裏話 『レックの前世』
智瀬王盛、まぁ詰まる所俺のことなんだが、俺は至って普通の高校二年生だ。
軽く俺の普通さを説明しようか。
まず、俺は都内のとある都立高校に通っている。
偏差値は72とかだったっけな、普通すぎて覚えてないや。
俺の所属する野球部では、二年生ながらエースで四番を任されている。
正直、普通な俺には荷が重いけど、頼まれたら断れないのが普通な俺なんだよね。
まぁ予選ではベスト32くらいの弱小校だから、結局普通だけど。
そして家族構成は一男四女、姉と妹が二人ずつ、まぁ一般的な家族構成。
父親は社長をやっている。
年商は確か、20億ちょっとだったっけ……?
まぁ、中小企業の社長だから、掃いて捨てるほどいるだろうし、普通の父親だよ。
母親は昔、アイドルをやっていたらしい。
年間CM起用社数では何回もトップをとっていたとかなんとか。
まぁ、引退した今となっては普通の母親だけど。
姉も妹もかなり整った顔立ちをしているんだけど、俺だけ普通っていうのが如何にも普通らしい。
あとはまぁ、朝起きると毎日違う姉妹が俺の胸の中にいるっていうのは悩みどころだな。
こんな風に。
「おーくん、おはよぅ」
「おはよ」
ふむ、今日は二つ上の姉であり、長女の一姫みたいだな。
何が困るってさ、俺も男なわけよ。
いや、別に姉に対して何か感じるとか、興奮するとか、そういうのはまったくない、断じて。
でもさ、
「あー、おーくん、なんかかたいモノがお腹に当たってるよ〜?」
「生理現象だ!」
男の寝起きにベッドに潜り込んだんだから、そうなるのは自明だろうが。
「お、お姉ちゃんはね、か、家族だからダメだとか、一般的にはそうなのかも知れないけど、おーくんなら……いいよ?」
「照れんな!くねくねすな!そして良くない!っていうか一姫に反応してこうなったわけじゃないから!」
「また〜、照れなくてもいいんだよ〜?」
「頬を突くな!もういい!起きるぞ!」
俺は立ち上がって一姫をベッドから引き起こす。
と、階下から声が聞こえる。
「お兄ちゃん!ご飯出来てるから早く降りてきて!一姫ねぇも早く!」
この声は、優姫だな。
俺たち兄弟の三女で、一つ下の妹なんだが、恐らく一番しっかりしている。
こうやって、両親が旅行に行っているときはご飯を作ったり家事をしたり、とんでもなく真面目だ。
「分かった!ほら、一姫行くぞ」
「抱っこ〜」
「…………」
「ちょ、おーくん!置いていかないでよ!」
「大学生にもなって抱っこはないだろ……」
一姫を無視し、階段を降りてリビングに行くと、一つ上の姉、次女の姫乃が先に朝食をとっていた。
「おせぇよ王盛」
「ごめん、一姫が厄介で」
「ちょっとおーくん!?なんか今日扱いが酷いよ!」
俺と一姫も席に着くと、キッチンから来た優姫も朝食を食べ始める。
「美姫、遅ぇな」
「そうだね。お兄ちゃん、呼んできてくれない?」
「はいよ」
姫乃が呟くと、優姫が俺に頼んでくる。
美姫は四女で二つ下の妹だ。
階段を上がって、美姫の部屋をノックするが、返事がないので突入。
「美姫、起きてるか?」
「んにゃ……にぃ、抱っこ……」
「はいはい」
まだ眠そうな美姫を抱え上げて、一階へ向かう。
と、一姫が騒ぎ出す。
「え!?おーくん、お姉ちゃんは抱っこしてくれなかったじゃん!」
「一姫ねぇ、わたしの勝ち……」
「きーーーーっ!悔しいっ!」
リアルでハンカチ噛んで悔しがるやつ初めて見たよ、俺は。
「うるせぇぞ一姫!」
姫乃がドスの効いた声で睨みつける。
「ひぃっ!ご、ごめんね、姫乃ちゃん、そんなに怒らないで?」
「そ、そんなに怖がんなよ。……その、うちもちょっと言い過ぎたし……」
一姫が怖がるのを見て、姫乃が動揺している。
「ちょっとみんな!いいからご飯食べちゃって!」
「にぃ、あーん」
「あ、ずるい!お姉ちゃんも!」
まぁ、ちょっと騒がしいけど、普通の家庭だ。
今日は俺の彼女の夏樹姫とデートだ。
中三の時、俺が告白されてからまだ二年しか付き合ってないけど、まぁ普通のカップルだよ。
「あれ、姫、早いな。まだ待ち合わせまで一時間もあるのに」
「うん!早く王盛に会いたくって!」
「そ、そう?嬉しいよ」
「早くいこ!時間なくなっちゃうよ!」
姫が俺の手をとって笑顔で歩き出す。
うん、今日も姫は可愛いな。
ちなみに姫は、デートの時必ずマスクをしている。
読者モデル?というのをやっているらしくて、その界隈ではかなり有名ならしい。
俺は姫が載っている雑誌は必ず買うようにしてるけど、他の人には興味がないのでどのくらい凄いのかはよく分からない。
以前、街でマスクを外したら身動きが取れなくなったけど、そんなにすごいのかな……?
