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沖に向かった勇者を中心に巨大な爆発が起こり、大陸に向けて津波が発生する。その津波には、サシャが対応。
転移魔法で岸に立ったサシャは、爆発魔法を撃ちまくり、逆向きの津波を作って相殺する。
そうして津波が落ち着くと、サシャの肩に乗るおっさんテレージアはぐふぐふ笑う。
「ぐふふ。あの二人、どうなったかな~?」
「ま、なるようになるんじゃね」
「あれ? さっきまで嫌がっていたのに、どうしたのよ~?」
「ウチの見えないところなら、もういいしぃ」
「な~んだ。つまんな~い」
テレージアは修羅場を見たかったららしく、残念そうな声を出す。
「てか、あんたはいいしぃ?」
「あたし??」
「ウチは遠くの音を聞く魔法を使えてね。あの夜、クリクリの告白も、コリッちの告白も聞いてたんだしぃ~?」
「なっ……」
立場は逆転。テレージアは言葉を失い、サシャは「にしし」と笑う。
「もちろんテレッちの告白もだしぃ。一番ハッキリ言っててかっこよかったしぃ」
「うわ~! 忘れて~~~!!」
「にしししし」
こうして二人は騒ぎながら、勇者の帰りを待つのであった。
一方その頃勇者は、騒ぐキタシにキスを迫っていた。
「や、やめましょ? 私は元々男でしてね。女性が好きなんです」
「ちょ、じっとしてろよ」
「ですから、あなたは魔王とキスをするつもりでしょうけど、実質、男とキスする事になるのですよ?」
「あ~。飲み込んでしまっただろ」
顔を振りまくるキタシの言葉は聞く耳持たず。勇者は口の前にアイテムボックスを開くと、魔界産のトマトを丸々口に含んで軽く噛む。
「ん~~~」
「ですから~! ムグッ!?」
そしてキタシからしたら最悪な出来事が起こる。キタシの顔の動きを読み切った勇者のキス。舌を入れ、固く閉ざした唇を開き、先ほど含んだトマトを流し込む。
「ん、んん~~~!!」
すると、勇者のディープキスで、トマトを飲み込んでしまって苦しむキタシ。そうして全てのトマトを流し込んだ勇者は、キタシから口を離して顔を見る。
「な、なんですかこれは!?」
「どうだうまいだろ? 魔界で精魂込めて作られたトマトの味は」
「味の話をしてません! ぐああ。魂が、魂が体から剥離されていく……ぐああああ」
「剥離?? よくわからないけど嫌がってるみたいだし、もう一個、行っておくか」
「やめ、やめて……ぐあああああ」
勇者は宣言通り、トマトをキタシに注入すると、さらに苦しそうな声をあげる。
何故、キタシが苦しんでいるかと言うと、トマトが弱点……と、言うわけでなく、トマトに含まれている成分が弱点なのだ。
その昔、魔王と結婚した勇者は、キタシの弱点を掴んでいた。キタシの弱点と言うには言い過ぎた。その時にはキタシの姿を確認していなかったので、魔獣の弱点だ。
この魔獣も、キタシに作られていたので、弱点が同じだったのだ。
勇者が魔王と結婚したあとにまずした事は、魔界に魔獣が入り込まないようにすること。研究の末、ある物質を混ぜた水で木を育てると、魔獣避けになる事に気付いた勇者は、死ぬまで育て続けた。
その物質とは、勇者の血。
仮に名を付けるとするならば、勇者成分としておこう。この勇者成分が含まれた木には、端末の体を弾く効果もあり、魔界への侵入を阻止したのだ。
それを知ってか知らずか、勇者は遺言を残す。
自分の死後、亡骸は燃やして灰にし、魔界の肥やしにしてくれと……
その願いに応えた元魔王は、魔界の至る所で散骨し、勇者成分が蔓延する土壌となったのだ。この勇者成分には、魔物の殺戮衝動を減らす効果もあり、野菜を食べた魔物は穏やかになった。
それだけでなく、魔物を元の体に戻す効果もあり、長い年月野菜を食する事で、魔物は人族の体に近付く事となったのだ。
この野菜を少量食べた事で端末の意識が飛び、ラインホルトの意識が表に出た事を魔王が記憶していたので、勇者に魔界産野菜を食べさせろと言ったのだ。
二個目のトマトを飲み込んだキタシは、体から力が抜け、気を失うが、違う人格が目を覚まし、目をパチクリする。
「ん、んん~! んんん~~~!!」
勇者にキスをされたままでは何を言っているかわからないが、魔王が目覚めたのだ。
「どうだ? うまいか??」
「美味しいですけど、ファーストキスが、トマトの味になっちゃいました~~~」
勇者の問いに、涙目で答える魔王。
「ステファニエ!? ステファニエだよな??」
「そうですけど……どどど、どうしてキスなんて」
意識を取り戻したが、動揺が隠せないようだ。
「野菜を食べさせるのに、どうしてもしなきゃダメだったんだ」
「と言う事は……人工呼吸のようなもの……」
動揺は収まり掛けるが、やや残念そうにする魔王。
「それよりアイツは? まだ体の中に居るのか!?」
「あ! はい! 何か居る気がします」
「じゃあ、野菜を……」
勇者は、何故かニンジンスティックを口にくわえて魔王に近付ける。
「も、もう大丈夫です! 一人で食べれます!!」
「そっか。じゃあ、これを渡しておくな」
「ありがとうございます……」
「岸に戻ろう!」
こうして野菜スティックを受け取った魔王は、少し残念そうにしながら、勇者にお姫様抱っこされて岸に戻るのであった。
勇者は鼻をヒクヒクすると、走る進路を変更。サシャとテレージアの待つ岸に飛び乗る。
「兄貴!?」
「魔王!!」
勇者と魔王の登場に、サシャとテレージアは近付こうとしたが、一定の距離を残す。
「ただいま戻りました。それと、心配もおかけして申し訳ありません」
勇者から降りた魔王は、深々と頭を下げる。
「や……やった! 勇者がやったのね!? 魔王~~~!!」
「わ!」
テレージアが泣きながら魔王に飛び付く中、サシャは勇者に近付き、胸に軽くパンチする。
「やるじゃん。ちょっとは見直したしぃ」
サシャに褒められても、険しい顔を崩さない勇者。
「まだだ。まだ、アイツはステファニエの中に居るんだ」
「なんで!? 助けたんじゃなかったしぃ!?」
「よくわからないんだ……とりあえず、ステファニエは野菜を食べ続けてくれ」
「あ、そうでした! カリカリカリカリ」
勢いよく野菜スティックを食べる魔王はさておき、勇者はサシャ達に事の顛末を説明する。
「ふ~ん……じゃあ、一生野菜漬けなんだしぃ」
勇者から話を聞きおえたサシャは、ドラッグ漬けのように呟いて魔王を見る。
「その言い方は、なんだか私がお漬け物みたいだからやめてくださ~い」
だが、魔王は漬け物にされたと思ってツッコム。しかし、生野菜を食べ続ける魔王の体調が悪くなる。
「うぅぅ。アゴが痛くなって来ました。お兄ちゃ~ん」
いや、野菜が硬かっただけのようだ。
「ああ……鍋でもするか?」
「はい! お肉は極少量でお願いします!!」
「あたしも食べる!」
「ウチも腹減ってたんだしぃ」
こうして、まだ全てが解決していないのに、鍋パーティーを始める勇者達であったとさ。