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部屋に飛び込んで来た宰相の慌てた声に、国王はサシャを見る。
「サシャ。すまないが、勇者の洞窟の件は落ち着いてからでもいいか?」
「ま、人の命が優先っしょ~。ウチがちょちょいと解決してやるしぃ!」
国王の言葉にサシャは迷いなく答える。
「さすがは勇者じゃ。では、宰相。サシャをどこに向かわせたらいいんじゃ?」
「それが……」
宰相曰く、現在、魔物に攻められている国は二ヶ所。それも、どちらも大量の魔物が押し寄せており、籠城戦を繰り広げているが、何日も持ちこたえられないとのこと。
国王は宰相から話を聞くと、深く考え、決断するしかない。
「規模と距離から察するに、助けられる国はひとつだけじゃ。となると、どちらを助けるかになる……」
全てを助ける事は出来ないと感じた国王は、地図を広げて苦渋の決断をする。だが、サシャの考えは別のようだ。
「ウチに任せれば、ふたつとも助けられるっしょ~」
「しかしじゃな。サシャがいくら早く到着できると言っても、どちらもここから一日は掛かる。それにひとつの国を救ったとしても、そこから同じ距離があるのじゃぞ」
「じゃあ、長く耐えられそうな国を後回しにして、ある程度片付いたら、すぐに向かうしぃ」
「それしか方法は無いか……」
国王がサシャに同意するが、どちらの国も似たような戦力なので、間に合うとは思えないようだ。
その話を聞いていた双子勇者の実力を知っているバルトルトは、他の方法を提案する。
「サシャと兄を、別々に行動させるのはどうでしょうか? 兄は防御に優れているので、多少は戦力になるはずです」
バルトルトの案に、勇者は驚愕の表情をして叫ぶ。
「い、いやだ!!」
「それしか方法が無いんだ。お前だって、人の命を助けたいからサシャについて来ているのであろう?」
「違う!」
「何が違うんだ?」
「俺はサシャと離れたくないから、一緒にいるんだ!!」
「は?」
勇者の意外な答えに、皆は「何を言ってるんだこいつ?」って顔になった。するとサシャも気持ち悪いモノを見る目で勇者を見る。
「気持ち悪いから喋んなしぃ!!」
そして、口に出した。その声に、勇者はお口チャックの仕草をして黙りながらサシャを見続ける。
「こんな奴、行かせてもどうせ役に立たないしぃ」
「しかしだな……」
「おっちゃんは兄貴の事を買い被り過ぎだしぃ。確かに硬いけど、それだけだしぃ」
「そんな事はないだろう。ゴブリンエンペラーにだって力負けしていなかったぞ」
「兄貴は攻撃が出来ないんだしぃ」
「え……」
「だから、行ったところで数を減らせないしぃ」
サシャは戦力にならないから勇者を足手まといだと言っているのだが、勇者は自分を守ってくれてるのだと思って涙を流している。……ぜんぜん気付かないとは、本当に気持ち悪い勇者だ。
それらのやり取りを見ていた国王は、時間も迫っているので、双子勇者の行くあてを決定する。
「サシャでも手に余る敵がいるかもしれないし、兄妹で行動させた方が確実じゃろう。では、サシャよ。シャヌクホルツ王都を救ってくれ」
「ウチに任せるしぃ!」
サシャは勢いよく立ち上がるが待ったが掛かる。どうやら、いまよりマシな装備を国王が用意してくれるようだ。
それならばとサシャは喜んであとに続き、武器庫に足を踏み入れる。そこで何本もの剣を手に取るが、どうもサシャの気に入る物が無いようだ。
「なんかどれもしょぼくね?」
サシャの辛辣な言葉に、バルトルトは呆れながら答える。
「確かに、ほとんどの特注品は前線に運んだから質は落ちる。だが、サシャの錆びた剣より強度はマシだぞ」
「まぁそうなんだけどね~。高いの買っても魔法で強度を上げないと、どうせ折れるから安物を使っているだけだしぃ。でも、このデコボコがちょっとかわいくね?」
サシャは銅の剣を引き抜くと、バルトルトに見せるが、かわいさの欠片も見付からずに困る。そんな中、国王がひと振りの剣を持って戻って来た。
「これなんてどうじゃ? 扱える者がいないから余っておるんじゃ」
サシャは国王から受け取った剣を抜く。
「変わった剣だけど、かわいいかも??」
「それは刀と言う剣じゃ。遠い異国で打たれた物を、この国のドアーフが真似して作ったと聞いておる」
「ふ~ん……うん! これに決めたしぃ!!」
サシャは刀を掲げて決定を告げた後、防具も選ぶが、かわいい物が無いので、腕当て、すね当てだけ付けて自前のマントをたなびかせる。
勇者は……かわいいかわいい言って、自分の物は選んでないな。国王達からも勧められていたけど、話も聞いていない。
「勇者の洞窟攻略の準備はこちらでしておくから、必ず戻って来るのじゃぞ」
「じいちゃんは心配症だしぃ。あっと言う間に解決して帰って来るしぃ」
「ほっほっほっ。それは頼もしいのう」
「そんじゃ、行って来るしぃ!!」
サシャは準備を整えると、見送る国王をあとに飛び立った。勇者もそれを追い、バルトルトを乗せたチャリオットを引いて走り出す。
ただ、城からの移動だったので、城下町を抜けるのに、チャリオットを引く勇者はかなり変な目で見られていた。
こうして双子勇者はシャヌクホルツ王都を守る為に、サンクルアンネン王国を立ったのであった。