表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

中編 『ふふ、ちょっとだけ静かにしてて?』

 


 がやがやと騒がしいテーブルの間を抜けていく。

 と、進行方向に立ち塞がる集団。


「おいおいおーい、ここはお前みたいなガキが来るとこじゃねぇんだよぉ!」

「赤ちゃんはお家に帰ってママのおっぱいでも吸ってろや!」


 酒を片手にレックに絡む男たち。

 周りにいた数人も、ゲラゲラと下品に笑う。


 異世界モノのラノベのテンプレかよ!


 レックは自らの頭の中にある前世の記憶を頼りにツッコミを入れるが、その実内心は苛立っている。

 相手にする価値もないと切り捨てて、無視してその集団を突っ切ろうとするが、


「待てやコラ」


 間を通り抜けようとしたレックの肩を掴むスキンヘッドのリーダー格の男。

 思いっきり不快感を露わにした表情で、鋭く一言だけ言い放った。

 顔は茹でダコのように真っ赤に染まっていて、側からみても酒に酔っていることは明らかである。


「…なんですか?」


 歳上に対する最低限の礼儀だけを残して応えるが、レックの口調には、どこか刺々しいものがある。

 それもそうだろう、前世の記憶があるにしてもこの12年間、貴族として生活して来たのだ。

 このような態度を取られるのも始めてなのだ。


「無視してんじゃねぇよ!死にてぇのか!あぁ?!」


 左手の男がレックを怒鳴りつける。

 激しい口調だったためか、はたまたわざとなのか、レックの顔に男の唾が飛ぶ。汚ねぇよ!

 良い歳した大人が何やってんだよ、とレックは呆れ、溜息をつく。


「…そっちこそこんなことしてないで訓練でもしたらどうですか?」


 袖で唾を拭きながら努めて冷静に返答するレック。

 と、


「てめぇ…!」


 左側にいた男が拳を握り締め、レックを殴りつけようと振りかぶり、レックの顔をめがけて拳を振るい―――


 ぶん、という音とともに拳は空を切る。

 殴りかかる一瞬の間に、レックは肩を掴んでいた手を振り払い、少し腰を屈めて、拳を避けていた。

 そして、


「正当防衛ってことで!」


 流石に我慢の限界だったレックは、腰を低くした状態から左脚を軸に回転し、右脚の蹴りを男の腹部にお見舞いする。

 ぐにゃり、と男の身体が柔軟に曲がる。

 かはっ、と男の口から空気が漏れ出る音がした。

 吹き飛んでいった男は、がしゃん、と大きな音を立てて地面へと倒れ、動かなくなる。



「な…!」


 男たちにとっては予想外の事態だったのであろう、飛んで行った男を見て、口を開けたまま立ち竦んでいる。


「まだやんのか、クズ共。捻り潰して豚のエサにしてやろうか?」


 だが、この男はすぐに調子に乗ってしまう。

 というのも、やはり前世の記憶による影響が大きいのだろう。

 前世にはなかった自らの力を過信し、相手を挑発してしまう、悪癖。

 さらにたちの悪いことに、身体能力だけで言えば、Sランク冒険者であるルキアよりも高いということを知ってしまっている。



 だが今回は、前世由来のその軽薄な性格が、仇となった。



「ぐはぁっ…!」


 ふわっ、と一瞬浮遊したと思ったら、顔から地面に激突。

 突如として背後に現れた女に、地面にねじ伏せられる。


 なんだこいつ…!身動きが取れねぇ!



「あらあらまぁまぁ…可愛いお坊ちゃんね。でもあまり挑発しないであげて?」


 この状況に似つかわしくない、優しく、羽根のような声で女が話しかける。

 優しく撫でられるような悪寒が、レックの脊髄を駆け上がる。


「いたいいたい!」


 うふふ、と左手で口元を隠しながら、片手だけでレックを押さえつけている金髪の女。


「げっ…!」

「サブマス…!」

「え?お前らどうした?」

「ばっかお前、『微笑む悪魔』だよ…!」


 レックに絡んでいた男たちの表情から余裕が消え、一気に焦りの表情が見える。

 一人だけ事態についていけず、周りを見渡す男がいたのだが、『微笑む悪魔』と聞いて表情に戦慄の色が走る。


「ちょっと!痛いんですけど!」


「貴方達も、おふざけが過ぎるわよ?」


「「すいませんっした!」」


 余裕の笑みを崩さない女の一言で態度を急変させ、まるで酔いが覚めたかの様に冷静になり、固まる男たち。


「いたいってば!」


「ふふ、ちょっとだけ静かにしてて?」


 そういうと、女はボソボソと何事かを呟き始める。


「だから痛いから離し―――ひっ」


 女の呟きが終わった瞬間―――。

 自らの体温が下がり、血の気が失せる。

 心臓の鼓動が破裂せんばかりに激しくなり、まるで全身が一つの心臓になったような感覚。

 身体中から得体の知れない汗が吹き出る様に流れる。

 歯の根が合わず、体の震えも止まらない。

 自然と涙が流れでるが、身体が思う様に動かない。

 本能的に身体の底から湧き上がる、濃密な恐怖。


 精神魔法…やばいかも…


「あら?ちょっとやり過ぎたかしら?」


 唇に人差し指を当てて、うーん、と可愛らしく首をひねる女。

 側からみれば本当に可愛いのだが、何故か周囲の男たちは守るように股間に手を当てて顔を青ざめている。


「ユリシア、あまりそいつをいじめるな」


「あら〜!ルキアじゃないの〜!久しぶりねぇ!」


「ちょっ!抱きつくな…!いたっ…いたいって!」


 入り口で待っていたルキアが現れ、女―――ユリシアに話しかけると、ユリシアはレックから手を離し、ルキアに飛び込んで抱きつく。

 あまりの力にルキアがユリシアを引き剥がすと、残念、と呟くユリシア。


「会いたかったわ〜!あれから全然顔出さないんだもん」


「それは悪かったよ」


「いいわ。それより、ちょっと目立ってるから上でお話ししましょ?」


 どうやらレックの蹴りの辺りから、かなり注目されていたようである。

 わかった、とルキアは一言だけ言い、まだ恐怖で動けないレックをひょい、と抱え上げる。


 その間、直立不動の姿勢を貫いていた男たちにユリシアが一言、もういいわ、と述べる。

 男たちは倒れている男を放置し、蜘蛛の子を散らすようにその場から立ち去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