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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【小鳥の平穏】
87/112

episode85・傷付いた硝子と、遁走 (Waka. Misaki father Side)

疑り深くなってしまったのは、何時からだろう。


未だに心に植え付られた人に対しての不信感、無気味さ。

人の言葉を安易に信じられないのは、傷なのか、(くせ)なのか。



穏便に済ませたつもりだけれど、美岬は納得したのだろうか。

それとも自分自身への恨みから、まだ考えている事があるのだろうか。




私立大学を首席で卒業した和歌は

インターナショナルの通訳・翻訳専門の大手外資系企業に内定を貰い、

そのまま就職し、地道にキャリアを積みながら10年間を歩んできた。


就職活動の際、

エントリーシート、履歴書を書いた瞬間、

自分自身とその人生が空っぽでどれだけ虚空で無感情なのかを痛感した。


転勤族で転々とした地は、数知れず。

小、中、校を転々し様々な地の学校名の学歴、

誰も知らない心を閉ざし、人知れず殻に籠っていた経歴の裏側、

リモートでの主治医・遠藤の診察。



だからこそ、

和歌は、自分自身を知らない所を求めた。

キャリアを身に付け、勤めて数年が経つ頃には

海外赴任を任される重役ポストに着き、

海外と日本を往復する日々が定着化し安定し始めた。


(_____私を、知らない人がいる場所が行きたい)


誰も自分自身を知らない人間が居る所へ。

だからこそ日本よりも海外に目を向けた。

海外では自分自身の素性を知る者はいない。

そんな中に紛れる事は出来ないか。


通訳・翻訳者となれば、

海外と見知らぬ人達と出会う機会しかないのだ。

数ヶ月、数年、仕事をこなせば、そのまま仕事での契約が切れ、

余程の偶然がない限り。その人とはもう出会う事はない。



自分自身を、知らない人達。

その人達は、自分自身を、その過去も闇も知らない。

自分自身は単なる通訳・翻訳者でしかないのだ。

その裏側と心の奥底に隠した過去も思いも知らない。

今の和歌にとっては、合理的という職業かも知れない。



けれども、

10代の頃に植え付けられ、

染み付いた疑念・恐怖感と警戒心はもう拭えない。

現に海外での初対面の人と出会う時だってそうだ。


ついつい無意識的に疑念を抱いてしまう。

口にするもの、触れるものに毒は仕込まれていないか。

またあの時の様に誰かに襲われ、拐われないか。

通訳・翻訳ロボット、と同僚の間では囁かれている。

良く言えば(きよ)く、悪く言えば取っ付きにくい。

和歌はそんな人間だ。







メリットとデメリット。

奥底に沈んでいる、まとわりつく感覚と裏を探って疑念を抱いてしまう癖。

和歌の警戒心を張り巡らしている神経は休まらない。


けれど自身の心の奥底に

沈む闇に触れられない事だけは幸いだった。


あの忌まわしい誘拐と監禁の期間。

9年間、闇に沈みながら心を閉ざしたまま、

自分自身の殻に籠っていた日々。


そして千歳賢一の隠し子という秘密も。


19歳の誕生日を迎えるまで、

殻に閉じ籠り心を閉ざしていた傷心の少女。

けれども一度、傷付いた純粋な硝子は、元には戻らない。



警察機関は、被害者である川嶋舞子の息子からの

事情聴取を行いたいらしいが、その青年は意識不明のまま、眠り続けている。

進展は何もない。




「総司、止めろ」

「美岬ちゃんはお嫁に、七美も樹神家に取られてしまう。このままでは千歳家は没落します。

………“あの子”を」


あの子、と呼ばれて、賢一は勘付いた。



「あの子をどうすると言うのだ」

「千歳家の戸籍に認知し、

婿養子をとり、千歳家を存続させる。

あの子はれっきとした千歳の人間です。千歳の務めを果たすには十分だ」


淡い琥珀色が灯る世界で、

どことなく含みのある微笑みを浮かべた。

手元には数枚の写真が並べられている。

写真の中には、トレンチコートを着た長い髪の

透明感のある薄幸という言葉と悲哀を

その端正な顔立ちと雰囲気に佇ませた女性が写っていた。



…………大人になっていた和歌は、あの頃よりも、杏子に似ていた。




「優秀な方だそうで。千歳家の娘としては相応しいのでは」





「…………辞めろ。あの子は、千歳とは関係ない」

「何故です!? 兄様の娘で、千歳の血を引いているのに……」


名残惜しそうに呟き歯軋りした、

総司に対して賢一は堪忍袋の緒が切れた。

賢一は立ち上がり、総司の胸ぐらを掴んでいた。

いつも温厚さを称えた顔立ちが、鋭い刃の様に眼光が冴え、睨んでいる。



「…………あの子は、千歳が苦しめた。

あの子の心を壊したのは、この家、貴様のせいだぞ。

貴様があの子に傷を植え付けなければ………」


秘密裏に知った和歌の過去を、無視できなかった。

誘拐・監禁の代償に、憔悴仕切った心の治療に費やし

悲しみと絶望、孤独から人生の大半を奪われたのだ。

今もPTSD等の症状に苦しんでいる。


「きっかけを生み出したのは、貴様だ。

貴様のせいで、あの子の人生や心の土台は憔悴した。

…………何も悪くないのに」



そう思うと賢一にとって、

きっかけを生み出した総司が憎くく写っていた。



「罪の意識も無いんだな。

あの子にとって、千歳は毒でしかないだろう。

此方としては平穏を願うしかないんだ」


冷たい声音。冷めた眼差しに総司は言葉を失った。



解ってた。

愛した女性の娘が、自身の娘の苦しみ生きている。

愛した女性の娘だからこそ、罪の意識を感じた。


千歳家のやり方は間違えている。

泥にまみれた、この家を終わりにしてしまいたい。

だからこそ、もう一人の愛娘・美岬を嫁に出し実家から遠ざけた。

美岬は千歳家で育った故に、千歳の闇と間近で見てしまった。

少女にとって心は不自由さと、不条理さで満ちていただろう。


千歳の煮え湯を呑ませ、

苦しめてきた。美岬だって千歳が毒として

絶望を抱いた事もあるだろう。


美岬の幸せを祈りながら、千歳家の檻から離した。


和歌はもう千歳家の檻に近づけたくない。

また彼女が傷付いている事は目に見えているのだから。


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