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 勇者が魔王の姿をしたキタシを抱き締めてダッシュで逃走すると、突然の事態にサシャは呆けていたが、そんな場合ではない。空を飛んで追い掛ける。



「だから離しなさい!!」


 抱き締められたまま運ばれるキタシは、苛立ちながら勇者の腹をブスブスと刺している。


「ぐっ……大丈夫。大丈夫だ。絶対に俺が魔王を助けてやるからな」


 こちらも意味不明。どうやっても助けられないとキタシは言ったのに、勇者はまったく聞かずに魔王を励まし続ける。

 しかし体は正直だ。血を流し過ぎて、走るスピードが落ちている。


「「【癒しの風】」」


 そんな勇者ならば、サシャとテレージアも助けないといけない。スピードの落ちた勇者の血を見て、すかさず治療魔法で治した。


「兄貴! 何してんだしぃ!!」


 サシャは叫んで呼び止めるが、勇者は無視。スピードを上げて逃走する。


「あんのバカ兄貴~~~!!」


 いつもの逆。ストーカー勇者を、怒りに任せてストーキングするサシャ。勇者が怪我を負っては追い付き、強化魔法と治療魔法を使っては離される。これは、勇者抜きではキタシを倒せないので、苦渋の選択だ。

 その追いかけっこは海にまで及び、追い詰められた勇者は海に飛び込む。まぁ飛び込むと言っても、勇者は空気を蹴れるほどの脚力があるので、海を走っている。


「あんのバカ兄貴! なんでウチから逃げんだしぃ!!」


 サシャ、激おこ。いつもは呼んでもいないのに寄って来る犬が来なければ、苛立つのだろう。その間も勇者は、この大陸を時計回りに走り続ける。

 その時、サシャと違って冷静なテレージアは、何かに気付いたようだ。


「ひょっとして……勇者は、何か考えがあってやってるんじゃない?」

「あのバカに、考える頭なんてないしぃ!!」

「いや、ほら? 治療魔法の回数が減ってない? よく見ると、敵の攻撃が貫通しなくなったし」

「え??」


 そう。この勇者の真骨頂は、攻撃ではない。


 防御だ。


 受けたダメージも、スキル【根性】の効果で防御力アップ。度重なるキタシの攻撃で傷付き、その都度テレージアに完全復活させられたのだ。レベルアップしないわけがない。

 キタシが学習して攻撃力を上げられると言っても、勇者の成長速度より遅い。最初は勇者の防御力アップに合わせて軽々貫いていた刀も、勇者の腹筋で止められ、肌で止められ、刺さらなくなってしまったのだ。


「うっそ……マジだわ」

「ね? ひょっとしたら、勇者なら本当に魔王を助けられるかも……」


 サシャが驚く中、テレージアは期待に満ち(あふ)れた顔になる。


「でも、助けるって、どうやってやるしぃ?」

「う~ん……なんか叫んでるみたいだし、何してるかわかる距離まで近付けない?」

「ちょっと危険だけど……わかったしぃ!」


 サシャはスピードを上げて、勇者の走る楕円の軌跡をショートカット。大きく回る位置を見定めて、大陸上空を飛行し、勇者達に追い付く。

 そこで勇者の視線に入らないように追いかけ、テレージアとサシャは会議を開始する。


「ずっと魔王って叫んでいたわね……。こういう時って、普通、名前を呼ぶものじゃないの?」

「さあ? ウチも経験無いから……てか、兄貴って魔王の名前知ってんの?」

「確か最初に挨拶してたけど……あ! サシャ、サシャ叫んで、聞いてなかったかも??」

「兄貴なら有り得るしぃ……」

「いやいや、何度か人族の集まる場所でも、魔王は名前を言ってたわよ??」

「どうせ興味ないから聞いてなかったしぃ。とりあえず、教えてやるしぃ」

「そうね」


 二人の会議が終わると、またショートカットできるチャンスに追い付く。そこでは、攻撃がまったく通じなくなってしまった抱かれるキタシと勇者が、ギャーギャー騒ぐ姿があった。


「魔王! 魔王! 起きろ!!」

「だからもう死んだと言ったでしょう!!」

「魔王! 魔王! 魔王~~~!!」

「いい加減、私から離れなさい!!」


 そんな二人に、必死に飛ばしたサシャは並走する。


「あ~……取り込み中、ちょっといいしぃ?」

「サ、サシャ!? また魔王を殺そうとしているのか!?」

「待って! 魔王を助ける耳よりな情報持って来たしぃ!!」


 スピードを上げてサシャを置き去りにした勇者であったが、魔王を助けると聞いて、スピードを落とした。すると追い付いて来たサシャに、勇者より先にキタシが苦情を口走る。


「あなたのお兄さん異常ですよ! 普通、敵が居たら戦うでしょ! あなたからも言ってください!!」

「あ~……兄貴は元々異常だから、しょうがないしぃ」

「いや……」

「それより! どうやって魔王を助けるんだ!!」


 サシャに苦情を言っていたキタシを遮り、勇者が大声を出す。なので、今度はテレージアが答える。


「あんた、魔王の名前、知ってるの?」

「魔王の名前……そう言えば、聞いた事がないな」

「やっぱり……」

「マジか……」

「必死に助けようとしていた人物の名前を知らないって……確かに異常ですね……」


 テレージアとサシャが生温い目で勇者を見ると、キタシまでもが呆れた目をする。


「ステファニエよ。ステファニエ。せめて名前で呼んであげなさいよ。そしたら、目覚めるかもよ?」

「そんな事で戻るわけないです……わ!」

「お! おお! いい名前じゃないか……ステファニエ~~~!!」


 テレージアが魔王の名を伝えると、キタシは否定するが、勇者は別だ。名前を聞いてテンションが上がり、スピードまで上げて走り続ける。

 そのせいで、サシャ達は置き去りにされてしまった。


「う~ん……もう、追いかけなくてもいっか?」

「だね。待ってたら、戻って来るでしょう」


 余裕そうに見えた勇者に、サシャとテレージアは追う事をやめて、岸にてお茶にする。すると、早くも一周した勇者は通り過ぎた。


「どう思う?」

「勇者なら、なんとかしそうかな~?」


 叫び声が通り過ぎ、まったりしていると、二周目の声が聞こえて来た。


「やっぱ、名前呼ぶだけじゃ無理なんじゃね?」

「勇者の声なら届くと思ったんだけどね~」

「てかさ、テレッちって、兄貴の事をずっと勇者って言ってるけど、名前知ってんの?」

「へ?」

「だから兄貴の名前だしぃ。そいや、クリクリもコリッちも、誰も兄貴の名前を呼んでるところを見た事がないんだけど……」


 勇者の名前を知らなければ、勇者が魔王の名前を知らなかった事と同類となってしまう。その事に気付いたテレージアは、頭をフル回転させて答えを導き出す。


「誰も勇者の名前、聞いてなかった~~~!!」

「ないわ~~~」

「だってだって~!!」


 こうして勇者の叫び声が響く中、テレージアの言い訳も響くのであったとさ。


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