012
テレージア殺妖精事件の起きたリビングで、勇者と魔王はゴクリと唾を呑む。そんな中、魔王がボソリと呟く。
「テレージアさんを、誰がこんなひどい目にあわせたのでしょう……」
心配する魔王の顔を見て、勇者は謎解きに頭をフル回転させる。
(よく考えるんだ。リビングに入る前、テレージア以外の妖精は何かにおびえるように逃げて行った。これは犯人が、リビングに居たと言う証拠だ。ここに残っているのは、俺とサシャ、テレージア。それと……)
勇者は鼻を押さえながら円卓で顔を伏せている人物に近付く。そして、肩をポンっと叩いて優しく語り掛ける。
「犯人はお前だな、フリーデ? 怒らないから正直に言うんだ」
「え? フリーデちゃんが!? ……寝てますよ?」
「え? そんなわけは……」
勇者は犯人と決め付けて、フリーデを起こそうと揺さぶる。すると、フリーデは苦しそうな呻き声をあげる。
「うぅぅ、あぁ……お姉ちゃんに、や・ら・れ・た……ガク」
どうやらフリーデも被害者の一人だったようだ。ここでようやく、勇者も犯人が誰かがわかったみたいだ。
「二人とも、サシャがやったと言っているのだが……」
「私が!? ずっと一緒にいたじゃないですか!!」
魔王は即座に否定する。その怒った顔も勇者はかわいいなぁと思いながらも、ずっと気になっている事を聞く。
「このクラクラする強烈なにおいはなんだろう?」
「におい? スープのいいにおいじゃないですか」
「え……スープ??」
勇者は円卓の上に置かれた皿を見つめる。しかしスープと言われた皿の中には、煮えたぎった毒の沼が詰まっていた。
その瞬間、被害者の言葉の意味が繋がり、勇者は犯人を特定する事が出来たのであった。
「えっと……これは何かな~?」
「だからスープですよ~。お兄ちゃんの為に、愛情たっぷり入れたんですよ」
「愛情たっぷり……」
勇者は「猛毒たっぷりの間違いだろ?」と頭に浮かんだが、魔王の笑顔と、初めての手料理の重さが勝り、天秤を傾かせた。
「そうか。いただこう!」
「十人分の材料を用意したのですけど、何故かお皿一杯分しか出来なかったのです。おかわりは無いので、味わって食べてください」
「おう! いただきま~す」
勇者は魔王の台詞を嬉しさのあまり聞き逃したが、体は正直だ。スプーンを持つ手が震えている。魔王の台詞は詰まる所、猛毒の圧縮を意味している。
なのに勇者は一口食べ、二口食べ、うまいうまいと完食してしまった。
「うまかった~。ごちそうさま~」
「完食してくれたのはお兄ちゃんが初めてです! ありがとうございます……あれ? お兄ちゃん?」
勇者は一口目で気絶しかけていた。なのに、震える体を無理矢理使い、完食してしまったからには灰になるのは必須。どんな攻撃も毒を喰らっても、倒れた事のない勇者の初体験であった。
「もう寝ちゃったの? そんなに疲れていたんだ」
魔王は自分の成し遂げた偉業に気付かず、初体験の完食に満足して、ルンルン気分でお皿を片付ける。倒れた事のない勇者に、初めて土を付けたと言うのに……
毒物が消えてしばらく経つと、テレージアとフリーデが目を覚ました。
「魔王! あんた、あたし達を殺すつもり!!」
「お姉ちゃんは、料理しちゃダメって言った!!」
毒の香りを喰らったテレージアとフリーデは激オコである。どちらも頬を膨らませて怒っているから、かわいらしくて魔王には伝わらないようだ。
「今日は最高のできだったよ。お兄ちゃんも残さず食べてくれました」
「「う…そ……」」
魔王の嬉しそうな返事に、二人は首をギギキギと回し、即神仏のように固まっている勇者を見る。
「アレを残さず食べたの……」
「いやな奴だけど、それだけは尊敬……」
「まさに勇者だわ……」
「ホント……」
この日を境に、勇者は魔界で、真の勇者と恐れられるのであった。
明日からは、しばらく一日三話、更新します。