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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【小鳥の平穏】
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episode87・言の葉に出来ぬもの、知らぬ元凶 (Misaki side)





美岬は、四六時中、気が抜けない。


七美は、樹神の子女、跡継ぎと期待されている。

家事炊事、妻として弁護士の夫を心身的に支え、母親として娘の世話を親身に尽くす。


小学校のお受験の準備や教育、幼稚園でのママ友の付き合い。

樹神家が求める、“樹神の妻”として、樹神真之助の妻としての役目。



だからこそ、一人きりになった刹那。

どうしようもない、虚無感、疎外感、孤独感に襲われてしまう。

人肌が恋しくて仕方ない、という自分自身にも気付かされるのだ。


(あたしは、何をしているんだろう)

(これはあたしが望んだもの?)


肯定する様に、動作的に縦に振りそうになる衝動を抑えた。


元々、孤独に耐えられない美岬は常に心細い。

花壇に咲き誇る花達に対して、

如雨露(じょうろ)で恵みの水を遣りながら

気を紛らわすが美岬の表情は、何処か浮かないもの。


暖かな陽の光りが、降り注ぐ。

春の陽気は一寸の曇りもなく、惜しみ無く陽の恵みを与えている。


端から見れば

何処に不満があるなんて誰もいない。

名家の令嬢で、弁護士の妻となり、無邪気な娘がいるという

絵に書いた様な家庭と、家族像。



でも、その写真に微笑みを浮かべる妻は、違う。



(自由になりたい。安心したい)


この孤独感を癒し埋めてくれる人は、樹神家にはいない。

両家の利害を成立させる為の、政略結婚によって嫁ぎ

娘を産み、母親となっても、まだ母親には成れていないと痛感する。


一人きりになれば、

自分自身の事ばかり考えてしまう。

表では良妻賢母を装いながらも、



美岬の求めているもの、

抱えている苦悩なんて誰も知らない。

否、美岬の個人的な感情なんて、誰も求めていない。


20代のあの頃が、

愛しくて懐かしくて仕方ない。

たまに不意に夜になれば、家を飛び出したい。

そんな気持ちが(よぎ)る。

その衝動に駈られては、七美の無邪気な寝顔を見詰めて

我慢しているのだが、過去の懐かしさ、衝動と承認欲求は消えない。



(愛されたい、愛されたい……)


愛情に飢餓して、

求め依存する事は、美岬にとって“当たり前”だった。

それを断絶されている今の日常こそ、つまらず退屈で窮屈に感じる。


(あの頃に戻りたい)


千歳美岬だった、あの頃に。

自由に愛情に飢餓していても、誰かに甘えられた。



その刹那。

美岬ははっとして、携帯端末で日時と時間を見た。

今月の10日。千歳家では会議の様な、集まりがある。

しきたりの様なもので、千歳家の家庭内の事を話し合うのだ。

美岬もそうだ。美岬は、樹神家に嫁ぎ、

ちゃんと出来ているかと問われる。

10日が休日にあたる日ならば、七美も連れて行き

顔を見せるのだけれど今日は一人きりで実家に帰る。



タクシーに乗り、運転手に行き先を告げると

千歳家の人間と悟られてしまったのか、

急によそよそしくなった。


家庭内会議の日は、使用人の大半は休ませている。

千歳家の内部の情報が漏れない様にとの細工だった。

なので千歳家はいつもより静かだった。


先に父親に挨拶と、美岬は、賢一の書斎に向かう。

その扉は閉まっていた。ノックしようとすると

中からは激しい言い争いの様な声が飛び交う。

美岬はノックするのを止めて、そっと、扉へ耳を当てた。

瞳を閉じる。


「総司、止めろ」


「美岬ちゃんはお嫁に、七美ちゃんも樹神家に取られてしまう。このままでは千歳家は没落します。


………“あの子”を」


(…………あの子、)


あの子、というワードに、美岬は悟ってしまう。


それに何よりも

聞き慣れた声が残響している事に気付いた。


(…………伯父様?)



千歳 総司。

賢一の弟が消えたのは唐突だった。

総司は姪である美岬を可愛がってくれていたし

美岬も懐いていた。


でも、ある日、突然、総司は消えた。

理由が分からず、問い詰めようとしたが、

家の、父親の怪訝な雰囲気を察して仕方なく諦めた。

賢一の怪訝な表情や雰囲気は、聞くな、と

言っているようで、威圧感を感じていたからだ。


総司が、何故いるのか、と驚きながらも、

美岬は、耳を凝らした。


父親の聞いた事もない、怒声に近い声音。



「あの子をどうすると言うのだ」

「千歳家の戸籍に認知し、婿養子をとり、千歳家を存続させる。


あの子はれっきとした千歳の人間です。

千歳の務めを果たすには十分だ」


水瀬和歌、を。

千歳家の娘として、認知させる。

美岬は総司の言葉に口許を片手で押さえた。


(………和歌を、千歳家に………)


ショックと、慟哭が美岬の中で迸る。

確かに総司が言っている事は明白で、

一人娘である自身が嫁いでから、

千歳家の評判や、政界から輩出された人材いない。


「…………あの子は、千歳が苦しめた。

あの子の心を壊したのは、この家、貴様のせいだぞ。

貴様があの子に傷を植え付けなければ………」




父親の声音は、怒、悲哀に満ちている。

何故、父親がこんなに怒っているのだろう、

と最初は賢一が総司を冷たい罵声を浴びせるのか分からない。

でも______。


「きっかけを生み出したのは、貴様だ。

貴様のせいで、あの子の人生や心の土台は憔悴した。

…………何も悪くないのに」


『………私が自由に見える? それは幻よ。

………私は、引きこもりだった。ある事がきっかけで』


脳裏に木霊する、和歌の声音。

物憂げで、悲哀に満ちているあの表情。


その表情が表す意味は。




(嗚呼、なんて無慈悲で無情な事か)



その刹那に美岬は理解し、悟ってしまった。



(…………和歌の元凶は、伯父様………)


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