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人界に入った姫騎士軍は砦を落とし、一泊をした後、西へと進軍する。そうして夕暮れ時には、大きな壁のある町へと到着した。
その町は門も無く、人の出入りも確認されないので、辺りを警戒しながら門を潜る。
「誰も居ないのか?」
あっさりと侵入できた事に不思議に思った勇者は、姫騎士に尋ねる。
「ああ。ここは、父上が焼いた町だ」
「あ、そういえば、焦げている所が多いな。と言う事は……コリンナの……」
勇者がコリンナの顔を見ると、懐かしむような、悲しむような、なんとも言い難い顔をしていた。
「コリンナ。大丈夫か?」
「え? うん。まぁ……オレはそこまでいい思い出はないからね」
「そっか……」
コリンナは強がりを言いながら暗い顔をする。孤児として生きていたコリンナは、確かに辛い思い出が多いのだろうが、故郷を焼かれたのだ。その景色が壊されたのだから、多少の哀愁があるのだろう。
「そうです!」
コリンナの寂しそうな横顔を見た魔王が、大きな声を出した。
「お葬式をしましょう!」
「お葬式??」
コリンナが不思議そうな顔で魔王を見るので、魔王は姫騎士に質問する。
「亡くなった方のお葬式はしたのですか?」
「いや……花を手向けただけだ。戦争が終わってからやる予定だと聞いていたのだが……」
「でしたら、やりましょう! 数日ここに滞在するのですよね?」
「……そうだな。できるだけ死者を弔おう」
それから町を占拠した姫騎士軍は、外壁や門、使えそうな家を整備しつつ、死者の捜索を開始する。本来、ここでの目的は、軍の拠点作りと、長い進軍に疲れた兵士への休息であった。
兵士達は疲れているのにも関わらず、嫌がる事もなく、死者と思われる骨を丁重に集める。そうして二日後、集まった骨を町の外に作った大きな穴に埋葬し、慰霊碑を建てる。
慰霊碑の前には多くの人族兵が集まり、知人が亡くなったと聞いていた者からは、すすり泣く声が聞こえて来た。
その中を姫騎士が真っ直ぐ慰霊碑に歩き、黙祷を捧げる。
しばしこの場を静寂が包み込み、皆に悲しみが込み上げる……
黙祷を終えた姫騎士は振り返り、音声拡張マジックアイテムを使って語り掛ける。
『皆の者……多くの死者を埋葬してくれて、ご苦労であった。父上がこれほどの死者を出していたとは、この目で見ても信じられない。いや……これは止められなかった私の罪だ』
姫騎士は目に涙を溜めながら語り続ける。
『この罪を背負って、私は父上を……皇帝を討ち取ろうぞ! そして私が帝国を変えてやる! 皆の者、死ぬまでついて来てくれ~~~!!』
「「「「「おおおお!!」」」」」
姫騎士の叫びに、兵士はいつまでも呼応し続ける。その傍らでは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたコリンナを抱き締める勇者と、その光景に涙する魔王の姿があった。
今日は兵士に酒が振る舞われ、最初は死者を悼み、静かに飲んでいた兵士だったが、姫騎士が女王となった姿を思い描いた兵士は笑顔になる。
こうして人界に到着した姫騎士軍は、未来に希望を抱きながら眠りに就くのであった。
その深夜……
慰霊碑の前に座る男の姿があった。男は酒瓶を片手に慰霊碑を眺め、物思いに耽っていた。
男が座り込んで長く時間が過ぎた頃、一人の女が歩み寄り、声を掛ける。
「あに……お兄ちゃん……」
「サシャか……」
勇者に声を掛けた人物は、胸に詰め物をして魔王の振りをしているサシャ。最愛の妹が近付いて来たにも関わらず、勇者は一目見ただけで、慰霊碑に目を戻す。
「どうし、たのですか?」
サシャは勇者の反応に不思議に思い、口調に気を付けて質問する。
「……少し昔を思い出してな」
「昔ですか?」
「俺達が助けられなかった町だ。その町も、ここと同じく全ての人が亡くなったんだ」
「あの町……」
サシャも慰霊碑に来た理由は同じ理由だったので、勇者に聞こえない声量で小さく呟く。
そして、勇者と同じく、元の世界での出来事を振り返るのであった。