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サシャは自分が勇者だと聞くと納得は早かったが、自分の兄が勇者だとは到底納得できないのか、国王に食い掛かる。
「じいちゃん! なんかの間違いじゃね? もう歳なんだから、目が悪いんだしぃ」
「ほっほっほっ。間違いなく勇者じゃ」
「こんな奴の、どこが勇者なんだしぃ!」
「わしの目には、加護は勇者となっておる。スキルは頑丈と……アイテムボックスじゃな」
「頑丈ってなんだしぃ! てか、アイテムボックスって、ウチが勝手に呼んでただけだしぃ!!」
サシャ、絶好調。国王相手にツッコミが冴え渡っている。
「アイテムボックスは、確かに聞かないスキルじゃな。この頑丈も変わっておる。スキルツリーになっておるのか」
「スキルツリー?」
「何種類か付随する効果があるようじゃ。ただ、字が細かすぎて読めんのじゃ」
「老眼か!!」
サシャのツッコミに、国王は優しく微笑み、勇者は話を聞かないでサシャを見ている。そんな二人にツッコミまくって疲れるサシャであった。
この日は、夜も近かったので、明日にもう一度話をすると言って国王は玉座の間から出て行く。
双子勇者は、丁重にもてなすようにと命令を受けたメイド長に案内され、城の一室を借りるが、サシャのわがままで二つの部屋をあてがわれた。
当然、サシャは勇者と離れたかったのであろう。当然、ストーカーは離れたくないのであろう。
サシャの風呂を覗こうとしたり、部屋の前をウロウロしていた勇者は、何度もメイド長に怒られていた……
翌朝は、双子勇者はメイドに囲まれて綺麗な服に着替えさせられ、パーティー会場控え室に案内される。
慣れない服装に最初は戸惑っていたサシャだが、そこは乙女。鏡に映った自分の姿に感動しているようだ。
勇者は……サシャを見て、なんか泣いてる。なんか立派になったとか言ってる。嫁に出すわけでもないのに、意味がわからない。
勇者が嫁に出すお父さんみたいになって、サシャが気持ち悪いと罵っていると、国王も控え室に入室して来た。そこでサシャの態度の悪さでひと悶着あったが、国王の一言で落ち着かせ、パーティー会場に移動するのであった。
国王は玉座に座ると宰相に目配せし、双子勇者を呼び寄せて説明をさせる。
「この二人は、この苦難を乗り切る為に神が使わせた伝説の勇者だ」
宰相の一声で、辺りはざわめき出す。
その声は喜ぶ声では無く、どこか侮辱するかのような声で、サシャの顔が険しくなる。すると、国王はグラスをスプーンでチンチンと鳴らし、注目を集める。
「余がこの目で見て判断したのじゃが、何か不満があるようじゃな。文句があるのなら、ハッキリと言え」
国王の言葉に、一同黙るが、二人の貴族が前に出た。
「お言葉ですが国王陛下。勇者なら息子が適任だと私は考えています。他の者も、そう言ってくれていますぞ」
「エマーヌエルか……」
国王は、意見する貴族の隣に立つ若い男を見て名を呟く。
エマーヌエルは剣豪と言うスキルを保有しており、国王も素晴らしい才能を持っていると太鼓判を押す人物。副団長のバルトルトにも一目置かれる存在なのだが……
「陛下。どこの馬の骨かもわからない者に、勇者の称号なんて与えるものではありません。生まれも確かな我が息子、エマーヌエルこそが相応しいと、皆も思うだろう?」
貴族の言葉に、多くいる派閥の者から称賛の声があがる。すると、サシャが苛立ったように口を開く。
「ねえ? じいちゃん。取り込んでるみたいだし、ウチは部屋に帰っていいしぃ?」
その声に、貴族はいきり立って怒鳴り付ける。
