176
姫騎士、コリンナ、テレージアの愛の告白じみた夜を勇者が乗り越えた翌日……
朝早くに目覚めた勇者は、一人で準備を済ますと城から出た。そして門に向かって歩いていると、門の前には姫騎士とコリンナの姿があった。
「声も掛けずに出て行くとは、些か薄情ではないか?」
「そうよ。オレ達ぐらい、挨拶させてよね」
どうやら二人は、勇者の行動を読んで待ち構えていたみたいだ。
「あ、ああ。すまない……」
勇者は勇者で顔が赤い。昨日の事があったから、顔を会わせたくなかったようだ。そんな気持ちは汲まず、姫騎士は力強い言葉を述べる。
「勇者殿は強い! この戦争に勝利したのは、勇者殿の力があってこそだ! 自信を持って戦って来てくれ!!」
次にコリンナ。姫騎士とは違い、優しく語り掛ける。
「アニキ……俺もそう思う。魔界が救われたのも、人界が救われたのも、全部アニキの力よ。だから、アニキは誰にも負けない!」
二人の激励を聞いて、勇者は自分を鼓舞するように返事する。
「そうだな……俺は強い! だから負けない!!」
勇者の力強い言葉を聞いて、姫騎士とコリンナは笑顔で叫ぶ。
「「頑張れ~~~!!」」
「おう!!」
こうして勇者は、二人の応援の声を聞きながら走り出したのであった。
目指すは死の山。帝都から真西に走れば辿り着ける。しかし、深い森と魔獣が勇者の行く手を阻む。真っ直ぐ走れず、くねくねと走り、魔獣が出れば足を止めて戦う……
と、普通ならばそうなのであろう。だが、頑丈な勇者には関係無い。
勇者のスピードと力ならば、大木など障害物となり得ない。勇者とぶつかった瞬間、弾けて穴が開き、そこに何も無かったように進める。
敵を倒すと決めた勇者の前では魔獣も同じ。勇者に遠距離から攻撃しても、その数秒後には魔獣の目の前に居る。さらにその一秒後には腹に大穴を開けて倒れる。
勇者の走る道を塞ぐ物は、あって無いような物。スピードを落とさず走り続ける勇者は森を駆け、魔獣を蹴散らし、ついに死の山に辿り着いたのであった。
「さて……ここから何をどうしたらいいんだ?」
崖っぷちで立ち止まった勇者は、死の山を見ながら呟く。しかし、呆けている場合ではない。勇者を追って、大量の魔獣が集まって来ている。
「飛び移ったらいいのかな?」
だから呆けている場合ではない。魔獣がすぐそこまで来ている。
「それとも飛び降りたらいいのか?」
だから……噛まれた。勇者が呆けている内に、近付いた巨大なライオンのような魔獣に頭から噛まれてしまった。
「見えないだろ!」
噛まれてもビクともしない勇者。両手を広げ、魔獣の口から突き出すと、その姿勢のまま高速回転。ライオンは口が吹き飛び、独楽のように回る勇者に腹を抉られて絶命する。
その一匹で終わらず、勇者は動き続け、魔獣を蹴散らして倒して行く。
そうしてぐるぐる回っていた勇者に襲い掛かる魔獣が居なくなると、止まって様子を見る。
「これを俺がやったのか……」
勇者を囲むように倒れる魔獣に、ミンチになったホーンラビットを思い出し、ややテンションの下がる勇者。だが、ここまで来て、怯えている場合ではない。頬をパンパンと叩いて気合いを入れ直す。
そうしていると、空から人が降って来た。
「くふ、くふふ。派手にやってますね」
端末だ。端末が気持ち悪い笑い声を出しながら、ふわりと地上に降り立った。
「お前は……自分のかわいい妹を殺そうとしたヤツ!!」
うん。勇者は長兄を覚えていた。それも、変な覚え方だが……
「たぶんラインホルト殿下の事を言っているのですね。ですが、彼の体は私がいただきました。どうぞ、使者とでもお呼びください」
勇者のボケはスルー。端末は丁寧におじぎをする。
「その使者が、魔王を攫ったって言ってたな……どこにやった!」
「目の前に居ますよ」
「目の前??」
「死の山に、本体と共に取り込まれています」
「取り込まれた……じゃあ、間に合わなかった……」
