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サシャにお願い事をした姫騎士は砦内に戻り、会議室にて食事と会議を執り行う。
「魔王殿……さっきは助かったしぃ。サンキューだしぃ!」
「「「「「……へ?」」」」」
皆、唖然、茫然、口あんぐり。お堅い姫騎士がサシャに教えられた口調で話すものだから、そりゃそうなるよ。
姫騎士も顔が真っ赤なところを見ると、恥ずかしいのであろう。恥ずかしいならやらなきゃいいのに……
「姫騎士……頭でも打った?」
テレージアにまで心配されてしまった姫騎士は、ズーンと気を落とす。
「なんだかサシャみたいな喋り方だな~」
「お兄ちゃん! 私はそんな喋り方しませんよ」
「いや、妹の……プシュー」
勇者が妹を思い出した矢先、魔王は抱きついて意識を奪う。サシャの事を知られたくないのは、全員一致の答えなので、暗殺したようだ。
「姫騎士さん。サシャ様の事を思い出させると、お兄ちゃんが……」
「あ、ああ。すまない。先ほどサシャ殿と話をしていて硬いと言われてしまってな。だから砕けて喋ってみたのだが……」
「碎けすぎよ。どうせマネするなら、この妖精女王テレージア様にしなさい!」
「あ、ああ。それで、先ほどは助かった」
「マネしなさいよ! ムグッ」
テレージアがムキーとなったところで、魔王は捕まえて胸に仕舞う。皆、そのふくよかな物をガン見しながら話は続く。
「もういいですよ。それに、きっとこれからは、死者を減らすような戦い方をしてくれるでしょう?」
「ああ。敵であっても、我が国民である事は忘れない! ……まぁ魔王殿に人命を救えと言われるのは微妙だがな」
「なんでですか~」
魔王だからだ。頬を膨らませてかわいくぷりぷりしているけど、人族からしたら恐怖の対象なんだからな。
今度は魔王を宥めて、ようやく本題に入る。
「勇者殿が寝ているからちょうどいいから話すが、サシャ殿とはしばし別行動になる」
「別行動ですか?」
「兄様が向かった死の山を調査してくれる事となった。ひとまずこちらは調査待ちだが、このまま帝都に攻め込もうと思う」
姫騎士の説明に、コリンナが手を上げて発言する。
「長兄って、いっぱい軍隊を連れて出掛けたのよね? ここは一本道だし、挟み撃ちにあわない?」
「確かにその懸念はあるが、四万もの兵が移動しているのだ。必ず誰かが気付くし、死の山に向かったというのなら、時間的猶予があるだろう」
「でも、魔界に向かったら?」
「あれだけサシャ殿に脅されたんだ。そうそう攻めようとは思わないだろう。それに、一度戻らない事には兵糧も心許ないしな」
「なるほど……」
「では、明日に出発する事にする」
皆の賛成の声を聞いて、各自解散。各々の寝床に向かうが、勇者はおいてけぼり。そのまま朝を迎えて進軍となった。
* * * * * * * * *
その日サシャは空を飛び、南へと向かう。
「うわ~! なんで俺まで~!!」
嫌がるヨハンネスと共に……
「だって、一人だと暇っしょ?」
「それならば兄と行けばいいんだ!」
「あんな気持ち悪い奴と一緒に居れるわけないしぃ!!」
それから小一時間、サシャの勇者批判を聞かされ、ヨハンネスはぐったり。勇者の気持ち悪さは重々理解したが、サシャは飛びながら荒れるので、飛行もめちゃくちゃとなって、物理的にも気持ち悪くなった。
「だから兄貴は……」
「も、もうわかった! 飛行に集中してくれ~!!」
まだ愚痴を話そうとするサシャに泣き付き、ようやく安定して飛行する。勇者は妹愛で何時間でも話せるらしいが、サシャは愚痴で何時間でも話せるようだ。
案外、似た者兄妹のようだ……
「なんだしぃぃ!」
「??」
突然、サシャが叫ぶが気にしない。きっとヨハンネスの不穏な考えが伝わったのであろう。
そうして死の山が近付くと、森が切れた岩場に降り立つ。
「アレが死の山……」
「あ、前回は寝てたから見てなかったしぃ。あの時も空から見えてたしぃ」
息を呑むヨハンネスに、あっけらかんと応えるサシャ。
「言い伝えでは、死の山は命を吸い取られると聞いているのだが、大丈夫なのか?」
「ドレイン系の魔法がウチに来たら、結界にブロックされて気付くんだけど、それもないしぃ」
「結界? それって、俺は掛かってないんだよな?」
「当然だしぃ。モルモットで連れて来たんだしぃ!」
「なっ……」
サシャがヨハンネスを連れて来たのは、お喋りの相手だけではなく、実験動物にするためだったらしい。かわいそうなヨハンネス。愚痴を散々聞かされて、そのようなぶっちゃけ話を聞かせれたからには、怒りをぶつけたくもなる。
だが、相手は最強の一角のガキ大将。いや、勇者だ。文句を言ったら逆ギレされるのがオチ。ヨハンネスはグッと我慢するのであった。
「じゃあ、伝承が間違っていたのか?」
「さあね~。でも、あながち間違いじゃないんじゃね?」
「アレは……」
ヨハンネスはサシャの指差す物に駆け寄る。
「帝国兵……」
ヨハンネスの目の前には、鎧を付けた上半身しかないミイラが横たわっていたのであった。