「貴様! 陛下に対してなんて口を聞くんだ!!」
「え? ダメなの??」
サシャは、かわいこぶりっこで国王を見る。
「ほっほっほっ。別にかまわんよ」
「なっ……」
「だってさ」
国王の許可をもらったサシャは、勝ち誇ったような顔で貴族を見て、さらに追い討ちをかける。
「てかさ~。オッサンだって、じいちゃんに意見してるんだから、同罪っしょ~」
「ぜんぜん違うわ! なんだこの無礼な小娘は……こんな小娘が勇者だと、私は認めないからな!!」
「オッサンに認めてもらわなくとも、じいちゃんに認めてもらっているから関係ないしぃ」
「オッサン言うな!」
「うっさいしぃ。それじゃあウチは部屋に戻っているから、茶番が終わったら呼びに来てくれしぃ」
サシャが元来たドアに向かおうとすると、国王に肩をガシッと掴まれる。
「なんだしぃ?」
「ほっほっほっ」
「だから、なんだしぃ!」
「ほっほっほっ」
「……わかったしぃ」
サシャが折れた。笑っている国王の顔が、よっぽど怖かったのであろう。さすがは一国を統べる人物。威圧が凄いみたいだ。
「さてと、サシャが言う通り、くだらない茶番をやめようとしよう」
「陛下まで何をおっしゃるのですか!」
貴族は納得いかないと大声を出すが、国王はまったく心を揺らされない。
「そもそもじゃよ。勇者とは称号ではない。勇者足る者の持って生まれた才覚。派閥の票を集めてなるものではない」
「才覚なら陛下も認めていたじゃありませんか!」
「人としての才覚ならじゃ。勇者は人の器に収まらん」
「し、しかし!!」
食って掛かる貴族に、国王は静かな怒りを込めた目を送って黙らせる。
「それにじゃ……余は、エマーヌエルを最前線に送れと言ったはずじゃ。何故、いまだに王都にいるのじゃ?」
「それは……」
「お主に聞いておらん」
国王はエマーヌエルの目をジッと見つめる。
「何故、ここにおるのじゃ?」
「……私の出番は、魔王の相手だと存じております。ザコ相手に、私の剣技を見せるのはもったいないだけです。この剣技があれば、魔王すら敵ではないでしょう」
「だから鍛練も休んでおるのか?」
「鍛練ならしております!」
「余の目は節穴ではないぞ」
国王の視線に、エマーヌエルは背中に冷たいものを感じる。しかし、黙っているわけにもいかず、サシャを見て叫ぶ。
「ならば、そのニセ勇者を圧倒的な力で捩じ伏せてやりましょうぞ!」
急に名指しされたサシャはと言うと……
「パース。あそこのケーキも食べていいしぃ?」
ケーキにご執心で断った。
「貴様~!」
「うっさいしぃ。だから茶番は他所でやってくれしぃ」
「逃げるのか!!」
「逃げるも何も、あんた、バルトルトのおっちゃんより弱いじゃん。おっちゃんに相手してもらってくれしぃ」
サシャがエマーヌエルを擦り付けようとすると、バルトルトは首を横に振る。貴族を、こんな大勢の貴族の前で相手をすれば、後々面倒なので、やりたくないようだ。
「さっさと剣を抜け!」
「はあ? ウチのこの超絶綺麗なドレス姿が見えないしぃ? 持ち歩いてるわけないじゃん」
「おい! そこのお前。剣を寄越せ!」
サシャの意見はもっともなのか、部屋の隅にいた騎士に声を掛けるエマーヌエル。だが……
「なんてね。持ってるしぃ」
「貴様~~~!!」
サシャは収納魔法から取り出した鞘に入った剣を、馬鹿にするように見せる。すると、怒りマックスになったエマーヌエルは喚き散らす事となった。
「もういいしぃ。兄貴、やっておしまい!」
「おう!」
サシャは面倒ごとを勇者に丸投げして、高みの見物をするのであっ……
「うまっ!」
いや、勇者達の事などまったく気にも掛けず、ケーキを貪り食うのであった。