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初心者の町の危機が去った翌朝……
サシャの滞在している宿に、バルトルトは顔を出す。宿に入り、二階にある部屋の前には勇者があぐらをかいて座っている姿があったので、バルトルトは声を掛ける。
「おい。起きてるのか?」
「ん……ああ。あんたか……」
勇者は寝ていたようで、目を擦りながらバルトルトの顔を見る。
「またサシャの寝込みを襲いに来たのか!!」
「違うわ! 話をしに来ただけだ!!」
バルトルトの顔を見た勇者は、「がるるぅぅ」と噛みつくので、バルトルトも声を荒らげてツッコム。
「はなし?」
「そうだ。その前に、お前にも部屋を用意したはずだが、何故、そっちで寝ないのだ?」
「サシャに見張ってくれと頼まれたから、見張っていたんだ」
「命の恩人に手を出す奴など、ここにはいないぞ。お前も先頭を切って戦っていたんだから疲れているだろう」
「俺は見ていただけだから、そこまでではないよ」
「いや……」
バルトルトは遠巻きだが、ゴブリンジェネラル、キング、エンペラーに恐れることなく突撃して行く勇者を見ていた。それと何度も攻撃を喰らっている姿も……
なのにあっけらかんと答える勇者に、掛ける言葉が思い付かないようで、話を戻して用件を切り出す。
「それよりサシャを起こしてくれないか?」
「サシャを起こす……誰も入れるなと言われているんだが」
「疲れているのはわかっている。早急に話したい事があるんだ。私が呼んでいると言って来てくれ」
「でも、サシャが……いや、オフィシャルな理由があるなら、入る口実になるか……」
勇者はサシャの命令は絶対だが、寝顔を見れるのだからそれも有りかとブツブツ呟く。その不穏な独り言を聞いたバルトルトは、呆れながらも勇者を急かす。
勇者はそれでは仕方ないと顔を綻ばせ、ドアノブに手を掛ける。
「なに騒いでるんだしぃ」
残念ながら、サシャはすでに目を覚ましており、身支度も整えてドアを開けた。勇者はドアが顔面に当たっても痛そうな顔をせず、残念そうな顔をする。
小さく「寝顔」「パジャマ」と呟いているところを見ると、それらが見たかったのであろう。
「すまないな。話があって来たのだが、いまいいか?」
「うん。でも、お腹すいたから、食堂でもいいしぃ?」
「ああ。かまわない」
三人は階段を降りて食堂の席に着くと、料理を頼んでバルトルトの用件を聞く。
「それでだ……」
いや、サシャはバクバク食べて話を聞いていない。バルトルトもそれに気付いたのか、食べ終わるのを待つ事となった。
「まずは、昨日は助かった。感謝する」
「昨日も聞いたし、いいってことよ~」
「それでだ。国王陛下みずから謝辞を述べたいとおっしゃっているのだ。私と共に、王都に戻ってくれないか?」
「昨日、来たばっかだしぃ!」
「は? 断るのか??」
サシャの物言いに、心底驚くバルトルト。ふたつ返事で応じると思っていたのであろう。ましてや国王陛下の呼び出しだ。断る事じだいが非礼にあたる。
「ウチは戦いに来たかんね~」
「いやいや。国王陛下だぞ? 国で一番偉い人なんだぞ?」
「う~ん……面倒」
「そんな理由でか!?」
「だって、またあの遅い馬車で移動っしょ? ウチ一人なら、一日で着くしぃ」
どうやらサシャは、移動時間が面倒で国王に会いたくないようだ。しかし、バルトルトも国王の命令なので引く事はできない。
なので説得を繰り返し、折衷案を模索して、ようやくサシャの首を縦に振らせるのであった。
「ぎゃ~~~!」
「速い~~~!」
「うっ……気分が……」
勇者の引く一人用馬車チャリオットに乗ったバルトルトの反応はこんなもん。昨日に続き、一通り叫んだあとは乗り物酔いに苦しんでいる。
サシャを王都に戻すには、移動時間の短縮が余儀なくされるので、勇者の引く馬車に乗せてもらえれば早く着くのではと提案し、それで渋々サシャも納得してくれた。
しかし、サスペンションのついた馬車でも悪路を高速で走るので、揺れに耐えられないようだ。
サシャはと言うと、空を飛んで進んでいるのでノーストレス。勇者も目に入らないので、気持ちよく飛んでいる。
勇者は……サシャばかり見て、前をあまり見てないな。たまに焦ったバルトルトの声を聞いて、馬車や人を避けている。
そうしてお昼休憩を一回挟み、夕暮れ前に王都に到着。バルトルトはフラフラと歩き、門兵に事情を説明して中に入れてもらった。
サシャも歩こうかと考えていたが、バルトルトの乗っていたチャリオットが気になったのか、それに乗って勇者に引かせる。
「ねえ? この馬車って、なんでこんなに頑丈で揺れないんだしぃ?」
「それにはサスペンションが搭載されていて、ドアーフが丹精込めて使ったからだ」
「サスペンション? ドアーフ?」
サシャの質問にバルトルトはチャリオットの性能を詳しく説明する。少し難しい話であったが、サシャは興味深く聞いていた。
「なるほど~。だからこんなに頑丈なんだ。まさか兄貴の速さに壊れないで、ここまで辿り着けるとは思っていなかったしぃ」
「途中から変な音がしていたから、ギリギリだったと思う。修理に出して直せるかどうか……」
「ウチも欲しいしぃ!」
「かなり高いぞ?」
「今まで狩った魔獣を売ったら余裕っしょ~」
サシャの余裕発言で、勇者のアイテムボックスに魔獣が一万匹入っている事を思い出したバルトルト。実力も見たので、嘘偽り無いと今頃気付いた。それと笑った事も思い出したので、謝るべきかと悩むが、その話に触れない事に決める。
「そ、そうか……まぁなんだったら、国王陛下から褒美を貰えるかもしれないし、聞かれたら頼んでみたらどうだ?」
「あ! その手があったしぃ。新しい服も剣も欲しかったんだよね~」
「欲しい物を聞かれたらだぞ? 間違っても、自分から言うなよ?」
「かわいいパジャマも欲しいしぃ」
バルトルトの心配を他所に、サシャは欲しい物を呟く。だが、最初と比べて値段が安くなっていったので、これならば自分が買ってやればいいかと考える。
そうしてサンクルアンネン王国城に着いた双子勇者一行は、少し待たされてから、玉座の間に通されるのであった。