第4話 『あんたの学園生活破滅させてもいいのよ?』
「レックちゃんはこの馬車ね。私たちはレックちゃんの連れてきた人たちと話してくるから、待っててくれる?」
レリーフィートが言いながら、装飾に拘った、見た目からして高級な馬車を見る。
レックは自分への扱いが護衛に対する扱いではないと疑問を感じて、
「え、でもこの馬車…」
「いいのよぉ!ほらぁ、早く乗りなさい」
そう言って無理矢理その馬車に押し込まれたので、窓から様子を伺うと、リーズたちのもとにやって来る二人の女性。
一人は長い赤髪が目立つ、引き締まった長身を持つ美女、ルキア。
もう一人は、メイド服を着た少女、スゥ。
腰まで垂らした雪のように透明な白い髪に、白さとの対比で、より美しく見える、真っ赤な薔薇の髪飾り。
エメラルドグリーンの瞳に、白く長い睫毛。
レックと共に王都のアクアマリン邸で暮らすことになったアレキサンドライト家の従者たちだ。
「…俺も混ぜてくれても良かったのに」
そんな様子を見て、ポツリと拗ね気味にレックが呟いた。
彼女たちがリーズたちと話をして少ししたころ、話が終わったのか、それぞれの馬車へと向かうのだが、なぜかリーズが―――
「……いや、なんで俺の馬車に?」
「は?バカなの?これはあんたの馬車じゃないわよ。わたしが乗るはずだった馬車にあんたが勝手に乗ってたんじゃない。まぁでも、わたしは優しいからあんたが乗ってても気にしないわ」
「…降りようか?」
「……え?
…べ、別に?わたしとしてはあんたと同じ馬車に乗りたいわけでもないし?あんたが降りても困らないけど?で、でもその、他の馬車は人数が増えると迷惑なんじゃない?」
と、レックの正面に座るリーズが、髪の毛をいじりだす。
ぷいっと窓の外を覗くようにして、ほんの僅かに頬を染めながら早口に言う。
「まぁ……それもそうだな。じゃあ今回は、悪いけど我慢してくれ」
「…うん、我慢するわ」
心なしか嬉しそうなリーズの声が、二人きりの馬車に響いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「リリィよ」
「え?」
王都へ向かう馬車の中で、窓から流れる雄大な自然を眺めていると、リーズがぽそっと呟いた。
「さっきあんたが言ってた花の名前よ。」
「あぁ、あの花か。綺麗だったなぁ。いや、綺麗というより、可愛らしい?感じかな」
「へぇ…あんたにしては分かってるじゃない。わたしもあの花は好きよ。色んな色があるけど、どの色も素敵。」
「白だけじゃないのか。うちの屋敷では見なかったから、見てみたいな」
「……お、王都の近くにリリィの群生地があるわ。あんたはわたしの護衛で、自由に出歩けないだろうから、王都に着いたら、つ、連れて行ってあげてもいいけど」
下を向きツインテールの左を右手で梳かしながら、少しだけ恥ずかしそうにレックを誘うリーズ。
だが、
「んー、まぁ別にいいかな。王都の近くならいつでも行けるだろうし、いつか行ければいいよ」
「な…ッ!」
断られるとは思っていなかったのだろうか、リーズは驚愕で目を見開いている。
「……あんたなんかがわたしの誘いを断るなんていい度胸ね…?」
「え?り、リーズ?」
顔を真っ赤に染めたリーズがぷるぷると震えながら、プライドを傷つけられた怒りを露わにする。
と、途端にぱぁっと表情を明るくして、ニコニコと笑顔になるリーズ。
「リーズ?なんかその笑顔が怖いんだけど…?」
「いいわ…そっちがその気なら、学園に入学した直後にでも、あんたの学園生活破滅させてもいいのよ?」
「え?どういうこと?」
「あんたが10歳のときに部屋にいる巨大な蜘蛛を見て思いっきり漏らしたこととか、小さい頃、女の子の格好したりしてたこととか……まだ聞きたい?」
「ぜひ私めをリリィの群生地へと連れて行ってくださいませぇ!」
ニコニコと笑い、指を折りながら恐ろしい情報―――レックにとっての黒歴史を羅列するリーズに、訳も分からず誘いに乗り、馬車の椅子の上で見事な五体投地を披露する。
「で、でもよ。そんなに行きたかったなら、自分で勝手に行けば良かったんじゃないの?俺は嫌でも着いていかなきゃ行けないんだし…」
「―――へ?…そ、そんなことはどうでもいいでしょ!?だいたいわたしが折角誘ってあげたのに断るあんたが悪いのよ!いい?あんたの生殺与奪はわたしが握ってるんだから、わたしを怒らせたらタダじゃ済まないと思いなさい!」
「わ、わかりやした…」
まるで、そんなこと気付きもしなかったと言わんばかりに呆けた表情になるが、気を取り直したリーズが脅迫まがいの文言でレックを黙らせる。
ふん、とそのままの調子で怒ったリーズが、話題を転換する。
「それよりあんた、冒険者やってたって言ってたけど、ちゃんと学園の入学試験の勉強はしてたわよね?」
学園―――このルーティラミス王国の学校でそう略されているのは、王立レギオロス魔法学園である。
各地から優秀な生徒が集う王国最高峰の学び舎。
実態はともあれ、その内部では貴族、平民関係なく実力によって評価される。
もちろん、入学金や授業料、その他も含めて馬鹿にできない額がかかる事は間違いがないので、多少のお金がないと入ることはできないが。
その実力主義の学園の入学試験は、受験者数、試験の質、もちろん難易度も非常に高い。
そんな学園を卒業したとあれば、貴族でも箔が付き、平民ならば高給職に就く事が容易な、エリートコース真っしぐらである。
「ん?もちろん、やってたよ。移動の時間とか有効活用してな。でも、なんでこの時期に引っ越すんだ?入学試験の時に行けばいいんじゃないの?」
「そんなの王都の生活に慣れておくために決まってるじゃない。まぁ、学園に入ったら寮生活だから屋敷での生活に慣れるというより、道とか店とか、王都の雰囲気に慣れるためよ」
「でも、まだ受かるって決まったわけじゃないだろ?」
と、レックが疑問を投げかけると、リーズは少しムッとした表情になる。
「はぁ?あんたまさか落ちるつもりじゃないでしょうね。わたしの護衛ともあろう者がまさかSクラスに入れないなんて、そんな事あったらタダじゃおかないわよ。あんたの恥ずかしい過去をあることないこと言いふらしてやるわ」
「えぇ!?」
学園には、もちろんクラス分けが存在する。
Iクラス〜Fクラスの下級クラス、Eクラス〜Aクラスの上級クラス、そして特級クラスであるSクラス。
実力主義であるため、下級・上級・特級と待遇に差異が設けられており、また下級のみ校舎も違うという扱いである。
Sクラスは23名の精鋭であり、授業料が無料になる、いわゆる特待生である。
そしてその他50名の9クラスと合わせ、計473人の10クラスで一つの学年を形成する。
つまるところ、だんだんと悪戯な笑みを浮かべながらリーズがレックに叩きつけた要求は、このルーティラミス王国の同世代の子供の中で、上位23人に入れという、レックにとって無謀極まりないものであった。