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四天王タウロスが倒れた次の日、勇者より早く目覚めたサシャは、清々しくない朝を迎えた。
「は? なんで兄貴がウチの手を握って寝てるんだしぃ! キモイしぃぃぃ!!」
寝惚け眼に写った勇者に、即座に叫ぶサシャ。その声で勇者を起こしてしまったようだ。
「ん、んん……サシャ。ちゅ~」
「ちょっ! 何すんだしぃ! 寝惚けんなしぃ!! ……てか、ぜんぜん進んでないしぃ!!」
両肩を掴んでキスを迫って来た勇者だったが、進む速度が遅すぎて、キスをしてもらいたくないサシャでもツッコんでしまったようだ。
そうして朝から騒いでいると、声を聞き付けたバルトルトが入って来た。
「朝から元気だな」
「おっちゃん! 兄貴とキスしてやってくれしぃ!」
「なんで私が……」
「緊急事態なんだしぃ!」
サシャは勇者に両肩を掴まれて、逃げ出せないでいるので焦っている。バルトルトは四天王よりも緊急ではないと思いつつも、ヘソを曲げられても困るからか、勇者の顔の前にひげ面を持って行く。
「うわ! サシャがおっさんに変わった!!」
間一髪、目を覚ました勇者は悲惨な事態を回避したようだ。バルトルトもホッとしているので、助かったと思っている。
そのドタバタが終わり、ようやくバルトルトはこれからの予定を話し合う。
「思いもよらない激戦だったから、疲れているだろう。今日はここで一日休んではどうだ? 王様も感謝の宴を開きたいと言っているんだ」
「う~ん……宴は行きたいんだけどね。急がないともうひとつの国がヤバくね?」
「それはそうだが、お前逹の疲労を考えるなら……」
「一晩寝たから大丈夫だしぃ!」
サシャは「にしし」と笑って余裕だと見せる。その顔を見て、バルトルトは勇者に目を向ける。
「サシャは今日もかわいいな~」
通常運転。勇者のやる気はわからないが、大丈夫だとはわかったみたいだ。
「はぁ……わかった。食事の準備を頼んで来るから、汗でも流して来い」
「あ! ベトベトで気持ち悪かったんだしぃ」
「サシャと混浴……」
「誰が一緒に入るって言ったんだしぃ!!」
「ああ~ん」
気持ち悪い勇者は、サシャに蹴飛ばされて気持ち悪い声を出す。それからサシャは侍女に案内されてお風呂に向かうが、当然、勇者はあとをつける。
だが、このままでは出発が送れると感じたバルトルトに連行され、無理矢理裸の付き合いをさせられていた。
朝食をゴチになった双子勇者一行は、例の如くサシャは空を飛び、勇者はバルトルトを乗せたチャリオットを引く。どちらも昨日よりスピードが跳ね上がり、助けを求めるクレンブル王都までは半日程で視界に入れる事となった。
昼食を挟み、クレンブル王都に近付くと、サシャが空から降って来る。
「おっちゃん……マズイかもしんないしぃ……」
サシャはチャリオットに乗るバルトルトに、神妙な顔で話し掛ける。バルトルトもその声に、何か感じるものがあるようだ。
「まさか……」
「全滅してるっぽいしぃ」
「全滅……」
サシャが空から見た光景は、城下町や城から煙りが上がり、感知魔法でも動いている者は、全て魔物の反応であった。
「生存者は!?」
「……わかんないしぃ。居ても、極僅か……」
「くっ……遅かったか……いや! これはサシャのせいじゃないからな。気に病む事はないんだ。ひとつの国を救っただけでも、素晴らしい功績なんだ!」
バルトルトは悔しそうに言葉を漏らしたが、サシャの暗い顔を見て、慌てて励ます。
