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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【小鳥の平穏】
97/112

episode95・途切れた縁の再会 (Waka parents Side)




_______千歳家、食卓。

縦長のやや広いホールの様な食卓は、

ただ冷気の様な冷悧でピリピリとした空気が部屋には漂う。


今や仮面夫婦として完全に成立し、

ビジネスパートナーとして付き合っている。

昔は一人娘という緩和材が場を和やかな存在が居たのだが、娘がいなくなった今、

千歳家の食卓は冷め切り、会話もなく、

ただ静かに食器の音、咀嚼音だけが残響する。



「面談?」


善子は、眉をやや吊り上げ潜めた。


「先日の会談は、

誰の目を見ても、変で無様だっただろう。

実はな通訳者と行き違いが生じて、

あまり好ましく思えなかった。


だから、事前に面談をしたいと思っている」


賢一の面持ちは、神妙なものだった。

本気であの時の事をよく思っていない事が

解る表情と素振り。その賢一の素振りに、

善子の不安は吹き飛んだ。



水瀬和歌が、

実の娘だと明らかになってしまったら、

彼の性格だ。きっと放っておかないだろう。

裏を返せば美岬と自身の存在は蔑ろにされてしまう事を心の何処かで思っていた。

けれどもその不安は、瞬時的に消え失せる。



水瀬和歌は、通訳者から外される。




(貴女は、父親に嫌われたのよ)



嫌われたのなら、物理的な接点も消える。


腹の虫が、嘲笑う。

安易で単純な思考が、お嬢様を恍惚な感情に浸らせた。

あの時の通訳者は水瀬和歌。彼女は実父に嫌われたのだ。


その純粋さ故に疑う事を知らない善子は、

心の底から喜びと安心を覚えていた。


(美岬、安心なさい。お父様は貴女しか知らない。

そして水瀬和歌、貴女は追い出されたのよ……)



旧校舎はあの頃も、時の味を知らしめる様に

時代の風景を刻み、威厳ある風格を佇ませていた。

_____何処か誰からも忘れ去れられた物寂しさを感じながら

西洋美術館の様な建物は、(そび)えたつ。



杏子は、

周りをちらりちらりと見詰めながら、

歩みを




“通訳者の面談の口実を作ります。

その時に公民会館の一室を借りる。


しかしそれは表向きだ。水瀬さん、

貴女は○○○大学の旧校舎の礼拝堂に来て下さい”


言い訳ばかりの手紙は読む気になれない。

変わりに手紙と同じく同封されていたメモに

目を通して了解する。


あの大学の礼拝堂は、昔、付き合っていた頃

待ち合わせ場所として覚えている。

常にボディーガードとSPに囲まれていた

御曹司の千歳賢一は、誰からも見離れた旧校舎礼拝堂を待ち合わせ場所と定めた。


あの場所は色々と語り合った場所だ。



(約束等もしていたか。………何を語り合い、

約束したのかは忘れてしまったけれど)



大学の卒業生で名前を言うと、

警備員は快く通してくれた。


此処は娘も通っていた大学だ。


母娘揃って同じ大学とは考えていなかったが、

高校生の時に、英語検定1級の資格と取り

優秀な英語の成績を見込んだ大学側から、

和歌も推薦入試を求められた。

あの頃、素直に嬉しかった事を覚えている。



礼拝堂の扉は、少しだけ開いていた。

警戒心を高めつつ杏子は、足を踏み入れると

礼拝堂の真ん中に誰かが居る。


すらりとした出で立ち。

此方を向いた。



あれから32年か。

けれども年相応の威厳を佇ませてながらも

童顔な彼は少しの変化を除いて変わっていない。

32年前の面影が其処に居た。


…………千歳賢一官房長官。



杏子は扉の前に佇んだまま、動かない。

募るのは相手の読めない思考回路と出方、

安易に近付かない方がいいだろう。


「…………久しぶりだ」

「…………そうですね」



ただずっと、

賢一は申し訳ない顔を此方に向けている。

賢一は此方へ数歩、歩くと立ち止まった。


「すまない、何も知らないままだった」

「…………それで良かったの。私が決めたんです。

千歳家は由緒正しい家柄でしょう。

きっと私達は物理的に別れる道を辿っていた事です」


交際している時から、

千歳家の関係者の影口は杏子の耳に届いていた。


孤児(みなしご)だろう。何処の馬の骨とも知らぬ女だ。

千歳家にはやはり名家との縁談を賢一様に結ばなければ」

「不釣り合いだ。別れさせなければ___……」


(嗚呼、きっと受け入れられない)


賢一の性格は慈悲的でもあり脆いからこそ

その時が訪れてしまえば、彼が追う心の傷は計り知れない。

再起不能となる前に、自分自身から身を引いた方が良いのだろう。


兄の協力を経て、自身を亡くなった事にした。

それで諦めも着く筈だ。


「知らなかった。君が生きていた事も。

………娘がいた事も」

「…………全て私が決めた事です。

貴方は貴方の帰る場所があるでしょう。

私達はあの時に別れると決まっていた。


今更、蒸し返しても、何も生まない」

「…………そうだな」


杏子と別れた時、千歳家の人間が、

微笑んだ事を賢一は忘れていない。



『優しい賢一坊っちゃんは

情に(ほだ)されて付き合っていただけだろう』


そんな言葉を聞く度に、違うと否定したかった。

彼女との将来を考えていたからこそ、

説得に走ろうとした矢先の事だった。



「私達は終わった事です。今はそれぞれの生き方がある。

なのに何故、連絡を?」


杏子の声は、冷静沈着で淡々として冷たい。

賢一は俯いた。


「詫びたかった。素直に。何も知らず、責任も取らず申し訳なかった」

「そんな気持ちは抱かなくていいです。謝る必要もありません。

何度も言いますが、私が全て決めた事です」


「何故、そんな淡々としていられる?

思った事はないのか、シングルマザーで大変だっただろう。

後悔した事もあったんじゃないのか!?

全ては俺が蒔いた種だ。俺と付き合っていた事で、君は人生を決められて……」


怒号とも呼べた。けれども、杏子は平常心だった。


「私達は終わった事です。

シングルマザー? ええ、大変な事もあった。数え切れないくらい。

でも後悔なんてした事は一度もなかったわ。


孤児である私にとって、娘は唯一の家族だったから。

宝だった、救いだった。………辛さも煮え湯も

あの子の顔を見れば吹き飛んだ。

………一人ぼっちになる私に唯一の家族を貴方が与えて下さった事は。

………それだけは感謝している事です」


このまま、帰ろうか。

この人の本心も目的は分かってしまった。

昔から変わらない。純粋なだけの人。


(…………娘に対して、知っておかなければならない事とは)


和歌に対して、何を知っているのだ。

それは千歳家に渡す為の口実なのか、それとも。



「だからこそ、娘は絶対に渡しません」


その言葉に重みがあり、強い意志と母性愛を感じた。

だからこそ、

弟が仕出かした取り返しの着かない、娘への贖罪を痛感する。




“一つだけ君は知ってほしい、現実があるんだ。

きっとこれは、君は知るべきだと思う。

あの子の母親である以上”


「………“娘の母親である以上、

知らなければならない秘密”という

言葉の意味はどういう意味をお持ちでしょうか」

「……………それは」


覚悟を決めた賢一は、その面持ちを上げた。

その表情には真面目さと真剣さが浮かんでいる。


「…………和歌さんが、中学生の時に遭遇した誘拐事件。

あれは……………」



心が締め付けられそうだ。

でも伝えないといけなう、杏子には知る権利がある筈だ。



「その事件の首謀者は_____俺の弟だ」






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