171
コリンナの肩を借りて部屋を出たサシャは、隣の部屋にてソファーに座らされる。そうしてコリンナは一度部屋から出ると、食べ物を持って戻って来た。
「お腹すいてるでしょ?」
「う、うん……」
「先に食べましょう」
話は後回しにして、二人は食事に手を伸ばす。だが、サシャは昨日の出来事を思い出しながら食べていたので、食べ終わるまで少し時間が掛かる事となった。
「さてと……何から話す?」
サシャの食事を終えるのを待ってから、コリンナは問う。
「えっと……ウチと戦っていた敵はどうなったしぃ?」
「その敵を倒したところを誰も見てないから、オレもだいたいしかわからないんだけど……」
コリンナは、姫騎士から双子勇者が体を張って倒したと聞いていたのでそのまま伝えるが、サシャが途中で倒れたと聞いて、予想を述べる。
サシャが倒れていた場所に、勇者が体を引きずった跡があったと聞いたので、勇者が敵を倒したのだとコリンナは結論付けた。
「うそ……兄貴が……」
「たぶんね。じゃないと説明がつかないでしょ?」
「そうだけど……」
サシャは信じられないようだ。今まで攻撃をした事のない勇者では仕方がない。
「それで二人とも酷い怪我だったから、治すのに時間が掛かって、現在に至るの」
「確かに、ウチも兄貴も血まみれになった記憶があるけど……」
「事実よ。アニキはサシャさんより、酷い怪我だったと聞いたわ。それなのに、サシャさんを先に治してくれと言ってたみたい」
「兄貴……」
徐々に戦いの記憶を思い出すサシャ。自分が吹き飛ばされ、勇者が覆い被さった事も……
「あ~~~!!」
そして、泣きながら勇者に助けを乞うた事も……
「急にどうしたのよ?」
突然叫んだサシャに驚いたコリンナは質問するが、サシャは悶えてそれどころではない。
「な、なんでもないしぃ……」
なんとか声を絞り出したサシャであったが、顔が真っ赤なので、コリンナはよけい不思議に思っている。
そうして水をがぶ飲みしたサシャは、ようやく落ち着きを取り戻し、コリンナに質問する。
「そういえば、ベッドに魔王が居なかったけど、兄貴の事を諦めたしぃ?」
「魔王さんは……」
「どったの?」
コリンナが言葉に詰まるので、サシャは首を傾げる。
「魔王さんは、死の山に連れ去られた……」
「えっ!? 誰にだしぃ!?」
「姫騎士さんが戦ったんだけど……」
コリンナは、姫騎士と共に双子勇者の元へ向かった魔王の話をし、包み隠さず説明すると、サシャの顔色が変わる。
「ウチの代わりに、犠牲になった……」
「……そうみたい」
「た、助けに行くしぃ!!」
サシャは突然立ち上がるが、立ちくらみがして、すぐにソファーに腰を落とす。
「その体では無理よ。それに、サシャさんが戦っていた敵より強い敵が待ってるって、使者が言ってたって……」
「アイツより……」
サシャは敵の強さを思い出し、自分の体の異常に気付く。
「くっ……なんだしぃ!? なんで震えてるんだしぃ!!」
体は正直だ。サシャは手も足も出ずに負けた敵に恐怖し、手が震えている。
「サシャさん……」
そのサシャを心配そうに見るコリンナ。それからもサシャは自身の震えを止めるために、体を強く押さえていた。
そうして二人が静まり返っていると、部屋の扉が開く。
「ここに居たのか」
姫騎士だ。姫騎士も酷い顔をしているので、疲れが溜まっているようだ。
「一通りの事は説明しておいたわよ」
「そうか……」
コリンナの言葉を聞きながら、姫騎士はサシャの対面のソファーに腰掛ける。
「おふた方の体調が戻り次第、死の山に向かうつもりなのだが……。魔王殿を取り戻す協力をしてくれないか? 頼む」
「ウチは……」
頭を下げる姫騎士に、サシャは声が出ない。普段なら即答していただろうが、敵に恐怖して萎縮してしまっている。
その顔に気付いたコリンナは、姫騎士に耳打ちしていた。
「そうか……まだ勇者殿も目覚めていないのだ。それまでに考えていてくれ」
それだけ言って姫騎士は部屋から出て行き、コリンナも勇者の看病に向かう。残されたサシャは、ソファーに横になって考え事をしていたら、そのまま眠ってしまったようだ。
翌日……
「サシャーーー!!」
昼過ぎに、ついに勇者が目覚めた。勇者は悪夢を見ていたからか、汗だくで体を起こし、右手で何かを掴もうとしていた。
「アニキ。ようやく起きた……よかった、よかった~。うぅぅ」
「……コリンナ?」
付きっ切りで看病していたコリンナは、涙を流しながら勇者に抱きつく。その行為に、勇者は何が起きているかわからないので周りを見ていたら、テレージアがパタパタと勇者の目の前にやって来た。
「いったい何日寝てるのよ? まったく……心配かけんじゃないわよ~」
テレージアは嬉しそうな、ほっとしたような、複雑な表情で勇者に語り掛ける。
「何日?? 俺は……サシャ! サシャは!?」
ようやく自分の身に起きた事を思い出した勇者は、真っ先にサシャの心配をする。
「大丈夫よ。このテレージア様が、二人とも治してあげたわよ~」
自慢するように胸を張るテレージアだが、どことなく、いつもより元気がない。
「じゃあ、どうしてここに居ないんだ? どこに居るんだ!?」
「ちょっと庭に行ってるだけよ。落ち着きなさい」
「庭か!? すぐに向かう!!」
「だから話を聞け! もっと大事な話があるの! このままじゃ、魔王が死んじゃうのよ!!」
涙を流しながら勇者を怒鳴るテレージア。その剣幕に押されて、勇者はベッドに倒れた。
「あんたが寝てる間に、魔王は敵に連れ去られて行ったんだからね! なんで寝てたのよ! あんたは勇者なんでしょ!!」
「………」
「テレージア。言い過ぎ……」
コリンナに指摘されて「ハッ」とするテレージア。魔王が攫われた事は勇者のせいではないのだが、今ごろ悲しみが爆発して、当たり散らしてしまったようだ。
放心状態になった勇者に、コリンナは優しく語り掛ける。
「アニキが悪いわけじゃないよ。サシャさんもアニキも、死ぬほどの怪我を負っていたのよ」
「それでもオレは……」
ここ最近、勇者の自覚に目覚めた勇者は、魔王が攫われた事に悔やんでしまう。あの時、自分に何かできたのではないかと……
しかし答えは出ない。
部屋の中は、勇者が無事だった事を喜ぶ気配は無くなり、沈黙が流れるのであった。