 私のために主義まで曲げさせたなんて……すみませんでした」
「い、いや……俺は……頑丈だけが取り柄だから……」
「そんなことないです! お兄ちゃんは、すっごく頼りになる私の勇者様です! 本当にありがとうございました!!」
「あ……」
感謝を述べた魔王は勇者に抱きつき、唇を合わせる。
「あ~あ。お熱いこって……ヒューヒュー」
「ねえねえ? さっきもしたの~??」
抱き合ってキスをする二人に、サシャとテレージアは怒るでなく、茶化すのであった。
「プッ……プシューーー……」
しかし勇者は、頭からもくもくと煙を上げる。
「あれ? なんか白くなってるんだけど!?」
「あ~……いままで我慢してたんじゃね?」
そう。サシャが言う通り、勇者は最愛の妹に似た魔王をずっと抱き締め、口移しまでしていたのを、シリアスバージョンで耐えていた。その反動が、気を抜いたところで魔王にキスされて爆発したのだ。
「お、お兄ちゃん! お兄ちゃ~~~ん!!」
こうして、この世界最強の勇者を倒した魔王の叫びが木霊するのであっ……
「「あんたがやったんだ。あんたが……」」
呆れるサシャとテレージアの生温い目が続くのであったとさ。
今日はもう暗くなり、勇者が気絶してしまったので運ぶ事は面倒なので、ここで一泊する事となった勇者一行。
しかしその草むらでは、一匹のホーンラビットが隠れていた。
「くふふ。あの男が倒れたのならば好都合ですね。もっと時間が掛かると思っていました。くふふふ」
そのホーンラビットの正体はキタシ。魔王が野菜を食べ続けた事は効いていて、あのまま食べ続けられたら魂が消滅させられそうだと感じたキタシは、一度撤退したのだ。
撤退の仕方は単純。テレージアの魔法に合わせ、残り少ない魂を分割して囮にし、勇者達の視線が囮に集まった瞬間に逃げ出した。そこで近くに居たホーンラビットの意識を乗っ取り、チャンスを待っていたのだ。
ホーンラビットに入ったキタシは、火を囲んでお喋りをしているサシャ達を見つめる。
「あの女は邪魔ですが、魔王の体を乗っ取りさえすれば、余裕でしょう。くふふふ。そのあとは……」
「ウチをあんましナメんじゃないしぃ」
「なっ……」
キタシは、突然後ろから聞こえた声に振り返って絶句する。
「てか、好都合なのはこっちだしぃ。そんな弱っちいのに入ってどうすんだしぃ」
サシャだ。すでに抜いた刀をキタシに向けている。
「な、何故、あなたがこちらに……」
「答える義理は無し! バイバイだしぃ!!」
「ぐわああぁぁ」
サシャの【剣の舞い】を受けたキタシは、完全に消滅するのであった。
「簡単過ぎると思ってたんだしぃ……」
どうやはサシャは、キタシが完全に消滅したと考えていなかったようだ。なので神経を研ぎ澄まし、感知魔法、盗聴魔法、ありとあらゆる魔法を張り巡らし、キタシの動向を探っていたのだ。
「サシャ~? 急にどうしたのよ~?」
「なんでもないしぃ」
急に消えたサシャを見付けたテレージアに声を掛けられ、サシャは何も告げずに女子会に戻る。
こうしてこの世界は、双子勇者の活躍で救われたのであった。