後編 『あんなのがBランクなのか…』
「落ち着いたか、レック」
レックとルキアはギルド三階の応接室に案内され、ソファーに座っている。
「うん、まぁ」
あれだけの衆目の前で泣いたのは流石に恥ずかしいけど、とレックは心中でそう呟く。
「ごめんなさいね?ちょっとやり過ぎちゃったみたいで」
ユリシアが部屋の片隅でコーヒーを淹れながら、謝罪の言葉を述べる。
「いえ」
「SSSランクのお前の精神魔法に子供が耐えられるわけないだろう」
SSSランク―――冒険者を目指す者なら誰もが目指す最高の高み。
一騎当千、回天之力、そのような言葉で形容される、王国でも有数の実力者。
その一角を占め、若くしてアレキサンドライト領都のサブマスターへと成り上がった美女、ユリシア。
そんな人物の精神魔法―――多少の手心はあったにしろ―――に耐えられる子供など王国に何人いるのだろうか。
耐えられるとしたら、幼児期から脅威に晒され、幼ながらに様々な恐怖を体験し、何度も死に直面した、そんな過去を持つ人物しかいないだろう。
「だって〜、あんなに強いんだもん。彼らああ見えてもBランクよ?」
「あんなのがBランクなのか…」
はぁ、と大きなため息をつくルキア。
ユリシアがコーヒーを二人の前に置き、自らは二人の正面に腰掛ける。
「私はここのサブマスターのユリシア。さっきは面白いものを見せてくれてありがとう。よろしくね?」
「レックフェルト・フォン・アレキサンドライトです。レックと呼んでください。」
「あら?貴方が…どうりでルキアと一緒にいるわけだわ」
一瞬だけ驚いたような素振りを見せるが、すぐに納得する様子を見せるユリシア。
「で、レック君はどうしてここに?二階に行こうとしてたから登録よね?」
…ん?…二階に行こうとしてた…?
この人、最初から絡まれてたのを見てたくせに、面白いもの見たさにわざと止めなかったのか…
こういう奴は、大抵ロクなやつじゃない。
ユリシアへの評価を少しだけ下げ、一瞬だけむっとした表情になるレックだが、気を取り直し、話を続ける。
「あ、はい。訳あって実戦経験を積んでくるように、と言われまして」
「…訳って何かしら?」
子供のように楽しそうに、無邪気にニヤニヤしながら遠慮なく訪ねてくるユリシア。
「悪いがあまり詳しくは言えないぞ、ユリシア」
「へー…。もしかしたら、リーズシェリー様の護衛になるために実戦しておくのかと思ったけど、違うのかしら…?」
ユリシアがさらに悪戯っぽい笑顔になる。
「「な…!」」
驚きのあまりコーヒーを吹き出すルキアに、ユリシアがハンカチを渡す。
「なんで知ってるんですか!?」
「なんででしょう?」
レックの問いに対し、うふふ、と笑いながらはぐらかすユリシア。うーん、こう見るとかわいいんだけどなぁ。
「諦めろ、レック。こいつはこういう奴だ。…分かってはいたが、情報が早すぎるだろう…」
ユリシアのハンカチで口元を拭いながら、ルキアが言う。
ユリシアは、そうね、と少し考えてから、
「姉がレック君のお父さんの友達なのよ。」
「そうだったんですか…」
「まぁいい、とにかくこいつを登録してやってくれ」
ルキアが話を本題へと戻す。
「はーい。…えっと…」
立ち上がって机の引き出しを開き、一枚の紙を持ってきて、ペンと一緒にレックの前に提示する。
「じゃあレック君、これに色々記入しちゃって。」
「分かりました」
レックはペンを握り、年齢と性別、名前にはレックフェルト、とだけ記入する。
「じゃあ、ここに血判を押してくれる?」
ユリシアが名前の横を指差しながら、小さいナイフをレックに渡す。
「え…」
血判…だと!?
自分で指を切らなきゃいけないのか…!
訓練とかで怪我するなら兎も角だな、わざわざ痛いことはしたくないんだけど―――
レックが少し躊躇した、そんな様子を見かねて、
「貸せ」
痺れを切らしたのか、隣にいたルキアがレックの手からナイフを奪い取り、左手を掴む。
スパッ、と言う音とともに、レックの人差し指から適量の血が出る。
「いたっ!ちょっと!!」
「ほら、早く押せ」
「いきなりはないでしょ!」
「ふん、こんなことで怯むのが悪いだろう」
「まぁまぁ、じゃあ次はギルドカードね」
突然の出来事に驚き、ルキアを睨みつけるレックだが、ルキアも態度を崩さない。
まったく、とルキアに呆れながらレックが血判を紙に押すと、ユリシアがその紙を受け取り、机の引き出しから一枚のカードを取り出す。
「これがギルドカード?」
小さな長方形の白いカードに、文字と魔法陣が描かれている。
「ええ。これにも名前を書いた後、少しだけ血を付けてくれる?」
レックは言われた通りにカードに名前を記入し、血を少量つける。
すると、魔法陣がゆっくりと輝き出して、すぅ、と名前とともに消えていった。
「これでいいんですか?」
「えぇ。これでそのカードは貴方に反応して名前が出てくるようになったわ。触ってみて」
言われたように、レックはテーブルにあるカードを持ち上げる。
すると、すっ、と先程書いたレックの名前が浮き出てくる。
「おぉ!出ました!」
レックが興奮気味に報告する。
「良かったわ、これで登録完了よ。ランクとかに関する説明は必要?」
「いえ、ルキアに色々聴いてますから」
「そうよね、じゃあ頑張って、レック君。レック君ならすぐに有名になれるわよ」
「色々ありがとうございました。頑張ります」
「えぇ、頑張って。ルキアもしっかりね?」
「あぁ、ありがとう」
感謝の言葉を告げて、立ち上がる。
顔の横で小さく手を振るユリシアに見送られ、部屋を後にしたレック。
先輩冒険者のテンプレ的洗礼を軽くあしらったレックは、本当の強者からの鮮烈な洗礼を受けて、冒険者としての一歩を踏み出した。