015
パリングラ温泉に着いた魔王一行は、湯気の上がる町を歩く。魔王は町の成り立ちを話しつつ、温泉まんじゅうを食べながら進み、魔王オススメの宿に到着する。
「これはこれは魔王様。ようこそいらっしゃいました」
魔王とガイドの交代。宿の主人のリザードマンに部屋まで案内される一行。リザードマンと言っても、人の体の一部に鱗と水掻きがあるだけで、ほとんど人族と変わらない。
当然、借りる部屋はひと部屋。ここで一行は、一緒に寝る事となる。昼を過ぎていたので昼食は出ないが、温泉まんじゅうを買って来たので、それで夕食まで我慢する事にしたようだ。
そして、勇者お待ちかねの温泉。主人は魔王の為に特別室を用意してくれたので、備え付けの岩風呂だ。
「は~い。あんよがじょうず。あんよがじょうず」
目を瞑る勇者を茶化すように、テレージアが誘導する。目を開けられないのなら、あとから入ればいいのに……
仕上げは魔王。木の椅子に座らせて、石鹸とタオルを渡す。その時、事件が起きた。
「む……ここにもスライムがいるのか?」
目を瞑った勇者は、柔らかいモノを揉む。皆さんのお分かりの通り、アレだ。
「お兄ちゃんのえっち……」
「え? まさか……」
「フゴー! フゴー!」
ヘタレ勇者はすぐに手を引くが、鼻息を荒くしていたオッサン妖精女王は、残念がるのであった。
その後なんとか体を洗った一行は湯船に浸かる。
「「「はぁ~~~」」」
皆、ご満悦。温泉によって旅の疲れを落とす。アルマに乗って、半日の旅の疲れを……。ちなみにテレージアは小さいので、桶に入った湯に浸かっている。
「うちのお風呂も気持ちいいですけど、バリングラ温泉は格別ですぅぅ」
「あたしは初めてだけど、なかなかいいものね」
「ですよね~。美肌の効果もあるのですよ~」
「なぬ!? 魔王の城から移住しようかしら」
「あ、それいいですね。ドアーフさん達がよく療養に来るから、妖精さん達が癒してくれると喜んでくれますよ」
「うっ……働くくらいなら、魔王の城にいた方がマシね」
どうやら妖精達は、魔界の穀潰しのようだ。
緊張した勇者はガールズトークに参加出来なかったが、ある単語に反応して、ようやく声を出す。
「ドアーフも魔界にいるのか」
「二百年前から、なんだか人族の人に無理矢理働かされたとかで、移住する人が多かったから受け入れたようです」
「ドアーフは、魔界で何をしているんだ?」
「農具や包丁、馬車なんかも作ってくれています。魔族は製鉄が苦手ですから、ドアーフさん達が来てくれて助かっていますよ」
魔王の台詞に、勇者は驚く。
「剣を作るのが趣味の、あのドアーフが!?」
「農具でも、楽しそうに作っていますよ」
「嘘だろ……。あ、ドアーフと言えば、敵対しているエルフもいるのか?」
「いますよ。仲が悪いかどうかはわからないですけど、ドアーフさんは北の山周辺で暮らして、エルフさん達は南で果樹園をして暮らしています」
「エルフが果樹園? なんだかうまそうな果物を作りそうだな」
「マンゴーなんて、最高に美味しいですよ! ……でも、人族が攻めて来たら、果樹園を放棄しないといけません……」
魔王が悲しそうに言うと、勇者は地図を思い出し、魔族と人族が睨み合っている場所を思い出す。
「あ~。パンパリーの町に近いのか」
「お兄ちゃん! マンゴーの為になんとかしてください!!」
「サシャの為なら、なんとかしてやりたいんだけど、攻撃が苦手だからな~」
「そこをなんとか~」
「サシャが攻撃したらどうだ?」
「前も言った通り、生活と農業関連の魔法しか使えないから無理です!」
「じゃあ、人族のスカウトを成功させないとダメだな」
「来てくれたらいいんですけど……」
「まぁ成るように成るさ」
心配する魔王を元気付けようと、勇者は頭を撫でようとするが、空振って空を撫でる。目を開けていたとしても、撫でられたかどうかわからないが……
その後、温泉を堪能した一行は、女性陣からお風呂を上がり、最後の勇者が浴衣に着替え終わる頃には、夕食の準備が整っていた。
「バリングラ温泉名物、ビックボアの鍋は出汁が効いて最高です~」
「う~ん……うまいっちゃうまいけど、もう少し肉が入っていてもいいんじゃないか?」
「肉は最小限で出汁が出れば、白菜やお麩に染み込むじゃないですか?」
「ビッグボアは、ステーキがうまいんだよ」
「この丹精に育てられた野菜には敵いません!」
「これだから人族は野蛮よね」
「「ね~」」
「いや、魔族の魔王はこっち側だろ」
勇者のツッコミは最もだが、いかんせん、ベジタリアンの魔王には通じなかったみたいだ。目をパチクリする魔王もかわいかったから、それ以上の追求はしなかったようだが、それでいいのか?
