169
長兄の姿をした黒い羽を持つ何かは、地上に降り立つ。すると姫騎士は刀を抜いて、魔王達を守るように立った。
「兄様……いまさら何をしに来たのですか!!」
姫騎士が長兄を怒鳴り付けると、嫌な笑みを浮かべて答えが返って来る。
「くふ。私はラインハルト様では御座いませんよ」
「なに!?」
「なかなかいい体でしたので、本体の依代にしようとしたのですが、本体から断られてしまいました。ですので、端末の私が使わせていただく事となったのです」
「本体? 端末??」
「ああ。意味が伝わりませんでしたか。死の山の使者とでも覚えてください」
姫騎士は端末の言葉に頭がついて行っていなかったが、死の山と聞いて、敵と認識する。
「つまり、兄様……ラインハルトの体を乗っ取ったということか?」
「その通りです」
「それで、その使者が、我々に何の用だ?」
姫騎士は、刀を強く握りながら問う。
「本体にですね。もっと魔力のある体を用意しろと言われましてね。それならば、勇者サシャの体がいいのではと、参った所存なのですが……そちらの方のほうが、魔力は多そうですね。どうか依代になってくれませんか?」
姫騎士の質問に答えた端末は、嫌な笑みを浮かべながら魔王に手を差し出す。
「させるわけがないだろ!!」
叫んだ姫騎士は地を蹴って、刀を振り上げる。長兄の顔を見た事で怒りが込み上げていたにも関わらず、友の魔王を攫うと言われたのだから、怒りは爆発。
素早く端末に近付き、刀を振り下ろした。
「ゆ、勇者の剣だと……」
しかし、端末に刃は届かない。腰から抜いた勇者の剣で受け止められてしまった。剣マニアの姫騎士は、一瞬で正体に気付いて後ろに跳び退く。
「この剣……どうもロックが掛かっていて、本来の性能を引き出せないのですよね。まぁ剣に使われている素材が素晴らしいので、普通の剣よりは段違いにいいのですが……どうやったらロックが外れるかわかりますか?」
端末はペラペラ喋り、剣を振りながら、驚いた顔の姫騎士に質問した。
「貴様のような者が、持つ資格が無いだけだ!」
「ふむ……使い手を選ぶと言う事ですか。ならばDNA? 確か王族は、勇者の血が入っていたから使えてもおかしくないのですが……興味深い」
「返せ!!」
ブツブツ言っていた端末に、姫騎士は攻撃を再開する。しかし端末は、片手で軽々と姫騎士の刀を捌く。まるで踊りながら……
「くっ……くそ!」
それでも攻撃を続ける姫騎士に、端末は刀を受けながら喋り掛ける。
「どうです? 実の兄の体を少しいじってみたのです。本来ならば、あなたのほうが実力は上だったようですが、いまでは三倍の差はありますよ」
「それがどうした!!」
「どうやらこの体は、あなたに劣等感があったようですね。きっといまは、深層心理の中で、さぞかし喜んでいるでしょう。カリスマ、剣技で勝てなかった妹に勝ったのですから」
「兄様がそんな事を思うわけがないだろう!!」
姫騎士が刀を横に振るうと、端末は大きく後ろに跳んで距離を取る。
「いえ。記憶も覗かせていただいたので、事実です。できれば、あなたに家督を継いで欲しかったようですよ」
「そんなわけはない!」
「できればですよ。この国の法律から出ようとしなかったお兄様は、王になる事を選択したので、自由な行動を取れるあなたを疎ましく思っていたのです」
「だ、だからなんだ!!」
端末は、姫騎士の怒鳴り声を聞いて首を傾げる。
「はて? 私の使命と関係ない事でしたね。どうもドロドロした関係を見てしまうと口を挟んでしまうのは、私どもの悪い癖ですね。さて、そろそろ勇者サシャのスキルも確認が済みましたし、仕事に取り掛かりましょう」
どうやら端末は、もう一人の端末と双子勇者の戦いを遠くから観察していたようだ。そこで学習した【剣の舞い】の練習に、姫騎士を焚き付けていたのだ。
笑みから真面目な顔に変わった端末は、姫騎士の間合いに入ると【剣の舞い】を使う。踊るように剣を振り、変則的な斬撃が姫騎士を襲う。
姫騎士は必死に防御するが、数が多い上にどこから斬撃が来るかも読み切れない。ついに追い付けなくなった姫騎士は、傷が付けられていく。
「くそ……この!!」
そこで姫騎士は作戦変更。勇者の剣に刀を強くぶつけ、躍りの邪魔をする。足並みさえ乱れれば、威力もスピードも半減。いくらサシャのスキルをマネできると言っても、初心者と戦場の剣の差が出たようだ。
姫騎士は端末の剣を力強く防御すると、腹に蹴りを入れて、自分も後方に跳ぶ。
「奥義……【真空乱舞】!!」
そして必殺技。接近戦は分が悪いと感じた姫騎士は、遠距離から真空の刃を複数飛ばす。
「そういえば……こうでしたか?」
しかし長兄の記憶を持つ端末も、同じ技で対抗。真空の刃のぶつかり合いで、辺りは暴風が吹く。
「もらった~~~!!」
その一瞬の目眩ましを使った姫騎士。当たる当たらない関係なしに、回り込んで刀を振るった。これも、一瞬も気を抜かない戦場ならではの剣なのだろう。
「ぐっ……」
端末も、予期せぬ反撃だった為、剣を持たぬ左手でガードし、手首から肘辺りまで真っ二つに斬られてしまった。
「くっ……離せ!!」
端末は痛みに顔を歪めたように見えたが、演技だったようだ。真っ二つに分かれた腕はすでにくっつき、姫騎士の刀を包み込んでしまった。
「では、さよならです」
そこに端末は剣を振るうが、姫騎士は刀を手放し、大きく後ろに跳んでよけた。
「なかなかしぶといですね。ですが、素手でどうします? 私の仕事はそちらの女性の確保なので、手を引いてくれさえすれば、あなたに危害を加えませんよ」
「誰が魔王殿を渡すか!!」
「魔王?? そちらの女性は魔王だったのですか!?」
突然大声を出す端末に、姫騎士は不思議に思うが、答えはすぐにわかる。
「くふっ。本体が一番欲しがっていた体が、まさかこんな所にあるとは……どうりで魔力量が多いわけです。くふふふ。千年間、西の地にこもっていたのに、こんなところまで出ていたとはラッキーでしたね」
「魔王殿を連れて行かせるか!!」
「もう力の差がわかったでしょう? 抵抗するだけ無駄ですよ」
「それでも……待て!!」
姫騎士が喋っているにも関わらず、突如、端末は魔王達の元へ走り出したのであった。