017
勇者の着替えを待っていた魔王は、倒したビックボアに近付く。
「ビッグボアさん、どうしましょう?」
「俺が持つよ」
勇者が手をかざすと、ビッグボアは吸い込まれるように消えた。
「そういえば、四天王さんが用意した野菜もいっぱい入っていましたね」
「まだまだ入るぞ」
「へ~。もしかして、服も、何着も入っているのですか?」
「かなり消費したから、あと、二十六着だな」
「そんなにですか!? まさか、全部同じ服だったりします?」
「ああ。妹が選んでくれた服だから、全て同じ服にしているんだ。ただ、モロイから、百着買う事になったけどな」
「ふ、ふ~ん……」
魔王は何か言いたげだったが、曖昧な返事しか出来ない。テレージアも呆れているようだけど、勇者の服よりも大事な事を思い出したようだ。
「そろそろ行かない? 全然進んでないんだけど」
「あ! ……でも、体力が……」
「第二案を用意してある!」
勇者はそう言うと、アイテムボックスから椅子の付いた背負子を取り出す。
「それは?」
「椅子が付いているから、背負って歩けるんだ」
「変な物を持ち歩いているのね」
「魔王を倒す旅で山越えがあった時に、妹をおんぶしようとしたら、断られたんだよ。だから作っておいたんだ。結局、使う事はなかったんだけどな」
「ふ~ん。じゃあ、妹はどうやって山を越えたの?」
「……魔法で空を飛んでいた」
「「あ~~~」」
ガッカリした声で答える勇者に、二人は相槌を打つ事しか出来なかった。
その後、魔王の座った背負子を担いだ勇者は山を進む。
「かなりスピードが上がったわね」
「揺れもまったく感じません。お兄ちゃん、すごいです!」
「そうだろそうだろ」
「見た目はかなりアレだけどね」
「あ、あはは」
荷物でもない魔王を背負って歩くのだから、見た目は確かに変である。しかし魔王は、歩いて疲れるぐらいなら多少は目を瞑るみたいだ。
魔王一行の歩調が早くなったおかげで、太陽が真上に来る頃にはかなり進み、お昼休憩をとる事となった。メニューは温泉宿で用意してもらったおにぎりだ。
勇者は絶壁の近くにピクニックシートを広げ、皆で和気あいあいと食べる。
「うわ~。湖が一望できます~」
魔王は感嘆の声をあげるが、ビクニックに来た訳ではないはずだ。
「魔王、わかってる? あたし達は遊びに来たんじゃないのよ?」
ご飯粒を両頬に付けたテレージアに、注意されるのも仕方がない。ご飯粒が付いていなければ、もっと説得力があったのだが……
「それにしても、どうして断崖絶壁に来たのですか?」
「ああ。山を登って越えるより、こっちの方が近いだろ?」
「……え?」
「ほら、この断崖絶壁を上に登るルートでも五千……いや、八千メートル近くあるから、その服装では寒いし、空気も薄いからサシャには厳しいぞ?」
「そうなのですか??」
「山に登った事がないのか? ここでも千メートルぐらいあるから寒いだろ?」
「確かに……」
「ちょっと待ってな」
勇者はアイテムボックスを開くと、毛皮のコートを取り出して着るように促す。
「あ、暖かいです~」
「う~ん……妹のサイズで作ってもらったけど、少し小さかったか」
「胸が苦しいけど、なんとか閉まりました!」
「う、うん……」
「自慢か!!」
コートは魔王のふくよかなモノで盛り上がり、勇者は目を逸らし、テレージアは怒りのツッコミを入れる。何故、テレージアが怒っているのかは、まな板だからだろう。
「なによ!!」
「「??」」
どうやらテレージアは、二人の考えていた事を読み取ったのか、「うが~」と怒る。二人は何がなんだかわかっていないようだが気にしない。
昼食を済ませると勇者は魔王を背負い、崖の方向に歩き出す。
「お、お兄ちゃん? 話の途中だったけど、山を越えるのですよね?」
「ああ。そうだ」
「じゃあ、なんで崖に近付くのですか?」
「近いから?」
「ま、まさか……きゃ~~~!」
そのまさか。標高千メートルのロッククライミングだ。崖にしがみついて移動する勇者の行動に、魔王は悲鳴をあげざるを得なかった。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
「さっきからどうした?」
「落ちます! 落ちますって~~~!」
「大丈夫だ。プロのロッククライマーは、これぐらい進んで行けるんだ」
「ロッククライマーってなんですか!? お兄ちゃんはプロなのですか!!」
「いや、俺は頑丈な勇者と呼ばれていた」
「じゃあ、大丈夫じゃないじゃないですか!」
「まぁ旅の勇者と呼ばれていたから、こんな道も軽々進んでいたよ」
「うそ……」
魔王は騒いでいたが谷底を見てしまい、恐怖で固まる。その恐怖を和らげる為にテレージアが魔王の膝に、ふわりと着地した。
「気持ちは分かるけど、本当に大丈夫みたいよ?」
「テレージアさんは飛べるから、そう思うのですよ~」
「来た方向を見てみなさいよ」
「あ……もうあんなに離れています……」
「ね? 離れて見てたけど、勇者の奴、トカゲみたいに気持ちの悪い動きで素早く動いているわよ」
テレージアは、褒めているのか貶しているのかわからない言葉で魔王を慰める。
「でも、高いです~」
「もう寝てなさい。ベルトで固定しているから落ちないわ。そしたら、寝てる間に到着してるわよ」
「うぅぅ。寝れませ~ん」
と言うやり取りをして、魔王はすぐに「スピ~」となっていた。なかなか胆の座っている魔王だ。その寝顔に安心したテレージアは、勇者の頭にパタパタと飛び乗る。
「ちょっと。そんなに飛ばして疲れないの?」
「全然。サシャを揺らさないように、ゆっくり動いているからな」
「これで!? 馬鹿みたいに体力があるのね」
「走る勇者とも呼ばれていたからな。体力には自信があるんだ」
「走る勇者って……あんたがまともに攻撃が出来たら、誰も敵わないんじゃないの?」
「やる気がないから、考えた事がない」
「じゃあ、妹が殺されそうになったらどうするのよ?」
「それは……妹に覆い被さって、諦めるまで待つかな?」
「なによそれ」
「頑丈な勇者だからな」
「……攻撃するのは嫌だろうけど、魔王がここまで体を張っているんだから、少しは考えてあげてね?」
「う~ん……わかった」
テレージアは勇者との話を終わらせると、自分もお昼寝すると言って、魔王の膝で眠る。再び目を開ける時には、揺れを感じて目覚める。
「ん、んん~……」
「あ、テレージアさん。目が覚めましたか?」
「なにこのひどい揺れ~」
「それがお兄ちゃんが、休憩場所を作ると言っていまして……」
「休憩場所?」
テレージアが目を擦りながら空を飛ぶと、勇者は赤くなった日を浴びながら、絶壁に鉄の棒をズボッと押し込んでいる最中であった。
「なんでそんなに簡単に棒が突き刺さるのよ!」
「なんでって言われても……柔らかいから?」
「そんなわけないでしょ!」
テレージアのツッコミは、至極真っ当であった。