episode79・贖罪と輪廻 (Ren.mother side)
【残酷描写有り】
残酷描写、流血描写、刃物描写が御座います。
苦手な方はブラウザバックを推奨致します。
こちらからは、
自己責任での閲覧でお願い致します。
『廉は、失踪宣告を出しましたから』
それは突然の事だった。
高校卒業を間近に控えた春は、青年を絶望に突き落とした。
水瀬家に突然に訪れた初老の男性は、
水瀬家に上がり込み話があるという理由で
杏子と廉をリビングに呼び寄せた。
______失踪宣告。
それは生死が7年間、明らかではない人を
利害関係人の請求により失踪したと宣告する事だ。
つまりは『川嶋廉は死んだ』という解釈になる。
なんという人権否定なのだろうか。
でも、廉は高校にも通い、
しっかりと地に足を着けて人生を歩んできた。
杏子は何やら反論している様だったが、祖父の発言に呆れ、言葉が出ない様だった。
失踪宣告を提示するには、
7年間、該当者が生死明らかではないという条件の筈だ。
刹那に悟った。
川嶋家は多大な旧華族であり名家。
分家であるが、本家には上級国民もいるのだ。
世間ではなかなか通らない案件でも、その権力使えば強引でも捩じ伏せられる。
この戸籍上の祖父母は、
自分自身の存在は無かった事にしたのだ。
だからあの事件から7年が経過した今、失踪宣告を出したという事になる。
諦観と絶望。
祖父は娘の存在自体をなかった事にしたい、
その娘が産んだ息子でさえも抹殺したいらしい。
唯でさえ旧華族の名家という家柄は
娘が狂気の狂った犯した罪により川嶋家の人間にとって
汚名が着せられた事自体、
プライドの高い人達には耐えられないのだろう。
『お前は、もう生き人ではない。
私達、川嶋家を恨むな。そんな権利はない。
恨むならばお前の産み人を恨みなされ』
帰り際、祖父は冷めた声音で冷俐な表情でそう捨てた。
(僕は今日、死んだんだ____)
それからは、どうでも良くなった。
何処か片隅で諦観を抱きながら
自暴自棄に生きていた所が露になり、自傷行為に走らせた。
『僕、出ていくね』
大学の推薦入試を受けないか、と言われた言葉も断り
水瀬家から出て行き、社会人として生きていく事を決めた。
唯一の救いは、杏子が養子縁組にしようと思っていたという。
けれども自分自身せいで水瀬家の母子の戸籍や彼女を迷惑をかけたくない。
『お気持ちだけで十分です。ありがとう』
でも、死人とされた自分自身はもうこの世では生きれない。
新たな人格が必要だ。仇で返すのも気が引ける。
杏子の温情を有難いと思いながら廉は養子縁組の代わりに告げた。
_____里子にして頂けないでしょうか、そう代わりに告げた。
伯母は二言返事で承諾してくれた。
深夜零時。
珈琲が過去の苦味を喉に爪痕に残す様に後味が悪い。
淡々と無機質に刻む秒針が聞こえる暗闇だけの空間。
退院して数日、休暇を取っていたが、
一人になると色々と考えに更けてしまう。
そう考え込んでいると不意にインターホンが鳴った。
インターホンを覗いたが、誰も人物は映っていない。
モニターに映るのは風景だけ。だが微かに人影を感じた。
不審に思い警戒心を抱きながらそろりと、慎重にドアを開けた。
その瞬間、視界が暗転し、
身体は床に叩き付けられガチャン、ドアが閉まる音だけ聞こえた。
その身に刻んだ傷が疼き、
身体は金縛りに遭ったかの様にびくともしない。
(何が起こっているのだろう)
不意に衝撃で閉ざした瞳を
うっすらと瞳を開けると廉は愕然として背筋が凍る。
(どうして、)
眉間には皺のめり込んだ
般若寺の形相で、廉を捉えたまま離さない。
目の前に居るのは、舞子だった。
ドアが微かに開いた隙を突き、
舞子は部屋に入り込み玄関で、廉を押し倒したのだ。
舞子には住所等、知らせていない。
舞子に反感を持つ水瀬家の二人が、口を割ったりは絶対しない筈だ。
「何の用ですか」
最初こそ驚愕したものの、
舞子の顔を見れば心は凍り冷めていく。
無機質な声で廉は呟いた。
闇夜の中で、女の口角が上がる。
珍しく無表情で掴み所が感じられないが、
肩に掴まれ押さえ付けられた手から狂気が感じられる。
「本当の事を言いなさい、
その傷はあの女に傷付けられたのよね?」
舞子は、廉の掴んだ。
まるで逃がさんばかりの様に強く掴まれて
「あの女って誰ですか」
「水瀬杏子よ。若しくは水瀬和歌」
「ふざけるな」
珍しく、廉の声音に熱が籠る。
何故、恩人であるあの人達を侮辱するのだろう。
「嘘よ、本当の事を言って!!
