016
勇者が魔王をおんぶしようとしたが、ヘタレな性格が仇となって、テレージアにブーブー言われたその時、木の間からガサガサと音が聞こえて来た。
「このヘタレ勇者!」
「テレージアさん。そんな事より、何か音がしませんか?」
「音? う~ん……ホントね。何か近付いているかも……」
「ど、どうしましょう? この辺りは魔除けの木が無いから魔獣が出ますよ!」
「まだ魔獣と決まったわけじゃないでしょ!」
「でも、音が大きいですよ? ドドドド聞こえます!」
「ゆ、勇者! なんとかしなさ~い!!」
危険を察したテレージアは、勇者に命令する。しかし勇者は、サシャの大きなモノが当たった背中の余韻を味わっていた。
「お兄ちゃん! 何か来てるって言ってるじゃないですか! 笑ってないで、なんとかしてくださ~い」
「あ、ああ。こっちか?」
勇者は耳をすませて巨大な何かが来る方向に移動し、魔王達の前に立つ。すると音はさらに大きくなり、木を薙ぎ倒して魔獣が現れた。
「「ビッグボア!!」」
そう。魔獣の正体は、5メートルは雄に超える猪の魔獣、ビッグボアだ。
木を薙ぎ倒したビッグボアは速度を落とさずに、魔王一行に突進して来る。そして……
ドオーーーン
と大きな音を立て、勇者にぶつかった。
「お兄ちゃ~~~ん!」
「ん? どうした?」
魔王は悲鳴をあげるが、勇者はのほほんと返す。倍はあるホルスタインのアルマの突進を喰らっても、微動だにしなかったのだから当然だ。
だが、足元が砂利だったため、少しすべってビックボアの力を吸収し、受け止める形となったようだ。その結果、勇者はビッグボアの頭を抱え、押し合いを繰り広げる。
「え? あ……それ、大丈夫ですか?」
そんな勇者の返しに、魔王は苦笑いで質問する。
「そのうち疲れて、どっか行くだろ?」
勇者はこれまた暢気に答える。その姿を見ていたテレージアが、怒りながら指示を出す。
「そこまで出来るなら、倒しなさいよ!」
「う~ん……ここからどうしたらいいんだ?」
「投げるとか殴るとかあるでしょ!」
「やり方がわからん」
「もう! 魔王! 魔法で倒しなさい!!」
「えっと……どの生活魔法が効きますかね?」
「うが~! どいつもこいつも!!」
テレージア、ストレスの爆発だ。ヘタレ勇者に役に立たない魔王がそばにいては仕方がない。
「火よ! 獣は火に弱いんだから、火を見せたらどっか行くでしょ。いつもより、多めに魔力を込めたら、大きな火になると思うわよ」
「は、はい!」
テレージアはこの中で一番小さい妖精だが、やる時はやる女王様だ。
テレージアの指示を聞いた魔王は、呪文を唱える。
「……【着火】!」
魔王の放った魔法は、生活魔法の初歩。マッチぐらいの火をつける魔法だ。
「あわわわわ」
ただし、魔王の有り余る魔力で力強く使った物だから、炎となって、巨大なビッグボアを包み込む。魔王にとって初めての経験で、あわあわする事となった。
「ゆ、勇者まで燃えてるんだけど!!」
魔王があわあわしていたのは、勇者を巻き込んでいたせいでもある。ようやく事態を飲み込んだ魔王は叫ぶ。
「お兄ちゃ~~~ん!」
その声を聞いた炎に包まれた勇者は……
「ん? 呼んだ?」
「「へ?」」
暢気な声を返す。魔王もテレージアも、気の抜けた声を返すのは致し方ない。
そうこうしていると、勇者に抱かれて身動きの取れなかったビッグボアは、炎に焼かれてドシーンと倒れるのであった。
「「やった~!」」
女子二人は、喜んでハイタッチ。勇者はビックボアの死を悼んで手を合わせる。
「それよりこの火、消さないと森に燃え広がるぞ?」
「あ……どうしましょう?」
「さっきと同じくらいの魔力で水魔法を使ったら?」
「そうですね。……【水】」
魔王の魔法で大量に出た水は炎に降り掛かり、鎮火する事となった。
「サシャは、妹みたいに強い魔法が使えるんだな。それなら、戦う事も出来るんじゃないか?」
「いまのはただの生活魔法……きゃっ」
「どうした?」
「服! 服が燃え尽きてしまってます!!」
「あ……あはは」
勇者は魔王の魔法によって全裸となっていた。モロに見てしまった魔王は、後ろを向き、着替えを待つ事となるのであった。