本当は外して欲しいんだけど、仕方がない。
「楽しかったな〜」
今は0時前、デートが終わって、駅から姫の家まで一緒に帰っている。
買い物して、ご飯を食べて、映画を見て、休憩して、姫はもうマスクは着けていない。
至って普通のデートだったけど、本当に楽しかった。
「次どうする?再来週とか空いてるよ」
「そうだな……もしかしたら部活があるかも」
「そっか〜。……ね、王盛」
姫がくるっと回って、俺の前に立って目を合わせながら歩く。
「どうした?」
「好きだよ」
「〜〜っ!」
姫はいつもこんな感じで、平気で好きとか言ってくる。
俺としてはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、やっぱり恥ずかしくて、どうしても照れてしまう。
「あ、ありがとう」
「ね、王盛は?……王盛はわたしのこと、好き?」
顔が熱くて、顔を背けてしまった。
言葉が出てこないので、姫の質問に無言で頷く。
「よろしい!ま、本当はちゃんと言って欲しいんだけどね」
「ごめん……」
「まぁ、ちゃんと王盛がわたしのこと好きっていうのは分かってるんだよ?最初の方なんかは恥ずかしげもなくわたしのこと好きって言ってたのが、去年くらいには、好きじゃねぇ!って言い出したときはびっくりしたよ」
「ま、まぁ、それはその、照れ隠しというかなんというか……」
くそ、姫の顔が直視できないし、言葉がうまく出てこなくて小声になっちゃうし……
「知ってる。でも今はわたしのこと好きすぎて照れちゃうんだもんね〜」
顔を上げて、姫のことを見る。
姫は、俺の方を見ながら後ろに向かって歩き続けている。
そして俺は、気づいた。
前が見えていない姫が、赤信号の横断歩道を渡り始めていたこと。
恐らく電気自動車であろう車がふらふらと、だが音もなく姫へと近づいてきて、止まる気配を見せないこと。
姫も、運転手も、時間帯からして油断しきっていたのだろう。
「大好きだよ」
暗闇の中、姫が笑った。
このままじゃ、姫が轢かれる。
咄嗟に身体が動いた。
そこからはよく分からないが、姫に駆け寄って、未だ車に気づいていない姫を自分の方へ引っ張った。
そして、その反動で、俺が前に出て―――
視界が赤く染まる。
熱い、身体中がとにかく熱い。
身体に力が入らない。
音がだんだん遠くなっていく。
「……ひめ」
赤く染まる視界の中で、姫が俺に何事か叫んでいる。
泣かないでくれよ、可愛い顔がぐちゃぐちゃになってるぞ。
……ああ、そうか、俺のせいか。俺が轢かれたから、泣いてくれてるのか。
今までありがとう、姫。
だんだんと薄れていき、遠ざかる意識を必死に繋ぎ止めて―――
「……だい……す、きだ」
唇に幸せな感触を感じながら、意識が途切れた―――はずだった。
次の瞬間、模様の入った見知らぬ天井を見上げていた。
レックフェルト・フォン・アレキサンドライトは、2歳の頃、前世の記憶を思い出した。