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サシャの声援に応え、勇者は加速する。
「もえ~~~!!」
相変わらず何を言っているかわからないが、勇者の【剣の舞い】で作られた黒い球体に触れたキタシの体は細胞ごと消失する。
「これは少し意外ですね」
巨大な腕が無くなっても余裕の態度を崩さないキタシ。次の瞬間に腕は生えているものの、勇者に瞬く間に斬り裂かれ、また治す。
その間に逆の手を振って勇者にぶつけるのだが、その腕も黒い球体に呑み込まれて消失。勇者に攻撃が当たらなくなって来た。
このチャンスにサシャから指示が飛び、勇者は、左足、右足、背中、腕、また足と、キタシの周りを飛び回り、踊り続け、剣を振るい続ける。
勇者が通った場所には黒い球体が現れ、くっつき、大きくなり、キタシの体は真っ黒に塗り潰されて行くのであった。
「な、何してんのよ!」
「一気に畳み掛けろしぃ!!」
戦い初めて一時間、急に攻撃をやめた勇者に、テレージアとサシャからブーイングが起こる。しかし、勇者は身動きひとつせずに、黒い球体の上にあるキタシの頭を睨んでいた。
「くふ。気付かれてしまいましたか」
「ああ。途中からフェイクだったんだろ」
どうやら、戦っている勇者にしか違いがわららない違和感があったので、攻撃をやめたようだ。
そのキタシの頭は、黒い球体に埋もれている体と分離する。この分離こそが勇者の違和感の正体。少ないエネルギーで作った体を勇者に斬らせ、体力を消耗させようと狙っていたのだ。
キタシの頭は歪んだ笑みを浮かべながら地面に着陸し、体を作る。その体とは、魔王。取り込んだ状態そのままの美しい魔王。服まで再現している。
「サシャ……いや、魔王……」
勇者は魔王の姿を見て、戸惑いを見せる。
「今代の魔王は女性だったようですね。昔はもっと異質な姿をした屈強な雄だったはずですが、どうしてここまで人族の姿に近付いたのでしょう? これも要研究ですね」
キタシの研究発言に、勇者はキッと睨む。
「魔王を返せ!」
「それはできません。これほど魔力の満ちた個体は、そうそう居ないでしょう。体は貧弱ですが、過去最高の魔力を保有していますからね。この体のおかげで、生物兵器の操作が楽になって助かりました」
「そんな事は聞いてない! 魔王を返せと言っているんだ!!」
「ですから、できないと言ってるでしょう? もうこの体は完全に私の物。いえ、生物兵器も完全に支配下に置きましたので、三位一体の神として昇華しました。どうしても返せと言うのなら、神を殺してみては? そうすれば、奇跡が起こるかもしれませんよ。まぁ天罰が下るかもしれませんがね」
「魔王を……殺す……」
勇者が愕然とした表情を見せるので、キタシは嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべる。
「くふ。そういえばあなたは、ずっとこの体がある場所を狙って来ませんでしたね。くふふ。魔王に好意をお持ちなのですね。ですが、あなたはずっと魔王の体を傷付けていたのですよ? くふっくふふ」
「俺が魔王を……」
「大きさは違いますが、三位一体なのですから当然です。腕を切り落とし……」
「うっ……」
「足を切り落とし……」
キタシは笑いながら自分の腕を手刀で切り、足までも切断する。
「や……やめろ~~~!!」
片手片足となった魔王を見て、勇者は悲痛な声を出す。
「くふふ。全部あなたがやったことですのに、自分で自分の体を傷付けることは止めるのですね。くふふふ」
嫌みに笑うキタシに、勇者は反論できないでいる。そんな中、サシャが空から降って来た。
「兄貴……こんなヤツの話を聞くなしぃ!」
「で、でも、魔王が……。助けるって約束したのに……」
