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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【小鳥の平穏】
98/112

episode96・残酷な裏側 (Waka parents Side)




「西園寺 総司。奴は俺の弟だ。

事件が明るみになってから母方の姓に変えた」


賢一に弟が知っていた。

たった一度だけ、居合わせて会った事があるが、

千歳家の血縁者だという事に強い誇りを

持つ青年だった事を覚えている。






杏子は絶句している。

しかし刹那に、賢一が発した言葉の意味が分かってしまった。


(……………賢一の弟が、和歌を拐った?)




へたり、と腰が抜けて座り佇む。



千歳家は血縁を重視する宗家だろうか。

初めて千歳家を恨み、憎しみが沸き上がる。


「………責任も果たさないのなら、接点なんてなくて良かった。


書いた筈よ。私にとって

和歌を取り上げる事は最大の不幸だと。

…………それを知りながら、私から娘を奪って、和歌を………」


杏子の悲哀の表情に、酷く罪悪感が心を抉った。

どれだけむごたらしい事を、和歌にも、杏子にもした事か。

二人は、二人には、罪はないのに。




杏子の言葉には悲観と怒気が含まれている。

10年前のあの誘拐。千歳家に知られるまいと

警察にもせずにいた。

だがしかし、本当は千歳家に娘を奪われていた。

娘の心を壊されていたのだ。


千歳家は血縁を重視する宗家だろうか。

全部、千歳総司が千歳家の為に仕組んだ事だった。

やるせない。知らないまま生きていた自分自身が。

それと同時に、何処か合点が一致した。


大学生の時に和歌が消え、帰ってきた時。

彼女は実父の事を言っていた。

何故かと思っていたが、

そういう裏側があったのだ。


「別れた筈なのに、まだ苦しめたがる。

あの子には何の罪もないのに……。

ただ見知らぬ血縁だけなのに」


「総司が身勝手にした事だ。

学校に向かっていたあの子を拐い、

別荘で監禁して、いつか千歳家に紹介すると思っていたそうだ」

「………じゃあ何故、貴方はあの子を知らないの?」

「総司は短気で頭に血が昇りやすい。

和歌が歯向かったのを怒り、要らないと解放したらしい。


千歳家に連れられる前だったから、

誰も知らなかったんだ」

「…………そう」


当時、和歌が発見されたのは、

近くにダムがある住宅街。


大人の事情で振り回された和歌にとって、

どれだけ恐ろしく怖かった事だろう。

恐怖に満ちた滑稽な事だっただろう。


「………安易ね。

血縁者だからと拐って、

帰していれば済んだ気になったのでしょう。

あれからは娘の心は壊れた。その治療にも何年かかった事か。

ずっと魘されて苦しんでいたわ。まだ12歳の子が……。

それほどの傷を着けたのよ。なのに貴方の弟は、千歳家は………」


泣きたい筈なのに、涙すら出ない。

怒りと哀しみが押し寄せている筈なのに、何処かで呆れてしまう。

血に拘る千歳家の愚かさに。

巻き込まれた娘が不憫でならなくて、申し訳なさに包まれる。


そして、千歳家と付き合っていた自分自身にも怒りを覚えた。


(その為ならば、心は壊されてもいいとでも思うのか)




「娘を壊した事を、言いたかったの?

それは何の為に?」

「知る必要があると思ったから……」

「それだけ? 自身の気持ちが軽くなりたかったのではなくて?

少なくとも私にはそうしか聞こえないわ」


杏子の言葉が棘の様に突き刺さる。

娘の苦しみも知らなかった。あの時、

大人となり優秀な通訳者として活躍する背景には

そんな過去があったのだ。


後味が悪い。

杏子の言う通り、自分自身の感情を

軽くしたかっただけかも知れない。


(俺は、何をしたかったんだ)


後先を考えていなかった事に今更、気付いた。

娘の存在を知らなかったとはいえ、

もし美岬が同じ目に遇っていたら、と思うとぞっとした。

杏子も和歌も苦しめただけ。

あの時と同じ事を繰り返しているだけだ。

その上、責任を取らないんてどんなに最低な男だろう。



杏子は立ち上がると告げる。


「…………地獄に堕ちる事を願うわ。

和歌を拐った犯人も、貴方も、千歳家も。


娘は、絶対に渡さない。何があっても」


もう話す事はない。

そう言い捨てると、杏子は去って行った。

ショックは計り知れない。けれども、

最も辛い思いをし味わったのは、和歌だ。

自身に泣く権利はない。


(………和歌、ごめんなさい)











だれのせい。

だれのせい。

だれのせい。






もし、自分自身が居なくなれば、

妻を待つ彼の面倒は誰が、責任を取り見るのだ。

あの狂気の沙汰に狂う女の鎮静剤役は誰がするのだろう。



(___もう誰かを、苦しめてはいけないんだ)

(僕が見張り役をしなくては)


無機質な機械音。

身体中に繋がれたチューブと、独特な酸素の音。

喉が焼ける様に痛いと思った。

さ迷う中で、ゆっくり瞳を開けると、

淡い照明が眩しく見えて、ゆっくりと瞬きする。


(僕は、両親の責任を補い果たす為に生まれてきたのだ)



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