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長兄率いる人族軍を、サシャが追い返して一週間……
「ほれ。疲れただろ? 休憩さするだ~」
「んだんだ。よく働いただ~」
「すかし、人族も鍬を振るのが上手いんだな~」
「魔族どんも、腰が入っていて上手いだ~」
「やめれ~。こっぱずかしくなるだ~」
「そっちが先に言い出したんだべ」
「そうだったか」
「「がっはっはっは」」
魔族兵と人族兵は共に畑を耕し、馴れ合っていた。しかも、この様なやり取りがそこかしこで行われている。
魔界に残った人族兵は、ほとんどが無理矢理召集された農夫で、魔界に滞在する間、農作業を手伝うように姫騎士から指示をされている。
元農夫だけあって農作業に慣れているので、土を触ると故郷を思い出し、楽しくなって農作業に打ち込み始めた。
それを見た魔族兵も負けじと鍬を振り、共に汗を流している内にどんどん親睦を深めて行ったのであった。
その姿をボーっと見ている者がいる。勇者とテレージアだ。
「町の外まで畑が広がったな~」
「中でも広かったのに、何をしてるんだか……」
「「はぁ……」」
心ここに在らずで喋る、勇者とテレージア。勇者は魔王達が冷たくてため息を吐き、テレージアは楽しくなっていたハーレム展開が見れなくなって、ため息を吐く。
「なあ?」
「なによ?」
「最近、サシャだけでなく、姫騎士もコリンナも俺を避けるんだ。何か知らないか?」
「さあ? 嫌われてるんじゃない?」
「そうなのか!?」
テレージアは、勇者サシャに口止めされているので理由を語らない。そのせいで、勇者はズーンと気落ちする。テレージアもからかいたいけど、いまいちテンションが上がらないようだ。
そうして二人で落ち込んだまま畑仕事を見ていると、エルフの長代理、エルメンヒルデが勇者を発見して駆け寄って来た。
「勇者様。ごきげんよう」
「ん? ああ」
エルメンヒルデの挨拶に、気の抜けた返事をする勇者。
「あら? 元気がありませんですわね」
「そうかな?」
「ほら。全然元気がありませんですわ」
「エルメン。ほっといてあげなさい」
勇者を心配するエルメンヒルデを、テレージアは面倒くさそうに止める。
「テレージアさんには聞いておりませんわ。ささ、勇者様。わたくしといい事をしましょう。そうしたら、元気になりますわ」
「ちょ、ちょっと待て! な、何をする気だ?」
「エルメン。やめなさい」
「ですから、テレージアさんには関係ありませんことよ!」
「あたしは忠告したからね」
「??」
エルメンヒルデが勇者を立たせようと胸を押し当てて腕を組むと、テレージアはまた、面倒くさそうに呟く。
すると、いつの間に現れたのか、巨乳の魔王が隣に立っていた。
「サシャだ~!」
「魔王様!?」
「ほら出た……」
勇者は喜びの声を出して巨乳の魔王に近付き、エルメンヒルデは驚いた声をあげ、テレージアは予期していたのか、面倒くさそうに声を出す。
「お兄ちゃ~ん」
「プシューーー!」
そうして巨乳の魔王に抱きつかれた勇者は、思考停止して倒れるのであった。テレージアからしたら、いつもの光景。嬉しそうな素振りも見せない。
「勇者様! ああ。おいたわしや……」
勇者に駆け寄るエルメンヒルデを、巨乳の魔王は刀を抜いて止める。
「兄貴に近付くなしぃ!」
「えっ……まさか……サシャ様!?」
巨乳の魔王の正体は、転移魔法で飛んで来たサシャであった。サシャの顔を見たエルメンヒルデは噂を聞いていたのか、後退る事となった。
そうしてサシャは、エルメンヒルデに怒りをぶつける。
「うぅぅ……痒いしぃ! 兄貴アレルギーだしぃぃぃ!!」
いや、勇者に抱きついた事によって、身体中を掻きむしる。それを見ていたテレージアは注意する。
「どうでもいいけど、ズレてるわよ」
もちろん、身体中を掻きむしるものだから、無い胸に詰め物をしていたサシャの胸は大きく下にズレた。
「あ! まただしぃ」
「そんなの付けなきゃいいじゃない」
「これが無いと、兄貴にバレるしぃ!」
「バレたくなければ、部屋で大人しくしてれば? 毎度毎度、現れるなんていい迷惑よ」
「はぁ!? 兄貴の味方するつもり!!」
「味方じゃないわよ。そんなに嫌なら見なきゃいいのよ。そっちのほうが、心穏やかに過ごせるでしょ? それなのにどうやって聞き耳立ててるか知らないけど、事ある事に飛んで来るなんて、サシャは勇者のストーカーなの?」
「なっ……」
冷静に語るテレージアの言い分に、サシャは言葉を無くす。
「みんなサシャの暴力支配に、こりごりなのよ。いい加減やめてくんない?」
「暴力なんて振るってないしぃ……」
「その抜いた剣は何よ?」
「こ、これは……」
「暴力よね? 魔界に住む住人は、みんな暴力が嫌いなんだから、ちょっとは自重しなさい。サシャは勇者でしょ」
「は、はい……」
ちびっこ妖精女王テレージアに、いいように言われたサシャは元気を無くし、トボトボと帰って行くのであった。
テレージアは、危険を承知で魔族のため、説教をしたのであろう。
「うっしゃ~! 言いくるめてやったわ。もうストレスで爆発しそうだったのよね~」
いや、自分のためにやっていたみたいだ。これには、少し見直したと思っていたエルメンヒルデも、元の軽蔑した目に変わった。
「テレージアさん……」
「何よ?」
「魔族のためじゃなかったのですね……」
「そんなのどっちでもいいじゃない。もうサシャは止めに来なくなったんだから、勇者を好きなようにできるわよ」
「あ……」
エルメンヒルデは恐る恐る勇者の顔に触れ、頬をつつき、手を胸に当てる。
「本当ですね!」
「う、うん。案外あんたも度胸あるわね」
自分で勇者に胸を揉ませるエルメンヒルデに、テレージアはたじたじ。恥じらいの欠片も見せないエルメンヒルデは、テレージアの好みではなかったようだ。