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『皇帝は失脚した!! よってこれより帝国は、この私、クリスティアーネの物となった! 帝国兵は剣を収め、我が軍も、民の避難誘導に即座に取り掛かれ!!』
帝都城屋上から完結に勝利宣言をした姫騎士は、喜ぶ姫騎士軍の声を聞きながらも、それよりも民の移動を急がせる。
勝利の余韻に浸っている暇はない。今まさに、世界の滅亡の瀬戸際。大きくなる人のような形をした影を指差し、姫騎士は声を張りあげて「西に移動させろ」と叫んでいた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……水をもらえないか?」
勇者は心配して声を掛けると、姫騎士の要望に応え、木で作られた水筒を手渡す。
「ところで『勇者二人』って、なんのことだ?」
「ブフゥー! ゲホゲホ」
どうやら勇者は、皇帝の言葉に疑問を抱いていたが、空気が読めない勇者でも、あの場面では質問できなかったようだ。
姫騎士も、真面目な話をしていたからすっかり忘れていて、飲んでいた水を盛大に吹き出していた。
「ゲホッ……最長老様が……勇者?」
「なんで疑問形なんだ?」
ひとまず嘘で乗り切ろうとする姫騎士。
「えっと~……とうの昔に引退した勇者と、魔王殿が言っていたような、そうでないような……」
「サシャが言ってた? その事を、どうして皇帝が知ってるんだ?」
「いや、それは……人族にも伝わっていた、みたいな?」
「……俺に何か隠してるよな?」
勇者が他にも居たと知っては、妹しか興味のない勇者も気になるようで、質問しまくる。姫騎士もシドロモドロなので、疑惑が膨らむばかりだ。
「わ、私は忙しいんだ! 勇者殿は、魔王殿の安否を見て来てくれ!!」
仕事に逃げ、失言を魔王で逸らそうとする姫騎士。そんな事で勇者が納得するわけ……
「そういえばサシャが心配だ! サシャーーー!!」
納得したようだ……。屋上から飛び降りて行った……
「むぅ……あんなに必死で走らなくてもいいのに……」
逆に姫騎士は納得していないようだ。頬を膨らませ、拗ねてるよ……
と、姫騎士は遊んでいる場合ではなく、騎士や隊長を集め、民の避難誘導に慌ただしく動くのであった。
「サシャーーー!」
匂いを辿って魔王を見付けた勇者は、大声を出しながら走り寄る。
「あ、お兄ちゃん」
「怪我はないか? 痛いところはないか?」
あたふたと魔王の周りをグルグルしている勇者に、魔王は笑顔で返事する。
「大丈夫です。心配しすぎですよ」
「よかった~」
ようやく勇者のグルグルから解放された魔王は、姫騎士の心配をする。
「姫騎士さんは、怪我をしていませんか?」
「おう。ピンピンしてるぞ」
「ついに女王様になったのですね……。これで魔界に平和が戻るのですね……。あ……」
「う、うん……」
感慨深く目に涙を溜める魔王は、目を擦りながら遠くを見て、巨大な人の影が目に入ってしまった。勇者も目に入ってしまったらしく、二人で東の方角を見ている。
「あの大きな影は、いったいなんなのですか?」
「なんか皇帝が、神とか悪魔とか言ってたぞ」
「神ですか……」
「いまは最長老が対応してるらしいんだけど……」
「あ~~~」
魔王、納得。サシャが戦っているとは予想はついていたが、建物のある帝都内では姿を確認できなかったので、勇者から聞けて納得したようだ。
「そうそう! 姫騎士が、最長老が元勇者だって言ってたけど、本当に勇者なのか?」
「え……勇者で間違いないですけど……」
「なんだ~。それなら俺なんて召喚しなくても、最長老に頼んでいたほうが早かったんじゃないか」
「そ、それは……最長老様は高齢なので、きっと今も、無理してるんですよ!」
「ふ~ん」
魔王が慌ててした言い訳は、奇跡的に姫騎士と合致し、なんとかごまかせたようだ。しかし、また質問が来ても困るので、違う話もまじえる。
「最長老様のあの魔法でも死んでいないって、いったい何と戦っているのでしょう?」
「ゴーレムみたいだったけど、たしかに気になるな」
「お兄ちゃん。見て来てもらってもいいですか? 私もそろそろ救護に戻らないといけませんので」
「おう! 任せろ!!」
どうやら魔王も仕事に逃げて、勇者を排除したようだ。勇者はと言うと、最愛の妹に似た魔王のお願いに喜んで応え、ダッシュで東に向かうのであった。
* * * * * * * * *
一方その頃、転移魔法で帝都東門まで飛んだサシャは、先ほどより大きな影となった端末を見ていた。
「アレで死なないなんて、どうなってるんだしぃ……」
サシャは、端末の不気味さから、最初からフルスロットル。自身の最強攻撃で、一気に決めようとした。だが、端末は死なず、元の姿より大きくなっている。
「チッ……やっぱ、魔王より上か……」
元の世界の魔王の強さを思い出し、気合いを入れ直すサシャ。
「最強はウチだかんね!!」
そうして凄い速度で空を舞い、端末に飛び込むのであった。
「【暴風猫】! 【炎兎】! 【氷亀】! まだまだ~! 【千本聖槍】だしぃ!!」
風の刃渦巻く猫、灼熱の炎を纏った兎、絶対零度の亀、何やら愛らしい姿の動物ばかりだが、全てドラゴンぐらい一撃で屠る力がある。さらに、聖なる光の槍を千本。サシャは魔王に通じた魔法の数々を連続で放ち、端末を攻撃する。
しかし、端末の体は穴が開くものの、すぐに修復してしまう。
「う~ん……手応え無しだしぃ……てか、攻撃もして来ないって、どゆこと?」
暖簾に腕押し。端末に攻撃が通じないと感じたサシャは、空中で胡座を組んで考える。そうして端末の様子を見ていると、体が縮んでいっている事に気付く。
端末の影は徐々に縮むスピードが上がり、3メートルほどの体になった。
サシャはまたかと思いながらも、端末の前に降り立つ。
「いったい、どうやったらあんたは死ぬんだしぃ?」
サシャが尋ねると、端末は顔らしき物の中心から、かなり横にズレた場所にある口から声を出す。
「サ先ほどの爆発は効きましたヨヨよ。続ヅければ、死ヌ死ぬかもしれませンンんね」
「ん? どったの??」
饒舌に語っていた端末が呂律が回っていないので、サシャは質問する。
「ココこれは、少シシしマズイかモもしれませンンん。せ、制御ガガが……」
「なんだ。ダメージになってんじゃん。じゃ、このままトドメを刺してやるしぃ!」
サシャは刀を構えるが、それよりも先に端末は動く。
「わっ!」
【剣の舞い】だ。端末は完コピして刀を振りながら踊る。サシャも同じように舞い、応戦するが、防御結界を破られて肩に傷を負ってしまう。
「二刀流……」
そう。完コピだけでなく、端末は刀を二本作り出し、進化させたのだ。
「だからなんだしぃ!!」
本家本元は伊達ではない。二刀流の【剣の舞い】より素早く刀を振るうサシャ。だが、それすら凌駕され、サシャの体に傷が増える。
「四刀流は、ズルくね?」
刀を合わせながらも端末の腕は増え、本家を超える……いや、もうすでに、オリジナルのスキルとなった【四重の舞い】。
サシャは防御結界があるからかすり傷で済んでいるものの、劣勢に立たされてしまった。
「うっわ~……まだ生えるんだ……」
そうして、七本にまで増えた端末の腕を見たサシャの額から、ツーっと冷や汗が流れるのであった。