「おっちゃんは優しいしぃ……まぁまだ生存者が居るかもしれないから、ちゃっちゃと片付けて来るしぃ。おっちゃんは危ないから、ここで待機してて」
「……気を付けるんだぞ」
「……誰に言ってるんだしぃ!」
サシャは空元気な声を出して凄い速度で飛び立つ。勇者もすぐさま追い掛けようとするが、バルトルトに止められる。
「絶対に妹を守るんだぞ!」
「心配してくれてありがとな。でも、サシャなら大丈夫だ。なんてったって、強くてかわいいからな」
「強さと勇者の重圧は違う。押し潰されないように見てやるんだ」
「う~ん……いつも見てるから大丈夫だ。行って来る!」
勇者には、バルトルトの心配はいまいち伝わらなかったようだ。それからサシャを追った勇者は魔物を跳ねながら城下町に入り、匂いでサシャの元へと辿り着く。
そこには、飛び掛かる魔物を斬り捨てるサシャの姿と、幾千の魔物の死体が転がっていた。
サシャは王都の損傷を減らす為に、大きな魔法を使わずに、刀と弱い魔法で攻撃を繰り返す。それでもレベルの上がったサシャの敵となる者はおらず、素早い動きで斬り捨てている。
勇者は……うっとりと、後ろからサシャを見ている。
魔物の数が減り続けて万を超えた頃、その魔物は現れる。
「ぐはははは。なかなか強いようだが、四天王ナンバー2の俺の敵ではない」
トロルエンペラーだ。自分の力を見せ付けるように巨体を揺らして……
「ぎゃ~~~!!」
あ、死んだ……
「チッ……いまは気分が悪いんだしぃ……」
トロルエンペラーは、サシャの目に入った瞬間、【剣の舞】で肉塊に変えられた後、ガスバーナーのような魔法で灰に変えられるのであった。
四天王が一瞬にして消え去った姿を見た魔物は、逃走を始める。しかし、王都から出るのは愚策。王都から少しでも離れると、空を飛んだサシャの爆発魔法で集団ごと消される。
逃げる事のできなくなった魔物も、あえなくサシャに発見されて、皆殺しとなるのであった。
「ハァハァハァハァ……」
「サ、サシャ……」
魔物の死体の前で佇むサシャに声を掛けた勇者であったが、雰囲気に呑まれて言葉が詰まる。
「兄貴……おっちゃんを連れて来てくれしぃ」
「お、おう……」
サシャの頼みに勇者はふたつ返事で応えるが、さすがの勇者も空気を読んで、いつものノリではない。それでも最速で駆け出し、すぐにバルトルトを連れて戻った。
それから魔物の処理を行うが、食料に変わりそうな魔獣は勇者のアイテムボックス行き。その他はサシャが燃やすのだが、勇者のアイテムボックスを使ってかき集めさせて灰とする。残った魔石も勇者のアイテムボックス行きとなる。
魔物の処理が終わると、サシャは勇者に指示を出し、人族の遺体を集めさせて、全て城に安置する。
「【凍土】」
そして、広範囲に氷魔法を放って氷の城に閉じ込める。
「これでしばらく持つしぃ。あとは、おっちゃん逹で弔ってくれしぃ」
「あ、ああ……」
この日はここで一泊してサンクルアンネン王国へと戻る。そこで各種報告をした双子勇者は、一時の休息を経て、勇者の洞窟に挑戦する。
国王は、魔法使いや盗賊、騎士や僧侶といったパーティメンバーを用意していたのだが、勇者の洞窟第一階層で、全てギブアップ。
最後までサシャについて行けたのは勇者だけ。しかし、サシャの鬼気迫る表情と、国王の入れ知恵の効果で、勇者がサシャに迫る機会はめっきり減っていた。
罠には勇者が率先して掛かり、サシャの手を煩わせず、荷物持ちもしっかりこなす。勇者の行動にサシャも不思議に思っていたが、その甲斐あって、最新部まで十日で踏破した。
戻った頃にはサシャ達のレベルは10倍以上に跳ね上がり、数々の魔法や様々な書物、アイテムを持ち帰ったのであった。