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勇者サシャの暴力支配から解放されたエルメンヒルデは、やりたい放題した後、勇者の頭を膝に乗せて撫でていた。しばらくして目覚めた勇者は、エルメンヒルデに驚いて、愛する妹の元へ走って行った。
「サシャ~。サシャ~~~!」
魔王の後ろ姿を見付けた勇者は、大声で駆け寄る。
「な、なんだし……何か用ですか?」
いや、本物のサシャだった。サシャはいつものように返事をしようとしたが、咄嗟に止められたようだ。
「今日もかわいいな~」
「は、はあ……」
サシャはいつも言われていた事なので空返事するが、内心は……
(気持ち悪いしぃ! てか、バカ兄貴は魔王にまで同じ事を言ってんのかよ。顔が一緒なら誰でもいいってこと?)
相変わらず気持ち悪がっているが、若干、嫉妬……
(痒い! 痒いしぃぃ!!)
いや、痒みに耐えていた。
「そ、それだけですか?」
「まだまだ言いたい事がある! きっと明日も明後日もかわいいんだろな~」
「……あ! ドラゴンだしぃ!!」
「え?」
サシャは強引に話を変えるために、嘘をついて空を指差す。そんな苦し紛れの嘘に勇者は引っ掛かり、空を見上げる。
「ドラゴンなんて居ないじゃないか。サシャはお茶目でかわいいな~……あれ? サシャ??」
当然、話を変えただけでなく、転移魔法で逃げた。勇者は突然消えたサシャを、鼻をひくひくさせて追い掛ける。
しばらく走ると、建物から出て来たサシャを発見したようだ。
「サシャ~~~!」
「あ、お兄ちゃん。ちょうどよかったです」
今回のサシャは魔王だったようだ。
「ちょうどよかった? さっき話していた時には、そんなこと一言も言ってなかったけど……」
「あ……あはは。忘れていました~」
「サシャはおっちょこちょいさんだな~」
魔王は、サシャが勇者と会っていた事に気付いたのでごまかすが、おっちょこちょいなのは勇者のほうだ。いまだに妹がそばに居る事に気付いてないのだからな。
「でも、さっきの場所からけっこう離れていた気がするんだが……」
「そんな事より、会議を始めるのでお兄ちゃんも出席してください!」
「え……あ、ああ」
勇者は少し感付いたようだが魔王に背中を押され、だらしない顔で建物の中に入る。そうして会議室に通され、席に着いた。
会議出席者は魔族から、魔王、四天王(お昼寝中のフリーデ除く)。人族からは、勇者、姫騎士、ベティーナ、ヨハンネス、コリンナだ。
このメンバーで会議が始ま……
「ちょっと~。仲間はずれにしないでよね~」
たいして関係ないテレージアも加わり、会議が始まる。
議長は姫騎士。姫騎士の挨拶から始まった。
「さて……こんなに大所帯で、一週間も町に滞在してしまった。魔族にも迷惑を掛けるわけにはいかないし、そろそろ出陣しようと思う」
会議の内容は、姫騎士軍の人界征服の話し合いだ。現在、姫騎士軍は四万人ほどいるので、魔族の負担になっていると考えているみたいだ。
「そんな事は思っていませんよ。それより、ずっとテント生活をさせて申し訳ありません」
「魔王殿ならそう言ってくれると思っていたが、甘えてばかりいるわけにはいかない。と言っても、援助してもらえないと戦う事は難しいのだがな」
「魔界の平和のためには、人界の平和が不可欠です。そのための援助は惜しみませんよ」
「ありがとう。では、先だってドアーフから届いたソードと食糧を持って、二日後に出立する。残して行く人族兵は、しばらく預かっていてくれ。いざとなれば、兵士として使ってくれたらいい」
姫騎士の魔族への要求が終わると、魔王が手を上げる。
「私もついて行きます!」
「魔王殿がか?」
「私、手伝うって言いましたよね?」
「物資で手伝ってもらっているのだから十分だ。それに魔王殿の手を、これ以上汚すわけにもいかない」
「私は負傷者の手当てにあたりますので大丈夫ですよ。それにお兄ちゃんが守ってくれます。ね?」
「おう!」
魔王に同調を求められた勇者は気持ち悪い顔で返事し、そのまま魔王を見つめ続ける。
「勇者殿が来てくれたら百人力だな。それに魔王殿が治療してくれると聞いたら、兵も喜ぶだろう。だが、二人を戦地に連れて行く事は、四天王の方々は了承してくれるか?」
「魔界の平和のために、いいですよね!」
「「「は、はあ……」」」
四天王は反対のようだが、いい笑顔の魔王に負けて許可してしまったみたいだ。そんな中、聞いてもいないのに、テレージアも手を上げる。
「この妖精女王もついて行ってやろうじゃない!」
「ん? あ、ああ。よろしく頼む……」
「何よそのテンション! さっきみたいに嬉しそうにしなさいよ~」
ムキーとなるテレージアを適当にあしらっていると、コリンナもついて行くと言い出し、姫騎士は渋々許可を出す。
進軍するこの場に居る者が決まると、魔王が懸念材料を姫騎士に質問する。
「ところで、あの方はついて来るのでしょうか?」
「いや……あの方を戦争に参加させるのは気が引けるから、声は掛けないつもりだ」
「そうですね。お兄ちゃんが居ればなんとかなりますよね!」
「あの方って?」
「あの方は……エルフの最長老様です。魔法が得意なんですけどね~」
「そうそう。もったいないな~」
二人の腫れ物に触るような言い方を不思議に思った勇者は質問するが、はぐらかされてしまったようだ。
そうして会議を締めた姫騎士は、予定通り二日後、進軍するのであった。