勇者は愕然としながら死の山を見る。すると死の山は、ゆっくりと形を変え、ピラミッドのような形を作る。
「ちょうど融合が終わったようですね。くふ、くふふふ」
「魔王は……魔王は!?」
勇者が端末に掴み掛かると、するりと逃げて空を舞う。
「おそらく、いまから顔を見せてくれますよ。顔だけですがね」
「どういうことだ!!」
端末の意味のわからないセリフを聞いた勇者が怒鳴り付けると、崖っぷちに手のような物がズシンと引っ掛かった。
勇者はその音に、端末から死の山に視線を戻すと、帝都で戦った破壊伸のような顔があり、その倍もの大きさをしていた。
「こいつは……」
「出て来ましたよ」
端末の指差す破壊伸の頭には、ぽっこりとコブができており、そのコブは上に伸び、人の形となった。
「くふ、くふふふ。ご足労いただき有難う御座います。せっかく来ていただいたので自己紹介をしたいところなのですが、遠い昔の事なので、記憶が定かではありません。たしか『キタシ』と呼ばれていたはずなので、そう呼んでください」
「魔王……」
人の形とは、魔王の姿。声まで魔王と同じなので、本体のセリフは勇者の頭に入って来ない。
「それどころではなさそうですね。しかし、もう一人はどうしました? あなただけでは実験には足りないのですが……まぁ私の研究成果を壊した張本人なのですから、もう一人の勇者より楽しめるでしょう」
呆気に取られている勇者はさておき、キタシはペラペラ喋り終えると真上に浮き上がり、徐々に体全体が現れる。その姿は、破壊神と同じような人型。ロボットのようにカクカクした体を持ち、破壊神より倍の大きさをしている。
「まずは手始めに……」
キタシの一手目は、大きな足での踏み付け。勇者の姿は一瞬にして見えなくなった。
「うおおぉぉ!!」
しかし勇者は避けていた。後ろに飛んで大声を出しながら反撃。キタシの爪先にパンチを打ち込む。
「ふむ。この感じは、ヒビが入った程度でしょうか? その力で消し飛ばないとは、さすがに初期値が違いますね」
「この~~~!!」
まったく効いていないので、勇者は回転を上げて、パンチパンチ。数百のパンチを浴びせかけるが、キタシの爪先がちょっと削れた程度。
その様子は、端末からキタシに映像が送られる。
「では、こちらからも攻撃してみましょう」
「ぐはっ!?」
キタシの攻撃は、素早く足を前に出しただけ。しかし勇者にダメージを与えたようだ。質量、スピード、硬度、全てにおいて勇者より勝っているから、簡単に吹っ飛ばす事ができたのだ。
「くっそ~!!」
地面に転がって止まった勇者はすぐに起き上がり、助走をつけてパンチを繰り出す。怒りでフォームもバラバラ。ピッチャーがボールを投げるが如く、大振りのパンチを放った。
力いっぱい殴った勇者の拳で、爪先は吹き飛び、キタシも少し揺らいだ。
「いまのはよかったですよ。少し消し飛びましたね。では、次は私の番です」
「させるか!!」
勇者に、順番を譲っている余裕はない。攻撃を受けないように足に張り付き、一気に駆け上がる。旅の勇者ならば、ロッククライミングもお手の物。あっという間に、魔王の体の元まで登り切った。
「魔王! 魔王! 起きろ!!」
そして体を掴んで揺さぶる。
「起きろと言われましても……私の体ですから、もう起きているとしか返事ができません」
「魔王はそんなに弱い子じゃないだろ? お兄ちゃんは、わかっているぞ」
「ですから、そんな事を言っても無意味です。それに、あなたと血縁関係ないでしょ」
「頼む! 起きてくれ~~~!!」
勇者に目の前で叫ばれたキタシは、迷惑そうな声を出す。
「仕方ないですね」
「ぐふっ!!」
魔王の姿をしたキタシの右手が勇者の腹を貫通し、勇者は血を吐く。
「やる気がないのなら、さっさと死んでください」
「魔王……魔王……」
勇者の声は魔王に届かず、キタシに高々と投げられ、大きな拳を受ける。その攻撃を喰らった勇者は苦しそうな声を出し、猛スピードで魔の森に突き刺さるったのであった。