夕食が終われば、勇者待望の就寝タイム。女将さんが布団を敷いて出て行くと、川の字になって横になる。テレージアは点だけど……
フゴフゴ言っているテレージアを無視して魔王は眠りに落ち、徐々に布団を魔王から離していたヘタレ勇者も、壁際まで到着すると眠りに就く。
それを見ていたオッサン妖精女王は舌打ちをして、魔王の布団に潜り込むのであった。
翌朝、朝食を済ませた魔王一行は朝早くからお土産を買って、勇者のアイテムボックスに入れて旅立つ。ついでに昼食のおにぎりも入れていた。ついでに……
その後、アルマに山の麓まで揺られて進み、また勇者の体を売って、おとなしくバリングラ温泉の牧場に帰らせた。
「さあ、行くわよ~」
テレージアは張り切って先導して飛び、魔王達も続いて森へと入る。獣道を歩き、山を登って行くが、徐々にペースが落ちる。
「はぁはぁ」
「サシャ。大丈夫か?」
「は、はい。なんとか……」
「まったく、体力が無いな~」
「そう言うテレージアも、俺の肩に乗っているじゃないか」
「あ、あたしはいいのよ!」
ぺちゃくちゃと、勇者とテレージアが言い合いをしながら山を登り始めて一時間。早くも魔王に限界が来る。
「はぁはぁ……少し休憩させてください」
「まだちょっとしか進んでいないわよ? このペースじゃ、山を越えるのに何日も掛かっちゃうわ」
「すみません……」
ずっと勇者の肩に乗っていたわりには、辛辣な意見を言うテレージア。魔王は体力が無いのはわかっているので、素直に謝るのであった。
「う~ん……確かに、このペースでは進んでいないのと一緒だな」
「うぅ。ごめんなさい」
「あ、サシャが謝る事はないんだ。いい方法があるぞ!」
「「いい方法?」」
魔王達は疑問を口にするが、勇者はニヤニヤと気持ち悪い顔をしながら腰を落とす。いわゆる、おんぶだ。
「背中に乗ったらいいのですか?」
「ああ。これでスピードアップできるぞ!」
「それじゃあ、お兄ちゃんが疲れるんじゃ……」
「俺は大丈夫だ。なんたって頑丈な勇者だからな」
「はあ……」
魔王は頑丈と体力は違うと思ったが、口には出さず、勇者におぶさる。すると勇者は魔王を乗せて立ち上がるが、歩く事もできずに膝を折るのだった。
「え……ひょっとして、私ってそんなに重いのですか!?」
魔王は自分の体重が気になるお年頃なので、わなわなと顔を青くする。
「い、いや。その……ポヨンとしたモノがムニっとなって……俺にはできない~~~!」
「「は?」」
どうやら、なんとか発した勇者の言葉は、魔王の胸について表現しているようだ。勇者は、魔王の胸が背中に当たって運べないと言えないほどの……
「このヘタレ~~~!!」
ん、んん~……激怒するテレージアに台詞を持って行かれたが、そう言う事だ。
魔王は恥ずかしがり、勇者はへなへなとし、テレージアが勇者を罵っているその時、ガサガサと音を立てて、巨大な何かが近付いて来るのであった。