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「【身体強化】! テレッチ!!」
「うん! せえの!!」
「「……【癒しの風】」」
端末を倒したサシャは、勇者を視界に入れるとすかさず強化魔法。続いてテレージアと共に勇者の体を治す。
すると勇者は、一瞬サシャ達に視線を送り、空気を蹴ってキタシと殴り合う。数千、数万のぶつかり合いに、辺りは轟音が響き、数秒後、大きな衝撃と共に、二人は同時に吹き飛ばされて距離が開いた。
「くう~~~」
勇者の両手はボロボロ。骨が折れ、突き破り、真っ赤になって、痛みに顔を歪める。そこに優しい光が包み込み、完全回復となった。
「兄貴、大丈夫だしぃ?」
サシャとテレージアのおかげだ。キタシと距離ができたので、勇者の近くに降り立ったようだ。
「サシャが俺の心配を……」
「あ、そういうのいらないしぃ。まだ戦えるかどうか聞いてるしぃ」
バッサリ切られた勇者は、やや肩を落として答える。
「二人のおかげでなんとか……ただ、かなり疲れるな」
「スタミナか……これ食えしぃ」
「こ、これは!?」
サシャが取り出した物は、ただのおにぎり。箱に入った武骨な形で不揃いなおにぎりだ。
「ウチの手作りだしぃ……お兄ちゃんのために、愛情込めて作ったんだしぃ……」
このおにぎりは、テレージアの策略。妹中毒の勇者ならば、これでドーピングできるのでないかと、適当に握らせたおにぎりだ。
「お……俺のために……サシャが……」
「初めてだから、美味しいかどうかわかんないしぃ」
「た、食べていいのか?」
「う、うん……」
「いただきます!!」
泣いたり喜んだり忙しく変化する勇者の顔を見たサシャは、少し後退りながら、おにぎりの入った箱を手渡す。すると勇者はがっついて食べる。
味はと言うと、実際のところ微妙。まったく塩味のしないおにぎりもあれば、塩辛いおにぎりもある。
初めて作ったから上々といったところだが、ただ丸めただけのお米だから、料理と言うのも些か微妙だ。まぁ魔王が同じ物を作ったら毒玉になるので、大成功と言えよう。
しかし勇者はおかまいなし。「うまいうまい」と言い、涙を流しながらあっと言う間に完食してしまった。
「ふお~~~! ふおおぉぉ! ふうおおおあああうう!!」
勇者、テンション限界突破。
「まただよ……」
「まぁ体力戻ったみたいだし、いいんじゃね?」
呆れるテレージアとサシャは、テンションさげさげだったが……
「ほい。お茶も飲むしぃ」
「ふ~……」
「時間がないんだから、そゆのはあとにしろしぃ」
「あ、ああ。ありがとうな。ありがとうな。うぅぅ」
妹に、こんなに優しくされたことのない勇者は、お茶をがぶ飲みして気合いを入れ直す。
「よし! 準備万端だ!!」
「ちょい待つしぃ」
勇者がキタシが居るであろう方向に向き直した瞬間、サシャは勇者の肩を掴む。すると勇者は、にへらとだらしない顔で振り向いた。
「この剣も持って行けしぃ」
「剣?? 俺は剣なんて使えないぞ」
「ずっとウチの後ろで戦うところを見てたっしょ? 見よう見まねでいいからやってみろしぃ」
「でも……」
勇者の剣を受け取った勇者が不安な顔をすると、サシャは両手を握って最高の笑顔を見せる。
「大丈夫だしぃ。大好きなお兄ちゃんなら、必ずできるしぃ!」
「も……」
「「も??」」
勇者の言葉が止まったので、サシャとテレージアは首を傾げる。
「もえ~~~! もえもえもえもえ~~~!!」
そうして、勇者は謎の奇声をあげながら、キタシに突撃して行ったのであった。
「え? なに? 『もえ』って、なんて意味??」
「ウチに聞かれてもわっかんないしぃ……」
もちろんテレージアとサシャは呆れているのであった。
「もえ~~~! もえもえもえもえ~~~!!」
奇声を発する勇者を視界に収めたキタシは声を掛ける。
「もえ? なんですかそれ?」
どうやらキタシも意味がわからず困惑しているようだ。そこに勇者は、サシャから渡された剣を大振り。まだ距離もあり、キタシも勇者も、試し振りしただけだと思った。
「はい?」「もえ?」
しかし、二人同時に惚けた声をあげた。それは何故か……
キタシは視界がズレ落ちて行く事に気付いて疑問の声。勇者は、キタシの体が胸辺りから斜めに真っ二つに斬られ、滑り落ちて行くのが見えたので疑問の声をあげたのだ。
「うっわ……なに、あの剣……」
「ウチも欲しいしぃ! なんでウチに使えないんだしぃ!!」
テレージアとサシャも、飛ぶ斬撃を目の当たりにして驚いている。
これこそが勇者の剣の実力。
パリングラ山を斬り裂いた力。
正当な勇者が持つ事で力を発揮する剣。
その昔、異世界の勇者が神から与えられた最強の神剣。
これこそが、勇者の剣の真骨頂だ。
「軽く振っただけなのに……俺に力を貸してくれているのか?」
勇者が驚きながら呟くと、勇者の剣は「ブンッ」と揺れて応えてくれる。
「ふふ。戦い方も教えてくれているのか」
それどころか勇者の脳内に、歴戦の勇者の記憶が流れ込み、体もそれに応えられるように最適化された。
「大丈夫だ。俺には妹の技がある」
しかし勇者はそれを拒否。その答えに勇者の剣は「ブンッ」と震えるが、勇者には力強い肯定の声に聞こえた。
「さあ! 行くぞ! もえ~~~!!」
やや変な気合いの入れ方だが、勇者は地を蹴り、空気を蹴り、キタシに向かう。
「アレは……勇者の剣ですか。興味深い。二人の勇者を殺したあとの暇潰しにするとしましょう」
キタシはすでに完全回復。ズレた体も元に戻っている。勇者の剣の性能に少し驚いたが、この程度では驚異にも感じないようだ。
キタシは大きな拳を振りかぶり、凄まじい速度で迫る勇者に向けて放つ。
「もえ~~~! 【剣の舞い】!!」
おそらく「喰らえ」と叫びながら空で踊る勇者。地面でステップを踏むように、蝶が優雅に舞うように、勇者は空気を蹴りながら踊り続ける。
その剣の軌跡は、サシャの【剣の舞い】とまったく同じ。いや、【剣の舞い舞い】の速度を超え、広範囲の空間が大きな黒い球体に閉じ込められた。
「くっそ~……あんなに上手くパクリやがって~……」
サシャは悔しそうな言葉を呟くが、テレージアには、言葉と意味が違って聞こえるようだ。
「喜んでない? 顔も笑ってるし……」
「ん……んなわきゃないしぃ!」
サシャは焦りながら顔をムニムニして整えると、大声を出す。
「お兄ちゃ~ん! そんなヤツ、早くやっちゃえしぃ!!」
サシャの嬉しそうな声援に、勇者の【剣の舞い】は加速する。
こうして勇者とキタシの戦いは、最終局面に向かうのであった。