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長兄率いる人族軍を追い返したサシャは、キャサリの街へ戻り、先ほどのやり取りを姫騎士に伝える。
「わかった。私が行って、兵士の混乱を抑えて来よう」
「ちょい待ち。ウチもついて行くしぃ」
「何故だ?」
「ライナーの刺客がまざっているかもしんないしぃ。護衛してやるしぃ」
「……サシャ殿も魔王殿と同じく優しいのだな」
「そんなんじゃないしぃ!」
姫騎士の言葉にサシャは照れてプイっと目を逸らす。姫騎士はひとまずレオンとミヒェルに人族の受け入れ体勢を整えるようにお願いし、東に走り出す。
だが、サシャに遅いと言われ、空中浮遊魔法を勝手に掛けられて怖い思いをする事となった。
そうして悲鳴をあげながら人族兵の元へ到着すると、姫騎士は呆けている場合ではなくなり、咳払いしてから声を掛ける。
「ゴホン……。諸君! 諸君らは現在何が起こっているのか理解できていない者も居ると思う。なので簡潔に言おう」
姫騎士は深く息を吸って大きな声で宣言する。
「私は父である皇帝を討ち、女王となって帝国を……いや、人界に平和と安寧を約束しよう! 私の剣となり、ついて来てくれ!!」
「「「「………」」」」
「「「お、おお……」」」
「「「「「おおおおお!!」」」」」
姫騎士の決起を聞いた人族兵はしばらくの沈黙の後、まばらに声を出し、その声は徐々にまとまり、大きな声となった。
こうして姫騎士は三万の兵を手に入れ、キャサリの町に戻るのであった。
キャサリの町では荷車に乗った魔王に、ミヒェルとレオンが事の顛末を説明し、勇者から引き離そうとしていた。
「魔王様~。とりあえず離れてくれだ~」
「そうだぞ。勇者様にずっと抱きついている場合じゃないんだ」
「ミヒェルさんやレオンさんまで!? どうしてそんな事を言うんですか~。わ~~~ん」
魔王は子供の様に泣き出してしまい、二人のおっさんはどうしていいかわからなくなる。
そうしていると、スベンも心配そうに駆けつけて来た。そこで事情を聞いたスベンも説得に加わったが、暖簾に腕押し。
三万の人族兵の受け入れも迫っているので、結局、諦めて魔王と勇者を役場の一室に隔離する。
お目付け役でフリーデを添い寝させたが、頼んでいないテレージアまでフゴフゴ言いながら残った。きっとラッキースケベでも期待しているのであろう。
そうして四天王の三人は人員を使い、炊き出しの準備、食糧の追加の発注、その他必要物資を各町から届けさせる手配をし、慌ただしく動く事となった。
一方その頃、キャサリの町に着いた姫騎士もせわしなく動き、野営の準備に取り掛かる。
さすがに三万の兵を全て町に入れる事は出来ないので野営にしたのだが、隊長クラスはほとんど長兄と帰って行ったのでまとまりに欠ける。
そこで、姫騎士私兵とすでに寝返って姫騎士側についた兵を使って事の収拾にあたる。そうして慌ただしく動いていると、サシャが一人の男の襟首を掴んで飛んで来た。
サシャはドサリと姫騎士の前に投げ捨てるので、姫騎士はマジマジと顔を見て確認する。
「ヨハンネスか?」
男の正体は、皇族親戚筋のヨハンネス。姫騎士も面識があったようなので気付いたみたいだ。
「こいつ、絶対スパイだしぃ……」
「だから違うと言っているだろう!」
サシャはヨハンネスを見付けるや否や問い詰めたが、いくら話してもサシャのお眼鏡に叶う返事をしなかったので、姫騎士の元へ連行して来たようだ。
「スパイ? どう言う事だ?」
「ヨハンはウチのお目付け役だったしぃ。だからライナーに言われて残ったんだしぃ」
「そうなのか?」
「違います! 私は……」
どうやら、ヨハンネスは長兄の目を盗んで自発的に魔界に来たと説明しているのだが、いくら説明してもサシャは聞いてくれなかったとのこと。
その説明では、サシャと長兄の会話を聞き、帝国のやり方に疑念を抱いて姫騎士の話を聞いてみたくなったようだ。
「なるほどな……しかし、話とはどう言うことだ?」
「サシャが帝都で下級街の民に活気をつけていました。私はその笑顔を見れるのならばと残りました。クリスティアーネ殿下は、民を笑顔にする事が出来るのでしょうか?」
「出来ると言いたいところだが、正直、時間が掛かるだろう」
「そうですか……」
「だが、私が目指すものはそれだ。どれだけ時間が掛かろうとも、成し遂げるつもりだ」
「殿下……」
姫騎士は力強く理想を述べると立ち上がる。すると、姫騎士の言葉に感銘を受けたヨハンネスは、姫騎士の前に跪き、剣を差し出す。
「私、ヨハンネスはクリスティアーネ殿下の剣となり、永遠の忠誠を誓います」
ヨハンネスの剣を、姫騎士は受け取……
「だから~。ウチは疑ってるんだしぃ。いい話っぽくまとめないでくれる~?」
それから姫騎士とヨハンネスは、サシャを必死で説得し、滞在を許可されるのであった。ただし、それなりの誓約を付けてだったが……