サシャは今にも崩れ落ちそうな勇者の襟元を掴んで怒鳴り付ける。
「こいつを放っておいたら、人族は滅ぶ! 魔族は滅ぶ! それが魔王の望みなの!?」
「テ、テレージア??」
サシャの叱責を受けても決断できない勇者は、テレージアを見る。
「あたしも魔王を助けたい……でも、助けようがないなら……。グズッ……あたしも一緒に、魔族に謝ってあげるわ……」
涙を我慢するテレージアの意外な決断。サシャですら、そんな決断をすると思っていなかった。なので、自分が悪者になってでも、勇者とテレージアを説得する気でいたのだが、流れが変わってしまった。
「ウチも魔族に謝るから戦えしぃ。いや、兄貴の罪悪感が減らせるなら、死ぬまで魔王を演じてやるしぃ。それで戦ってくれしぃ」
「俺は、俺は……」
二人の覚悟を聞いても、勇者には答えは出せない。しかし、それを待ってくれない人物が近くにいる。
「いい加減、データ収集に戻ってもいいですか?」
キタシだ。キタシはいつの間にか、魔王の両手から刀を生やしていた。
「あなたにやる気がないのなら、先に妹さんから殺すとしましょう」
刀を向けるキタシに、サシャも二本の刀を握って臨戦態勢。
「ああ! やってやるしぃ! 兄貴がやらないならウチが魔王を殺してやるしぃ!!」
「くふ。できればいいですね。くふふふ」
二人は示し合わせたように、同時に動き出し、刀が合わさって金属音が鳴り響く。しかし、力量差は歴然。その一合で、サシャは大きく吹き飛ばされた。
「サシャ!?」
「では、トドメを……」
「待て!!」
キタシが走り出そうとした瞬間、勇者は進路を塞ぐ。その勇者に、キタシは【剣の舞い舞い】を放つ。勇者も負けじと【剣の舞い】で応戦。いや、攻撃に移れず、防戦一方となる。
「くふふ。中途半端ですね」
身体能力は、ほぼ互角。だが、攻撃に移れない勇者は後手に回って斬り付けられる。
二人の剣撃は踊りと相俟って風が起こり、巨大竜巻となって辺りに暴風が吹き荒れる。その巨大竜巻は、人界、魔界にもハッキリと見え、不安を振り撒く。
キタシは踊りながら勇者を斬り付ける。
勇者は踊りながら刀を受ける。
その長い斬り合いの最中、竜巻が真っ二つに割られる事態が起きた。
「こんの~~~!!」
サシャだ。サシャの性格上、黙ってやられているたまじゃない。竜巻を斬って、二人の戦いに割り込んで来た。
そして【剣の舞い舞い】。勇者を援護しようと斬り付ける。
「ダ、ダメだ!!」
しかし勇者は剣を投げ捨て、一瞬視線を外したキタシにタックル。そのまま優しく抱き締めたまま離さない。その行為で、サシャの攻撃は空振り、怒らせる事となる。
「せっかくのチャンスに、何してんだしぃ!!」
「だからダメなんだ!!」
今まで、サシャに怒鳴る事などした事がない勇者の怒声に、サシャは後退る。
「あなたに抱き締められるのは、不本意なんですがね。離してください」
「ぐふっ……」
しかしサシャとは違い、抱き締めているキタシは敵。腹に刀を刺されて、勇者は痛みに顔を歪める。
「ほら! 早く離すしぃ!!」
「い、嫌だ! テレージア。傷を治してくれ!!」
「えっと……」
「もういい! 兄貴ごと、ウチがトドメを刺してやるしぃ!!」
言う事を聞かない勇者には、サシャの【剣の舞い舞い】。幾百の斬撃がキタシと勇者を襲う。
「させるか!!」
だが、勇者はキタシを抱き締めたままダッシュで逃走した。
「え……どゆこと?」
敵であるはずのキタシを勇者が庇い、あまつさえ逃走したのだから、サシャは意味がわからずに固まってしまう。
「サシャ! どっちにしても追わなきゃ!」
「あ、うん……」
そんなサシャに、テレージアは怒鳴って現実に引き戻す。こうして状況について行けないまま、二人は勇者を追い掛けるのであった。