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万を超えるゴブリンの襲撃を受けている初心者の町は、街道沿いを真っ直ぐ進めば到着すると聞いていたので、サシャは道に迷わずに町を視界に収める。
「おお~。意外と早く着いたな」
もちろん勇者も、サシャに遅れずについて来ていた。
「なんで追い付けるんだしぃ……」
八人の武装した騎士が乗った馬車を引く勇者に、気持ち悪い目を送るサシャ。
「サシャが速すぎるからギリギリだったよ」
「ギリギリって割には、余裕そうな顔だしぃ……」
「サシャが俺を褒めてる!」
「褒めてねぇしぃ。てか、おっちゃん達は大丈夫だしぃ?」
「さあ? 最初は騒がしかったけど、静かだな」
勇者の言った通り、最初は馬車の速度に「ギャーギャー」騒いで止めてくれと言っていたバルトルト達であったが、乗り物酔いでしだいに声が小さくなり、いまは気を失っている。
「ま、どうでもいっか」
「だな」
「とりあえず、門までの道を切り開くから、兄貴は突っ込んでくれしぃ」
「任せろ!!」
かわいそうなバルトルト達。双子勇者に心配すらされないとは……
そうしてサシャは呪文を唱えながら空を舞い、ゴブリン達が射程範囲に入ると魔法をぶっ放す。
「【大爆発】だしぃ!!」
サシャが両手で振りかぶって放たれたバスケットボール大の光は、町の正門より遠い位置で地面に接触し、破裂した。
その威力や絶大で、爆心地にいたゴブリンは蒸発し、その周辺に居たゴブリンは炎に包まれ、さらにその外周のゴブリンは吹き飛ぶ事となった。
「兄貴! 突っ込むしぃ~~~!!」
「おおおお!!」
その爆風の最中、サシャは防御結界を展開して馬車を引く勇者の前を飛ぶ。これは、勇者を守る為ではなく、馬車の乗組員を守る為らしい……
サシャは門の位置へと的確に真っ直ぐ進み、勇者はサシャの位置を気持ち悪い能力で把握して追い掛ける。
そして門に辿り着くと、サシャは銅の剣で門を斬り破り、勇者と共に町の中へと入るのであった。
サシャの放った魔法の爆発の最中、双子勇者は町へと飛び込むと、人族兵に取り囲まれる事となる。
「この魔族め! すぐに追い出してやる! かかれ~~~!!」
門を破られた人族兵は待った無し。剣や槍を構えてサシャ達に向かう。
「待つしぃ! 馬車の中にはバルトルトのおっちゃんが乗ってるしぃ!!」
サシャの大声を聞いた人族兵は、動きが鈍り、後方に控えていた騎士を見る。すると、騎士は前に出てサシャに問い掛ける。
「お前は人族か!?」
「そうだしぃ。てか、ウチは門を塞ぐから、詳しい話はバカ兄貴とおっちゃんに聞いてくれしぃ」
サシャは門に戻り、土魔法を使って補強を行い、説明は勇者達に丸投げ。そのサシャの行動を見て、騎士は敵ではないとは感じ取ったのだろうが、警戒を解かずに、器を構えたまま勇者と、いまにも壊れそうなボロボロの馬車を取り囲む。
勇者は何が起こっているかわかっていないのか、ずっとサシャの後ろ姿を見ているな……
「おい! お前! その馬車にバルトルト副団長が乗っているのか!?」
「ん? そうだ」
「何故、降りて来ないんだ!」
「さあ? 寝てるんじゃないか? とりあえず俺は忙しいから、勝手に馬車に入ってくれ」
勇者は適当に答えると、サシャに視線を戻してうっとりと見ている。騎士達は、どこが忙しいのかわからないみたいだが、ひとまず剣を構えたまま馬車に近付き、頷き合って勢いよく扉を開ける。
するとそこには屍が……いや、乗り物酔いで無惨な姿になったバルトルト達が横たわっていた。
騎士達は驚きながらも生死を確認し、看病を始めるのであった。
いちおうはバルトルトを確認できた騎士は、勇者に声を掛ける。
「敵ではないのは信じるが、さっきの爆発はなんだったのだ?」
「サシャはかわいいな~」
「おい! 聞いているのか!!」
「ん? なんだ?」
「さっきの爆発の事だ!」
「それはサシャの魔法だ。凄かっただろ~?」
騎士の問いに、勇者は気持ち悪い顔をして質問で返すので、話にならないと感じたのか、今度はサシャに問い掛ける。
「あの男はさっきの爆発はお前の魔法だと言っていたが、本当か?」
「もう終わるから、ちょい待つしぃ」
サシャが穴を完全に塞ぐと、振り返って質問に答える。
「ウチの魔法で間違いないしぃ」
「嘘だろ……」
「嘘じゃないしぃ。そんで、ゴブリンとの戦闘はどうなってるしぃ?」
「まだ俺が質問したいんだが……」
「あんたの質問なんてどうでもいいしぃ! ウチが知りたい事に答えろしぃ!!」
「なんだと……」
「アルフレート! サシャの質問に答えてやれ!」
サシャとアルフレートが険悪な雰囲気になったその時、乗り物酔いから復活したバルトルトが大声を出しながらやって来た。
「副団長! もうお体はよろしいので?」
「ああ。ちょっと酔っただけだ。それより早く状況を説明しろ」
「は、はい!」
アルフレート曰く、どうやらゴブリンに攻められていたが、町の防衛機能を使ってなんとか持ち堪えているようだ。だが、死者はいないが、怪我人は多数いる模様。
兵士も疲弊し、町が落とされる一歩手前まで追い詰められていたらしい。
「ふ~ん。あとはウチがやるから、中の事は任せるしぃ」
「お前のような小娘がか?」
「小娘って言うなしぃ!」
サシャがぷりぷりしだすと、バルトルトが慌ててアルフレートを咎める。
「サシャに失礼な事を言うな!」
「しかし!」
「私の命令が聞けないのか!」
「も、申し訳ありません……」
「それじゃあ、サシャ。好きなようにやってくれ。あとは任せた」
「オッケーだしぃ!」
バルトルトの言葉にサシャは意気揚々と答え、宙を舞って壁の外へと消えて行った。
「俺もサシャを見に行こっと」
サシャに続き、勇者も暢気な声を出して壁をひとっ跳びで跳び越え、外へと消えて行った。
残されたバルトルトとアルフレートは、軽々と高い壁を飛び越える二人に、呆気に取られていた。
「自慢の壁が……あの二人はいったい……」
「気持ちはわかる……それよりも、いまは現状の建て直しだ!」
「は、はっ!」
それから気を取り直したバルトルト達は、負傷者の手当て、兵の再編成にいそいそと取り組むのであった。