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ゴブリンエンペラーが衝撃波を放って初心者の町の外壁を抉った直後、双子勇者は駆ける。
勇者の後ろをサシャが追い、飛び交う魔法や弓矢は勇者でガード。ついでにゴブリンを跳ね飛ばさせているので、ゴブリンキングまでには最短の時間で到着した。
勇者はさらに先へ進み、ゴブリンキングはどちらに向かおうか悩んだ結果、ふた手に分かれて戦う。
サシャは、勇者に向かったゴブリンキングBはひとまず無視。一対一でゴブリンキングAと向き合う。
ゴブリンキングAは叫びながら巨大な剣を軽々と振り回し、サシャを何度も斬り付ける。サシャも負けじと応戦しようとするが、少なからずザコが残っており、魔法や直接攻撃が来るので思うように戦えないでいる。
なので華麗に舞いながら、ゴブリンメイジに【炎弾】をぶつけて遠距離攻撃の数を減らす。
ゴブリンキングAは大剣をむやみやたらに振り回すものだからザコを巻き込み、こちらも勝手に減って行くのでサシャに余裕が生まれる。
「【炎風】だしぃ!」
メイジを全て倒したサシャは、一気に決めるべく、炎を放出してゴブリンを焼き尽くす。しかし、防御力の高いゴブリンキングAには、少々威力が足りなかったようだ。
ゴブリンキングAは火傷を負ったが、サシャの足が止まった瞬間を狙って大剣を振り下ろした。
サシャはその剣を余裕ですり抜け、数度、銅の剣を振るって足を斬り刻む。ゴブリンキングAの足はその攻撃で細切れにされ、悲鳴をあげて倒れ込む。
そうして倒れたゴブリンキングAに、サシャはトドメの追撃を仕掛ける為に飛んだ。
だが、サシャがゴブリンキングAの頭に剣を突き刺そうとした瞬間、地面と平行に鉄の棍棒が振られ、吹っ飛ぶ事となった。
「くっそ~……兄貴について行ったんじゃなかったの~」
ゴブリンキングBだ。勇者を追っていたゴブリンキングBは、巨大なゴブリンエンペラーの右足に抱きついてボコボコに殴られる勇者を見て、戻って来たようだ。
そしてサシャに鉄の棍棒を喰らわせたが、サシャは常に防御結界を張っているのでダメージにはならなかった。
「うっわ。足が一本無いのに立ちやがったしぃ」
ゴブリンキングAは立ち上がると、ぴょんぴょん跳んでサシャに向かい、大剣を振るう。
腰の入っていないそんな剣は、サシャには止まって見える。振り下ろされる前に間合いを詰め、一瞬で数十の斬撃を繰り出して肉塊に変えた。
その瞬間、肉塊は弾け飛ぶ。ゴブリンキングBのフルスイングだ。ゴブリンキングAは自分の体を目隠しに使い、死をもって囮となったのだ。
「やっぱしぃ? なんだかやる気がしたんだよね~」
残念ながらゴブリンキングAは無駄死に。金棒をフルスイングしたゴブリンキングBは、声の主に振り返るが、頭を残して体だけであった。
すでにサシャの高速の剣が首を一刀両断。痛みさえ与えない早業で、二匹のゴブリンキングは沈黙するのであった。
サシャがゴブリンキングを倒したその時、勇者はゴブリンエンペラーと熾烈な戦いを繰り広げていた。その打撃音は大きく、辺りに響き渡っている。
「抱きつけって言ったのはウチだけど、本当に抱きつくだけってどうなんだしぃ」
ゴブリンエンペラーにタコ殴りにあいながらも、右足に抱きついたまま離さない勇者を見たサシャは、小さく呟く。
すると、その小さな声に勇者の耳がピクピクと動き、バッとサシャの方向を見る。
「あ! サシャだ。サシャ~!!」
そしてゴブリンエンペラーを離して手を振り出した。その間も、ゴンゴン殴られてるぞ?
「はぁ……兄貴。もういいしぃ。ウチの獲物なんだから、手を出すなしぃ」
「おう!」
勇者は何事も無かったように定位置、サシャの後ろにつく。サシャは嫌そうな顔をしていたが、目の前の敵に視線を戻す。
「なかなか骨がありそうだしぃ。やってやるしぃ!!」
サシャは楽しそうな声を出し、巨大なゴブリンエンペラーに向けて駆ける。
その速度は先ほどのそれとは違う。サシャの本気だ。
肉体強化魔法を使って身体能力を上げ、風を切って駆ける。
勇者は……難無くついて来てるよ。
そうしてあっと言う間にゴブリンエンペラーの射程範囲に入るが、流石は上位種。サシャのスピードに反応して拳を振り落とした。
サシャはまだスピードに余裕があったので紙一重で避けたが、本当にギリギリだった為、勇者は間に合わない。
ゴブリンエンペラーの重たい拳を喰らう事になって、悲鳴をあげる。
「ぎゃ~~~!」
ゴブリンエンペラーがだ。勇者の速度、勇者の硬さ、そこに自分の力が加わったものだから、拳は砕けるどころか、手の甲まで裂ける事となった。
「ウチの獲物に何してんだしぃ! あっちで見てろしぃ! あと、いい加減、服を着ろしぃ!!」
「あ……すま~ん」
ゴブリンエンペラーほどの化け物に手傷を負わせた勇者を非難するサシャ。まぁ一対一を邪魔されて怒っているのであろう。いや、服を着ていない勇者に腹が立ったのだろう。
勇者はサシャの邪魔にならない所まで離れると、ようやく布の服を着ていた。
そこからサシャの猛攻が始まる。いや、一方的な剣の舞が始まる。
ゴブリンエンペラーがどのような攻撃をしようとも、サシャは踊り、宙を舞い、かすらせる事すらさせない。それどころか、その素早い動きの中で剣を振るい、傷を負わせる。
しかし、ゴブリンエンペラーの防御力が高いせいで、徐々にしかダメージが入らない。それがゴブリンエンペラーの仇となるのだが……
何百、何千と斬り刻まれるゴブリンエンペラーは、肉を斬られ、削ぎ落とされ、悲鳴をあげながら縮んで行く。その悲鳴が聞こえなくなる頃には、巨大な体は無く、大きな球体となっていたのであった。
サシャは生命活動の無くなったと感じたのか、球体に飛び乗ると、銅の剣を高々と掲げて叫ぶ。
「ゴブリンエンペラー……討ち取ったしぃ!!」
「わああああ」
その声に、拍手と歓声が響き渡るのであった。勇者ただ一人の……