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「な、なんですか!?」
勇者がぐるぐるパンチでキタシの拳を消すと、焦った声を出す。拳だけでなく、腕を掻き消され続けているので、致し方ないのかもしれない。
その焦った声を聞いたサシャとテレージアは、大声を張り上げる。
「兄貴~! 行っけ~~~!!」
「勇者~! やっちゃえ~~~!!」
空気を踏み、真っ直ぐ突き進む勇者は、サシャの応援を聞いてさらにスピードアップ。
「ぐわ~~~!」
勇者の攻撃で悲鳴をあげるキタシに、サシャとテレージアは勝機を見出だす。
「と、冗談はここまでにしましょうか」
「兄貴!? 【防御結界】だしぃ!!」
突如、巨大なキタシの脇腹から刀のような物が複数飛び出し、勇者に向かう。焦ったサシャは、咄嗟に防御結界を勇者に張ったのだが、一瞬耐えただけで砕かれてしまった。
「ぐうぅぅ」
その一瞬があった為、勇者は防御が間に合い、体を丸めて両腕でガード。切り傷は付いたものの、弾かれる程度で済んだようだ。
「ここは【聖柔光】だしぃ!」
地上に降り立った勇者は、温かい光に包まれて傷が治る。テレージアの魔法では魔力消費が激しいので、今回は省エネにしたようだ。
「なかなかいい攻撃でしたよ。それにサポートも素晴らしい。でも、私には足りませんね。くふふ」
元より端末からぐるぐるパンチの情報は入っていたので、対策はすでに整っていた。それも性能の上方修正だけであったが、キタシにはダメージになっていない。なので、さっきまでは、ただ単に面白半分で苦しむ演技をしていたようだ。
大きな手で拍手を送るキタシに、勇者達は風圧に負けないように耐える。
「では、こうしてはどうでしょう?」
キタシは、空を飛ぶサシャに顔を向ける。
「やめろ~!」
勇者は不穏な空気を感じてすかさずジャンプ。その刹那、サシャに大きな拳が振るわれる。
「【多重結界】! どりゃ~!!」
逃げ切れないと判断したサシャは両手を前に出し、結界を前面に多数展開して耐えるが、次々と破られる。
「うお~~~!!」
そこに勇者のぐるぐるパンチ。キタシの拳を消して、なんとかサシャを守る事に成功する。しかし拳の風圧で、サシャ達とは離れてしまった。
「私も居ますよ。くふふ」
そこに、ラインホルトの体を乗っ取った端末登場。勇者の剣を構えてサシャと対峙する。
「サ、サシャ!」
「こっちはいいから、兄貴はデカイの相手してろしぃ!!」
「お、おう……」
振り向いた勇者にサシャは怒鳴り付けてから、刀を抜いて端末を睨む。そして睨みながら地上に降りて行く。端末はサシャが地上で戦いたいのだと受け取り、同じ速度で地上に降りる。
そうして同時に着地したサシャと端末は、一定の距離を取ったまま語り合う。
「私も本体にバージョンアップしてもらったので、あなたには勝ち目はありませんよ。素直にお兄さんに助けを乞うたほうが懸命です」
「はあ? ライナーに毛が生えた程度でいきがんなしぃ!」
「こう見えて、あなたのお兄さんが倒した端末に近い力はあるんですけどね~」
喋り終えた端末は、一瞬で間合いを詰めて剣を振るう。その剣は、サシャの【剣の舞い】の完コピ。サシャは驚いたのも束の間で、同じように舞いながら、全ての剣を叩き落とす。
「ほう。もう一段、スピードを上げないといけませんね」
「ハァハァ……」
あまりのスピードに、サシャは肩で息をする。しかし、端末は宣言通りスピードを上げ、サシャに剣を振るう。
サシャは刀だけでは受け切れず、何発かかすって体に傷が付く。だが、防御結界を分厚く張ったりしながら、なんとか耐える。
「ハァハァ……」
「くふ、よくよけましたね」
サシャのセーラー服は至るところが破れ、満身創痍。
「次は全力を出すので、頑張って耐えてくださいね。くふふ」
余裕そうな表情で忠告した端末は、サシャの目の前から消える。すると、サシャは球体となった光の斬撃に斬り裂かれ、跡形も無く消え去った……
「手応えがない……いえ、なさすぎます。え?」
「遅いしぃ!!」
端末が疑問に思った瞬間、体は霧になる。サシャが二刀流の【剣の舞い舞い】を放ったからだ。
端末は霧になったが、サシャは踊る事をやめない。これは霧が復活しそうになっているからやめられないのだ。
そこでサシャは、さらにスピードを上げる。霧となった粒子ひとつひとつに刀を当てて、消し飛ばす。そのスピードに空間から光は消え、サシャの斬る軌跡は黒い球体となった。
数分後、サシャは刀を大きく振って、膝を突く。
「ゼーゼーゼーゼー……」
「だ、大丈夫?」
肩で息をするサシャに、離れて見ていたテレージアは心配して声を掛ける。そもそも、さっきまでの息切れは演技で、端末の油断を誘ってやっていたのだが、今回は本当に疲れたようだ。
そうして息が整ってきたサシャは、勝ち名乗りをあげる。
「うっし! やってやったしぃ!!」
サシャの勝利。この結果は、勇者をナメくさっていた端末が悪い。
勇者の力の源は勇気。一度倒れた勇者が立ち上がった時には力が上がっている。折れた心が立ち直った時には、勇気百倍。さらに力は上がる。
いまのサシャの実力なら、前回負けてしまった端末とも、ギリギリ勝利をもぎ取るだろう。今回の端末はそれ以下ならば、サシャの勝利は確実。
サシャもその事に気付いていたので油断を誘い、復活させないようになる早で決着に持って行ったのだ。
「ライナーは、元々ウチを怒らせていた。苦しまずに行けただけ幸福だったしぃ」
やや物悲しそうなサシャに、テレージアは声を掛けるのをやめたのであった。
それから完全に復活したサシャは、落ちていた勇者の剣を手に持つ。
「この剣……な~んか感じるんだよね~?」
サシャはいろんな角度から剣を見て、数度振るってみる。しかし、引っ掛かっている理由が見付からない。
「それって、『勇者の剣』じゃない?」
サシャが悩んでいると、テレージアが端末との会話を思い出したようだ。
「勇者の剣?」
「なんかロックが掛かってて、本来の力が引き出せないとか、さっきの奴が言ってたわよ」
「ふ~ん……勇者の剣ね~……」
サシャは勇者の剣を両手で構えて目を瞑り、剣と対話する。
「兄貴??」
「え? なに??」
何故か勇者を見るサシャに、テレージアは首を傾げる。
「わっかんないけど、兄貴なら使えるかも??」
「何よそれ……」
「とりあえず、兄貴の強化魔法も切れる頃だし、休憩は終わりにするしぃ!」
サシャはそれだけ言うと空を舞い、勇者達の戦闘区域に入る。そこでは、血まみれの勇者がぐるぐるパンチを放っており、キタシと熾烈な戦いを繰り広げていたのであった。