虐待されていたんでしょう!!」
「そんな事はされていません。考えたら分かる事です。
この傷は皆、僕が付けたものです。杏子さんも和歌も関係ない」
「そんなの、信じないわ!!」
首を横に振りながら、
絶叫するかの様に舞子は声を荒げた。
「あたしには分かるの!! 貴方の母親なんだから!!」
「…………何故、あの人達に拘るんです?」
「貴方を傷付けたからに決まっているからでしょ!?
あたしには分かるの!! 貴方の母親なんだから!!」
(害しか与えなかった癖に、母親面しないでくれ)
舞子は狂乱している。
思い込みが激しい。世間知らずのお嬢様気質は
時々、ヒステリックになっては家を荒らしていたか。
話が通じないのは分かったからこそ、
極めて冷静沈着に、他人行儀の様に、冷たく告げる。
「じゃあ、貴女はどうでしたか」
驚く程に冷めて凍った声音。
「………不倫相手に会う為に着飾って、
家庭も省みず僕の事も、父さんの事も眼中になかった癖に。
ご飯を作る事も忘れて、僕を見た事すらなかったのに。
何故、今更、固執するんです?
どうでもいいでしょう?
川嶋廉は死んだんです。貴方が知っている人もいない。
居場所すらないんです。
そろそろ悟りましょう?」
図星をつかれて、舞子は黙り込む。
子供を差し置いて不倫相手に夢中になったあの頃。
静寂な中で響いた舌打ち。
「何よ………黙っていたら好き勝手、言って……。
腹が立つわ。自分自身は死んだって開き直って、
母親であるあたしを否定するの?
貴女は息子なのに。母親を見捨てるの……?」
白いワンピースのポケットから、
ちらりと見えた鋭い銀色が、ぽとりと床に落ちた。
ナイフだ。その柄を持つとそのまま震える手で、
ナイフを握り締めて、息子に向けた。
けれど、廉は微動打一つしない。
「所詮は貴方も、
犯罪者の身内……犯罪者の息子なのよ!!」
「……………………」
それを言われた刹那。
怒涛の様な贖罪と、あの微笑ましい家族写真が映ってしまう。
この女さえ居なければ悲劇は起こらなかった、壊れる事もなかった。
贖罪なんて求めて続けても償えはしない。
(あの人達の命は奪われたのに、何故、僕らにはあるのだろう)
この世は、不平等だ。
それが憎く、腹立たしいものだった。
この女の言う通り、身内は、一人息子は自分自身だけなのだ。
さてはきっと居場所がないと悟り絶望したのか。
「じゃあ、終わらせましょう?
貴女も苦しいでしょう。20年前、全て壊れているんです」
(壊れかけたものは、もう壊してしまおう)
廉は左手を持ち上げると、震える舞子の右腕を掴んだ。
舞子の瞳に恐怖の色合いが滲む。
廉は嘲笑っていた。
「貴女が壊したなら、壊して下さい。責任持って下さい」
(あたしには、誰も待ってくれやしない………)
「うわあああ_____!!!!」
『事故ですか、事件ですか?』
「事件………です………」
か弱い従妹の声。
傍らに放心状態に震えながら、喚いている女。
鮮やかな紅の薔薇の様に、女の顔や純白のワンピースには鮮やかな深紅色。それは留めどなくみるみる闇夜の漆黒に深紅が染まってゆく。
女は茫然自失としている。
先の見えない闇夜の洞窟に放り困れた、絶望の世界。
和歌が見たのは、一面、深紅の海の世界だった。
床に広がる深紅の海、深紅色は壁や天井にもへばり着いている。
深紅の雫が、ぽたりと落ちた。
今も尚、世界は終わりのない絶望と深紅に染まっていく。
絶句したまま、ナイフを持ったまま震え座り込んでいる、
女の先にいた倒れた人の存在を信じたくなかった。
物語の構成上とはいえ、
ご気分を悪くされてしまった方がいると思います。
謹んでお詫び申し上げます。申し訳ございません。




