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義勇兵が前進した少し前、サシャと勇者は凄い速さでゴブリンに向けて突撃していた。
「兄貴! 派手にぶっ放すから、兄貴はこっちに向かって来てる人の盾になってやってしぃ!」
「うぅぅ。わかった~」
サシャの指示に、ぐすぐす泣いていた勇者はさらにスピードを上げて走り去る。
「相変わらず走るのだけは速いしぃ……ま、アレなら大丈夫だしぃ」
サシャは勇者の後ろから空を飛んで追い掛け、呪文の詠唱を始める。
勇者は馬の乗った人物が目に入ると、両手を広げて静止を促す。
「止まれ~!!」
勇者の声を聞いた女騎士は馬を止める事をせずに、勇者の横を通り過ぎる。ゴブリンに追い付かれたら、犯され、死が待っているのだから必死なので止まるわけにはいかないのであろう。
だが、勇者も最愛の妹に頼まれているのだから引くわけにはいかない。あっと言う間に馬に追い付くと、並走して走る。
「止まれって言ってるだろ!」
女騎士は隣を走る勇者に声を掛けられ、ギョッとして隣を見る。
「うそ……」
「いいから止まれって!」
「えっと……いやいや、できるわけないでしょ!」
勇者の行動に驚いていた女騎士であったが、すぐに自分の置かれている状況を思い出して拒否する。
「そっちはマズイんだって! ……もういい!!」
勇者は止まらない馬の進行方向回り込んで、正面から優しく受け止めて力尽くで停止させた。
「なっ……何してるのよ!!」
「すまないな」
勇者は詫びを入れると女騎士を引きずり降ろし、馬と共に強引に伏せさせる。そうして覆い被さるように体を被せると準備完了。サシャの攻撃魔法を待つ。
「お! 兄貴の癖に、ナイスタイミングだしぃ!!」
サシャは空を飛びながら勇者の姿を確認すると、呪文の詠唱もちょうど終え、両手を前に出す。
「喰らえ~! 【二重爆裂】!!」
サシャの両拳から飛び出た野球ボール大の塊は、凄い速度で勇者の後方に飛んで行く。その塊がゴブリンの群れ近くまで到達すると、一気に膨張して炎と爆風が発生した。
「あ! ヤベ……使う魔法、間違えたかも?」
そうして何故か失敗したと呟くのであった。
サシャの爆裂魔法が炸裂したその直後、勇者は馬と女騎士に覆い被さっていた位置を変える。
それは当然。サシャの使った魔法は、守っている逆の方向から来たのだから、そのままでは魔法にさらされるからだ。
その爆風が勇者達に届くと、女騎士から悲鳴があがった。
「キャーーー!」
「ふぅ……まさか逆から来るとはビックリした。サシャはお茶目さんだな~」
サシャのミスに、勇者はのほほんと呟くが、それでいいのか?
「い、いまのはなに!?」
「お! 無事だったみたいだな」
「あなたは……ゴブリンは!?」
勇者の顔を見た女騎士は、爆発よりもゴブリンの心配にシフトした。
「ほとんど爆発に巻き込まれたんじゃないかな?」
「えっ……服! 服はどうしたのよ!!」
勇者の服は、背中側が燃え尽き、立った拍子に前面も滑り落ちて素っ裸となってしまった。勇者の勇者を直視してしまった女騎士は、目を手で隠し、ツッコミを入れた。
「服も爆発に巻き込まれてしまったみたいだ」
「え……怪我は??」
「頑丈だけが取り柄だから無いぞ」
「私でも髪の毛が焦げているのに……」
「それより、生き残りがいそうだ。もう一度走れるか?」
「えっと……」
「お~い」
勇者の質問に、女騎士が考え込んでいると、空からサシャが降って来た。
「なんだ。大丈夫そうだしぃ」
「天使? 私は死んだのか??」
サシャを見た女騎士は、度重なる不思議な出来事に混乱している。
「ちゃんと生きてるしぃ! ……ダメっぽいしぃ。兄貴、担いでおっちゃん達の元へ運んでくれしぃ」
「おう!」
「あと、服を着ろしぃ!!」
「おう!」
勇者は女騎士を担ごうとしたが、アイテムボックスに入っている布の服に着替えようとする。しかし、先に女騎士を連れて行けとサシャに言われ、女騎士を担ぎ、馬の手綱を引きながら走り出した。
「さぁて生き残りは……三分の一ってところかな? デカイのが二匹いるから、ゴブリンジェネラルか~。ま、余裕っしょ~」
サシャは煙の晴れる中、銅の剣を抜いて構え、ゴブリンの接近を待つのであった。
勇者は馬の速度に合わせて走っていたので少し時間は掛かったが、無事、こちらに向かって来ていた義勇兵と合流する。
すると、バルトルトが勇者に駆け寄り、現状を質問する。
「さっきの魔法は、サシャがやったのか!?」
「そうだ。それより、この人を頼むな」
「まだ話は終わってないぞ!」
「あ! 俺も服を着ないと」
勇者が布の服を着ている間に、バルトルトはいくつかの質問をし、勇者は答えるが、納得から程遠い答えで頭を抱えてしまう。
「お前も爆発の巻き添えになっていたよな? どうして怪我ひとつ無いんだ?」
「頑丈だからだ。それじゃあ俺は、サシャの戦いを目に焼き付けないといけないから行くな」
「おい! お前は戦わないのか~~~!!」
バルトルトのその問いは、凄い速さで走り出した勇者に届かなかった……