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「うわ~~~! うわ~~~! うわ~~~!!」


 サシャが目を閉じた瞬間、勇者はただただ叫び続ける。ありったけのポーションをサシャに振り掛け、叫び続ける。その声は帝都にまで届いたらしいが、誰もその声が勇者の声だと気付く者は居なかった……



 泣きじゃくる勇者は、グスグス言いながらサシャの頬を撫でると、ゆっくり体を起こす。


「お前が悪いんだ……」


 呟きながら立ち上がろうとする勇者の背中は、常に端末の【四重の舞い】で傷を付けられている。


「サシャが死んだ……」


 立ち上がって振り向く勇者の顔や胸は、斬られ続ける。


「お前のせいだ~~~!!」


 突然叫んだ勇者に、端末は吹き飛ばされた。これは、スキル【頑丈】に附随された【大声】による効果。明確な対象に向けて叫ぶと、音波による攻撃となる。


 端末は何が起きているか分析を開始し、ゆっくりと近付く勇者を見続けている。


 すると、勇者の攻撃が始まった。


「うわ~~~ん!!」


 右手と左手をぐるぐる回す攻撃……子供のケンカでよく見掛けるアレ。


 ぐるぐるパンチだ。


 当然、端末との距離は離れているので、届くわけがない。機械のような端末ですら、「こいつ何やってんの?」と考えている。

 その考えは過去のデータと照らし合わせて分析される……



 遠い遠い昔。それは遥か昔に、とある科学者が最強の生物兵器を作ろうとした事から始まった。

 生物兵器と人間が融合すれば、老いは無し。自動修復、自動学習、自動反撃……数々の機能を付けたし付けたし、生物兵器は完成した。

 ここで実用化に向けた実験を開始。いきなり壊れても困るので、弱い攻撃から学ばせる。小型動物の体当たりから、大型動物、ミサイル等……

 その中に、人間の子供の姿があったのだ。もちろんぐるぐるパンチは、端末に弱い攻撃と記憶されたのであった。



 勇者に子供の姿を重ねた端末は、機械にも関わらず、一笑した。サシャにどのような攻撃をされても体を修復した端末だ。笑っても仕方がない。

 なので端末は、トドメを優先して勇者に近付き、【四重の舞い】。防御などいらぬ。これでどんなに頑丈だろうと死ぬ。さっきの女と同じように……


 しかし結果は別物。端末から生えていた刀は手首の辺りから無くなり、勇者に当たる事はなかった。そして無防備に攻撃を受けてしまい、自身も傷を負う事となる。


 それは何故か……


 勇者は子供ではなく、勇者だからだ。


 勇者のぐるぐるパンチは、端末の性能のせいでハッキリ手が見える。せいぜい速く回っている程度。それが仇となった。

 パッと見、子供のぐるぐるパンチのように見えたので、どれほど素早い速度かを計測し忘れた。

 実際には、勇者のぐるぐるパンチは常人には見えない。常人からしたら、勇者の両腕が無くなっているように見えるだろう。サシャでも目で追うのがやっとのレベルだ。

 さらに勇者の力を甘く見ている。頑丈だという事は、どんな衝撃にも耐えられる。つまりは、その衝撃を上回る力で耐えているのだ。


 そんな勇者の攻撃が軽いわけがない。スピードと相俟(あいま)って、勇者の拳が触れた端末の体の一部は消し飛んだ。それも両腕を回し続けているので、超高速の連続攻撃になっている。


 端末は理解不能の攻撃を受けて、一瞬思考停止になり掛けたが、すぐに対応を模索する。まずは増殖して体を直すが、直したそばから勇者に消される。距離を開けようと後ろに跳ぶが、勇者も同じように跳んで離れない。

 それならば、サシャから学んだ魔法で攻撃するが、元よりサシャの攻撃に慣れている勇者には一切効かないし、一歩も下がらない。しかも、ゼロ距離で放ったものだから、自身の体も傷付けてしまう。


 辺りは勇者が端末を攻撃する音と、爆音、暴風、熱気が凄まじく、その中心は雷を(まと)った竜巻となって空に突き刺さる。



「うわ~~~ん!!」


 勇者は泣き叫びながら加速。

 端末の体は修復が間に合わなくなって来た。


 端末が勇者の行動を学習しようとしても、過去に習った事なので意味をなさない。それに修復に力を使っているので、勇者のあり得ない力の正体が解析できないでいる。


 勇者のあり得ない力の正体は、スキル【頑丈】に附随された【負拳気(まけんき)】。負けない気持ちが大きいほど、拳に乗せた力が大きくなるのだ。

 本来ならば、普通にパンチを打てば地を割り、海を割るほどの力があるのだが、勇者は格闘技を習った事もないので、普通ができない。

 だが、普通ならばの話なので、普通に拳を当てれば、それほどの衝撃を与える事はできる。今回に至っては、その攻撃のほうが端末に大ダメージになっているのだが……


 端末が大ダメージとなっている理由は簡単だ。唯一の弱点が打撃だからだ。いや、弱点というほどの弱点ではない。細胞を広くすり潰されてしまうので、回復が遅くなっているだけだ。


 こうして二つの要因によって、端末の動きが鈍くなって行くのであった。



「うわ~ん! うわ~ん! うわ~ん!」


 泣き叫ぶ勇者は、常に加速を続ける。


「ピ、ピー……エラー、エラー。タダチニダメージヲ、ヘラシテクダサイ」


 機械音を鳴らす端末は、体の修復が間に合わず、どんどん縮んでいく。



 端末が戦い始めて一時間……



 サシャの攻撃で、これまで貯めたエネルギーを消費し、勇者の攻撃で加速度的に減らされる。

 焦る端末は対応策も無く、このままでは自身が消滅してしまう計算をしてしまった。


「ピー……ジバクシマス。カウントダウン、カイシ」


 端末の最終手段。何もできないまま消滅させられるなら、残り少ないエネルギーで勇者を巻き添えにする決断をした。


「うわ~~~ん!!」


 しかし勇者は気付いていない。なので、ぐるぐるパンチの速度が上がり続けている。


「5、4、3……」

「うわ~~~ん!!」


 残り時間は少ない。それでも勇者は腕を回し続ける。


「2、1、0」


 無情にも、端末は爆発した。それはサシャの最強魔法【反物質】。端末が受けた事のある最強魔法の模倣。自身の体をエネルギーにして、サシャの魔法よりも大きな爆発となった……はずであった……


 ポスン


 残念ながら、不発。勇者が間に合ったのだ。


 勇者が膨れ上がる端末をぐるぐるパンチで消し続け、その消耗でエネルギーを使い切ってしまったのだ。


「うわ~~~ん!」


 勇者の勝利の雄叫び。


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐる……


 いや、泣き叫んだままぐるぐるパンチを放ち続け、気付いていない。

 しかし勇者にも限界が来る。腹に穴を開けられ、身体中を切り裂かれ、血を流し過ぎたのだ。


 しだいに回転は遅くなり、完全に止まると、前のめりに顔から倒れてしまった。


「ぐっ……ううぅぅ」


 痛みに呻き声をあげる勇者は腹這(はらば)いの姿勢で、体を引きずりながら進んで行く。勇者の軌跡は引きずられた跡が残り、いまだ出血を続けているので血の跡も残る。


「サ、サシャ……サシャ……サシャ……」


 勇者の目的地は、サシャの眠る場所。名を呼び、血を吐き、ゆっくりと進み、ついに到着する。


「う、うぅぅ……サシャ……ごめんな……ごめんな……うぅぅ」


 サシャの手を握った勇者は、涙を流しながら目を閉じるのであった……


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