010
「えっと……次は潜入場所ですね。どこがいいですか?」
人族に奪われた町への潜入は勇者と魔王が行う事に決まり、次の議題に移る。すると、魔王の質問に地図を指差し、スベンが答える。
「北の山を越えて、キャサリの街に入るのが一番安全かと……」
「あの険しい山をですか。ミニンギーの町は平地を通るルートですから、馬車で移動すれば楽なので、こっちの方がありがたいのですが……」
「そちらは両軍の兵が多く集まっているので、潜入は難しいと思います。それに馬車は、必要最低限しか残っていないので使えません」
「そうでした……じゃあ、湖を進むのはどうですか? 水竜のヒルデちゃんに乗せてもらえば、楽にウーメラの町に入れます!」
「それは私も考えましたが、ヒルデさんは湖全般を見張ってくれているので、これ以上仕事を増やすのは、見張りに穴が出来て得策ではありません」
「久し振りに乗りたいのですが……」
「遊びに行くのではないですよ? それにヒルデさんは大きいですから、ウーメラの町に急に現れたら警戒されて帰りに使えなくなります」
「そうですか……」
「不測の事態が起きた時には動けるように頼んでおきますので、山越ルートでお願いします」
「……わかりました」
魔王は潜入する事はいいのだが、どうやらしんどい思いをするのが嫌みたいだ。それを聞いていた勇者は……
「しゅんとするサシャもかわいいな~」
ダラしない顔で魔王を見ていた。
「お兄ちゃん! ちゃんと聞いていましたか!?」
「あ、ああ。山越えだろ? しかしなんだ。人族はどうして、一番端の山側の町まで占拠しているんだ? ミニンギーの町から西に進軍すれば、魔都まで近いんだから、すぐに攻められたんじゃないのか?」
勇者は意外としっかり聞いていたようなので、スベンに質問をする。
「人族の事情はわかりませんが、最初に落とされたのが、キャサリの町だったのです。憶測ですが、森の北側が進軍に適していたのでしょう」
「じゃあ、パンパリーの町から進めないのなら、湖を船で渡って攻めて来ないのか?」
「何度か船で攻めようとしたみたいですが、水竜のヒルデさんが波を起こして押し返してくれたので、諦めたようです」
「なるほど。だから湖を大きく回るルートをとるしかないのか」
「こちらからしたら、幸運でした。おかげで考える余裕が生まれて、パンパリーの町に大量に魔族を配置できましたからね」
「戦えないのにか?」
「人数は武器になるはずです。何倍も人数が違えば、迂闊には手が出せないはずです」
「確かに……」
勇者の質問が終わると、魔王が会議を締める。
「では、明日に決行しますので、準備に取り掛かりましょう」
「「「はっ!」」」
四天王の三人は旅に必要になる物を話し合いながらリビングから出て行き、テレージアは部屋に戻ると言うので、寝ているフリーデも部屋に連れて行ってくれと魔王は頼む。
残されたのは勇者と魔王。勇者は魔王をいやらしい目でずっと見ているので、魔王はその目に耐えられなくなり、魔都を案内すると言って外に連れ出す。
「昨日も思ったんだけど、のどかな田舎町だな」
畑の広がる土地を見て、勇者は呟く。
「え……ここが一番栄えている町ですよ?」
「そうなのか? それにしては家も少ないし、畑ばかりだ」
「これでも大都会なんです~」
「大都会……」
「もう!」
魔王は拗ねて、頬を膨らませる。その姿を見た勇者は……
「尊い……」
気持ち悪い顔で魔王を見ていた。
勇者が気持ち悪い顔で歩いていると、魔王に挨拶して来る住人の姿が目に入る。
「なあ? さっきの豚鼻の農夫の種族はなんだ?」
「オークさんです」
「じゃあ、肌が少し緑色をしていたのは?」
「ゴブリンさんですね」
「向こうで鍬を振っている農夫もゴブリン?」
「あの人は体が大きいから、トロールさんですよ」
「俺の世界では危険な魔物だったのに、本当に人族と変わらないんだな」
「そんなに危険だったのですか?」
「ああ。どの魔物も村や町を襲い、人を殺し、女は犯されていた」
「ひどい……」
魔王は勇者の話に、顔を曇らせる。
「ここでは、そんな事はないんだろ?」
「はい。そんな事例、この魔界にはありません」
「泥棒もいないのか?」
「千年前の勇者様の時代にはあったらしいですが、それ以降は数件あったぐらいですかね? 私が生まれてからは聞いた事がありません」
「本当に平和なんだな。人族どうしでも、毎年そこそこあるのに」
「人族どうしなのに、いがみ合っているのですか?」
「そうだ。食べ物に困れば盗むし、僅な金の為に人を殺したりもする」
「人族って、野蛮なのですね……」
「あはははは」
突然笑った勇者に、魔王は馬鹿にされたのかと、頬を脹らませる。
「どうして笑うのですか~」
「魔王に野蛮と言われる日が来るとは思わなかったんだ。俺の世界では、世界を滅ぼそうとする邪悪な存在だったからな」
「そんな事をして、みなさん楽しく暮らせるのですか?」
「さあな。魔王が倒れる前に、聞いておけばよかったよ」
「あ、お兄ちゃんは異世界の魔王さんと会ったのですよね。強かったのですか?」
「ああ。凄い魔法に強靭な肉体を持っていた。サシャの城なら、百個ぐらい簡単に吹き飛ばせるぞ」
魔王は驚いているが、ここの魔王の住む魔王城はログハウス。その程度なら百個じゃ効かないだろう。
「うそ……そんな化け物に、どうやったら勝てるのですか?」
「そこは妹の華麗な魔法と美しい剣舞で倒したんだ。みんなにも自慢の妹の勇姿を見せてやりたかったな~」
「ふ~ん……ところでお兄ちゃんは、その戦いで何をしていたのですか?」
「ずっとサシャの戦いを目に焼き付けていた!」
「そ、そうなんですか~」
妹の姿を思い出してうっとりする勇者に、魔王は質問をする気力を無くした。「最終決戦に何してるの?」と言いたかったのだが、言う気も無くしたみたいだ。
そんなこんなで魔都の案内を済ませた二人は、魔王城と呼ばれるログハウスに戻るのであった。