014
巨大なホルスタイン、アルマの背に乗った勇者の背に乗った、魔王一行の旅は順調に進み、北の山が近付く。
「おお~。おっきな山だな~」
「あの山はバリングラ山と言って、魔界の名所ですよ。湖に写って逆さに見えるのも、綺麗で素敵です。あとは、バリングラ饅頭をお土産にすると喜ばれますね」
勇者は目の前の雄大な山に感嘆の声を出し、魔王は名所のガイドをする。人族と戦争中だと言うのに暢気なものだ。
「しかし、変な形だな。湖側の山が直角に無くなって、崖になっているのか?」
「はい。遠い昔、魔王様と勇者様が戦って、勇者様に山が切り取られたらしいです。湖もその跡地で、魔王様の巨大な魔法で出来たと言い伝えられています」
「ふ~ん。凄まじい戦闘があったんだな」
「今では、その跡地を見る観光ツアーも盛況なんです」
魔王はどうしても、名所を売り込みたいみたいだ。
「それより、アルマちゃんのおかげで早く着けそうですけど、このまま山に入るのですか?」
「昼過ぎか……俺はいいけど、サシャはどうしたい?」
「う~ん……出来れば明日がいいですね。久し振りにバリングラ温泉に入りたいです!」
「こ、混浴か?」
「あ……一緒に入らないといけないんでした……」
四つん這いで振り返る勇者は、魔王に気色悪い笑みを送り、魔王は昨日のお風呂の事を思い出して言葉を失う。
するとテレージアが、冷めた声で話し出す。
「一緒に入ってあげたらいいじゃない? どうせ目も開けられないんだから、一人と変わらないわよ」
「テレージア! それも見てたのか!?」
「全部見てたって言ったでしょ! このヘタレ!!」
勇者は声を荒げるが、テレージアはそれ以上の怒声で返し、勇者はしょんぼりする事となった。
そうこうしていると山の近くの町に近付き、魔王がストップをかけるので、勇者、テレージア経由でアルマが止まる。どうやら町の周りには畑があるので、アルマを止めたようだ。
魔王一行はアルマから降りると背伸びをする。
「ん~~~。ここも、のどかな田舎町だな~」
「そうですけど、ここは温泉街です」
「温泉街……それなのに、畑が多いぞ?」
「魔界では基本的に、地産地消で野菜を作っているのです。だから、どの町も畑はセットになっています」
「ふ~ん……うっ。そろそろ舐めるのはよそっか?」
「モォウ」
ベロベロと舐めるアルマに、勇者はやめるように言うが、今度は鼻を擦りつけて来た。
「よっぽと気に入られたのですね」
「ちょ……これ、どうしたらいいんだ?」
「う~ん……ここの牧場に頼みましょうか。あっちに牛舎があったはずです」
魔王一行は移動し、牛の角がある帽子を被った牧場主にアルマを預けようとすると、魔王の権威で快く預かってもらえる事となった。
だが、アルマは勇者と離れるのが嫌なのか、駄々をこねて地響きが起きる事態となった。
それからなんとかアルマを宥める事に成功した一行は、畑の中を進む。
「うぅ……ホルスタインなんかと、一緒に寝る約束をしてしまった」
「あはははは。モテモテでよかったじゃない」
「うぅぅぅ」
勇者は落ち込むが、テレージアの高笑いが続く。勇者は気を紛らわす為に、魔王の顔を見つめながら話を変える。
「ここの畑は、スライムがいっぱい居るんだな」
「ここは魔都と比べて、魔法使いが少ないですからね。グリーンスライムさんが雑草を食べて、イエロースライムさんが土を耕す。ブルースライムさんも水撒きで働いてくれています」
「スライムまで畑仕事をしているのか」
「みんないい子ですからね。森の中には、悪い子もいるから注意しないといけないですけどね」
「ふ~ん……俺の世界と何から何まで違うんだな~」
「お兄ちゃんの世界だと、魔物はどうだったのですか?」
「そこのスライムでも、人族の驚異になっていた。子供が溶かされたりもしていたからな」
異世界の魔物の話を聞いて、魔王は暗い顔に変わる。
「子供を……。ひどい……」
「その大元が魔王だったんだけどな」
「わ、私は違いますよ!」
「あはは。わかっているよ」
「ホントにですか~?」
暗い顔をしていた魔王を勇者が茶化すと、魔王は頬を膨らませる。その顔もかわいいと褒めながら勇者が気持ち悪い顔で魔王を見ていると、町の入口に到着した。
入口と言っても、柵は無く、木の鳥居の様な物があるだけ。そこを潜ると、魔王が小走りに先に進んで振り返る。
「バリングラ温泉に、ようこそ~」
魔王直々に、勇者をガイドするようだ。本当に暢気な魔王だこと……