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勇者が大陸を凄いスピードで走り回る中、テレージアは言い訳を続ける。
「だって~。初めて会った時、超気持ち悪かったんだよ? 素っ裸で叫び続けるわ、妹が好きとか言うわ、魔王にお兄ちゃんって呼ばせるわ~」
勇者との衝撃的な出会いの数々は、出るわ出るわ。サシャも気持ち悪い逸話を数多く持っているので、何やらウンウン頷いている。
「だから聞き忘れちゃったのよ。それに勇者で通じるし~」
「まぁ兄貴はキモイかんね~。それでも何ヵ月も一緒に居たのに、誰も知らないってのは、ちょっとかわいそうかも……ちょっとたげね」
「うっ……じゃあサシャが教えてよ~。もったいぶってないで~」
「バカ兄貴の名前なんて、ぜんぜんもったいなくないしぃ。兄貴の名前は……」
サシャから勇者の名前を聞いたテレージアは、驚きの表情に変わる。
「どったの?」
「ホントにそんな名前なの?」
「なんで名前ごときで、嘘言わないといけないんだしぃ」
「そうね。でも、その名前って……」
テレージアが何か言い掛けたその時、勇者の声が遠くから聞こえ、さっきまでの叫びと違ったので、二人とも急行するのであった。
その少し前、勇者は魔王の名前を叫びながら海の上を走っていた。
「ステファニエ! ステファニエ! ステファニエ~~~!!」
「だから何度言っても無駄だと言っているでしょう」
勇者に抱かれてうんざりしながらツッコムキタシ。その間も、なんとか抜け出そうと刀を突き刺したり殴ったりするが、勇者は耐えきり、脱出は不可能。
「ステファニエ~~~!!」
「ですから……うっ……」
勇者が大陸を回って七周目……
「う、うぅ……あれ? お兄ちゃん??」
ついに、勇者の声が届き、キタシの意識が薄れて魔王が目を覚ました。
「ス、ステファニエ?」
「は、はい……ステファニエですけど……」
「やった! ステファニエが戻って来た!!」
喜ぶ勇者とは違い、魔王は首を傾げている。
「あの、お兄ちゃんが私を呼ぶ時って、いつもサシャさんだったのに、どうしたのですか?」
「今まで、妹の代わりにさせてすまなかった。もうお兄ちゃんと呼ばなくていい」
「え……」
「それより、体はどうだ? 記憶はどうだ? ステファニエは死の山に連れて行かれただろ?」
勇者の態度に不思議に思っていた魔王であったが、連れ去られた記憶を思い起こし、それどころではなくなった。
「そ、そうです! 私は科学者さんに入られて……た、大変です!!」
「落ち着け。その科学者って奴に、ステファニエの体が乗っ取られて暴れていたんだ」
「私が暴れた……誰か殺してしまったのですか!?」
「誰も死んでないから、安心しろ」
勇者が優しい顔で笑うと、魔王は安堵の表情をする。
「それで、ステファニエは戻って来たって事でいいのか?」
「戻る……いえ、何か胸につっかえているような……」
「アイツを追い出せてないって事か……」
「あ! そうです!!」
魔王は記憶を頼りに大事な事を思い出す。
「野菜! 魔界産の野菜を私に食べさせてください!!」
「野菜? ステファニエは本当に野菜が好きだな~」
「好きですけど違います~。うっ……」
頬を膨らませて怒る魔王。しかし、そんな場合ではなくなって、苦しそうにする。
「ステファニエ?」
「は、早く、野菜を……うぅぅ」
「わ、わかった!」
勇者はアイテムボックスに入っていたレタスを取り出すと、魔王の口に入れる。
「くっ……なんですかこれは……ぺっ」
しかし、ちょっと遅かった。魔王から意識を奪ったキタシに、体を乗っ取られて吐き出されてしまった。
「どうやら、魔王の意識が残っていたようですね。私の意識を奪うとは、さすがは魔王といったところですね」
魔王を称賛するキタシを見て、勇者は悔しそうな顔をする。
「くっそ~。せっかくステファニエが戻って来たのに、出て来るな! これでも食ってろ!!」
勇者は右手に持ったレタスをキタシの口にねじ込む。
「だからなんですかこれ? ぺっ」
「吐き出すなよ!」
「ですが、これはチャンスですね」
「くっ……暴れるな~~~!!」
勇者は片手になっていたので、キタシの拘束が疎かになり、抜け出されそうになる。しかしギリギリ両手で抱き締め、動きを止めた。
そうして走っていると、サシャの匂いが鼻に飛び込み、遠くに、かなり遠くに居るサシャを呼ぶ。
「サシャ~~~! サシャ~~~!!」
そうして数分後、追い付いて来たサシャとテレージアに、先ほどの出来事を説明した。
「ふ~ん……野菜を食べさせたらいいんだ……けど、なんで?」
「わからない。でも、ステファニエが……」
「お腹すいたからじゃない? 魔王は食いしん坊なところがあるからね」
「あなた達……いまがどういう状況がわかっているのですか?」
凄いスピードで移動する三人が何やら話し込んでいると、キタシの額に怒りマークが浮かぶ。
「閃いた! 勇者が口移しで入れてあげればいいのよ!!」
しかし、空気の読めないテレージアがよけいな事を言う。
「「「はあ~~~!?」」」
その事態には双子勇者だけでなく、キタシまでもが驚く。
「俺がステファニエに、キッス……」
「兄貴がウチそっくりの魔王に、キッス……」
「なんで私がその男と、キッス……」
全員、呆然として呟く中、テレージアは言い放つ。
「魔王の望みなんでしょ? 勇者もしてあげなさい。サシャは我慢しなさい。えっと……あんたも我慢してね」
「キッス……」
「無理ッス」
「できるわけないでしょ!!」
テレージアの物言いに、二対一でしない方向にまとまる。
「こうなったら、人族、魔族を絶滅させてでも阻止してあげますよ」
さすがにキレたキタシは、物騒な事を言い出した。
「この体勢で何が出来ると言うのだ?」
「私の力は、何も直接攻撃だけではありません。そこの女性の魔法だって……」
「兄貴! いますぐ沖に向かって走れ~~~!!」
「おう!!」
苦し紛れのキタシの悪足掻きは、サシャの指示で潰される。そうしてサシャも追い掛けて飛んでいると、テレージアが何やら盛り上がっている。
「キッスキッスキッス♪ からの接吻接吻接吻~♪」
「うっさいしぃ!!」
「本当です!!」
テレージア絶好調。ウザさ爆発で、サシャとキタシをキレさせる。
「大陸から離れても、あなた達ぐらいは殺せるのですよ」
「ヤベッ! 【転移】!!」
「【半物質】!!」
サシャは不穏な空気を感じて転移魔法で逃げ、キレたキタシは自分を巻き込みながら巨大な爆発を起こす。
しかし勇者には効かず、沖に向かって進み続けるのであった。