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傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞
【傷付いた小鳥達】
8/112

episode6・時が止まったあの日(Ren Side)

廉のお話。



何事も人を変えてしまう出来事がある。

それは、時に本人だけではなく、周りの人の事すらも。



廉の人生が変わったのは、廉が小学5年生の時だった。



母親が、放火殺人の罪を起こしたのだ。




5人家族を自らの手で殺めた末に、その民家を放火した。




廉の母親は、父親である夫と息子を裏切り

(かつ)ての恋人と、秘密裏に長年に渡って不倫していた。

母親の元恋人にも家族がいた。妻に、三人の幼い子供達。


母親は、

嘗て付き合っていた元恋人に恋焦がれていたらしい。

彼女にとって大切なものは、もう夫や息子ではない。


秘密裏に会っては、密会を重ねていたのだろう。

時折に母親が念入りに嬉しそうな表情を浮かべながら

おめかししていてその瞬間に限って、

何処か楽しげな表情を浮かべている姿は今も深く脳裏に焼き付いている。



けれどその理由が

不倫相手に会う為だとは、分からなかった。



今日は、中学生時代の同窓会、高校時代の同窓会、

果てにはOL時代に勤めていた記念の集まり。

何かにつけ理由を付けては『用事があるから』とおめかししては、夜な夜な外出する。


無論、同窓会等はあったらしいけれど

確認すると母親は同窓会に出席等、していなかった。

同窓会の代わりに不倫相手である元恋人の元へ足を運ばせていたらしい。


父親は妻の事を、素直に信じて疑わなかった。

楽しんで来いよとすら、妻に語りかけていたが

廉は用事と表して頻繁に外出する母親を不信感を覚えていた。


(何故、母さんは家から居なくなりたがるのだろう?)


嬉しさと事情を隠した作り笑顔の裏には、

母親は、家から出ていきたがりそうにしていたのを覚えている。

廉にはとって、おめかしした母親は家から出ていたがりそうに見えた。



最初は母親の、大人の事情も知らぬまま笑顔で見送っていた。

本当は同窓会等ではなく、不倫相手となった、元恋人と何度も密会を重ねる為だけに足繁(しげ)く、通っていたのに。


しかし、

廉には知らないまま、歯車は静かに狂い始めていたのだろう。




それは冬の日だった。ある日の朝。

二階の自室で眠っていた廉は、一階の騒がしさで目を覚ました。

普段ならば二度寝をしていた筈だったのに、今日の騒がしさは何処か胸騒ぎを覚えるもので、


まだ寝惚けた頭を抱えながら、

不思議に思いながら、階段を降りると玄関先が見える。


(…………どうして?)


発狂している母親。その目の前に居るのは

二人の刑事とその後ろにいるのは数人の警察官。

何故、刑事と警察官が我が家に来ているのか、廉には分からなかった。


おおよそ50代くらいの端正な顔立ちをした刑事は告げた。



「________06時51分、逮捕」


その刹那、母親の手には手錠が掛けられ、

数人の警察官によって母親は黒いジャンパーフードを被せられ連れて行かれた。

何故? 母親が逮捕されたのだ、と、廉には分からない。

母親が何をしたというのか。


「母さん!!」


さっきまで寝惚けていた頭が覚醒し、廉は母親を追いかけた。



家の前に止まった一台の警察車両。

母親は振り向く事なく俯いたまま、廉の叫びに振り向く事もなく

大人しく警察官に付き添われ警察車両に乗り込んだ。



追いかける廉を無情にも無視し、

警察車両は動き出し、春か彼方へ消えていく。



「_________廉!!」


警察車両を追いかけ様としたが、父親に静止される。

最初は拘束に近い形で、最初はじたばたと父親の腕の中で暴れていたが、

(やが)て動きが止まったマリオネットの様に、茫然自失としていた。

何故、母親が逮捕された? 警察車両に乗っている?


(……お母さんは、何か悪い事をしたの?)



思考が追い付かない。



「母さん、母さん………!!」


「ごめんな、廉。ごめん………」



視界が滲み霞んでいく。

朝の冷たい空気、裸足で飛び出したが足裏に着いた小石の痛みは不思議と廉には関係なかった。


母親が消えていく。居なくなった。

それに何故、


(どうして父さんは、僕に謝るんだろう)


父親に抱き締められながら、廉は消えていく警察車両を見ていた。



それから時を用意て、廉は母親の犯した罪を理解した。

母親の不倫相手は、この関係を絶ち切ろうとしていたらしい。

付き合っていたのはもう昔の事だ。今は互いに家族が居るから別れようと言ったという。


しかし、元恋人に泥酔していた母親は、

ショックと共に生まれた歪んだ執着心から、

別れを告げた元恋人の家庭や家族を憎む様になり、犯行に及んでしまったという。


元恋人を自分自身のものにする為に、

元恋人も殺めた上で家の中にガソリンを撒き放火したのだ。


身勝手で暴走した感情が、起こした悲劇。



母親は逮捕されてから、廉の身の周りが変化した。



『犯罪者の息子』という肩書きを貼られ、そう呼ばれ始めた。



周りの視線は冷たい白い目が行き交う。

白く凍った様な白い目。その眼差しが、注がれている。

11歳ともなれば、思春期に突入し段々と大人の事情が解る様になっていく年頃だ。


けれど。

母親が犯した過ちと、罪は消えない。

そう呼ばれて当然なのだ。母親は許されない罪を犯したのだから。

尊い5人の命を奪った理由を、言い訳をして良い訳がない。

自分自身は罪人の息子だと言われて、当たり前なのだ。










『なー知ってる? あいつの母親、人を殺したんだって』

『お家に火を付けたんでしょ?』

『残酷だよな』


学校では、居場所が無くなった。

廉に浴びせられるのは容赦のない『犯罪者の息子』として。

仲が良かった友人は離れて行き、廉に対してあからさまな差別や陰口を言う様になり、それはいじめへと発展して行った。


机には彫刻刀で彫られた言葉。

『犯罪者の息子』『人殺しの子供』『死ね』『消えろ』等の言葉の数々。

その上には母親が起こした週刊誌の記事が、束に折り重なる様に置かれていた。


殴る蹴る、暴力、冷していていた冷水を大量にかけられる。

そんないじめの中で中与えられるのは、冷たい眼差し、冷たい嘲笑。

けれど廉は、自分自身の置かれた罰を冷静に見詰めていた。


(そう言われて当然だ、こうされて当然だ)


自分自身は、紛れもなく『犯罪者の息子』なのだから。


担任教師も冷たい眼差しを廉を、向ける様になった。

まるでそれは消えてくれ、と言わんばかりに。

学校にも来ても疎ましそうな眼差しを向けられる。


廉がいじめられている所を目撃しても、知らないふりをしていた。

一瞬、目が合っても彼は反らした。そして言った。

『………犯罪者の息子に、救済等ない』と。

まるで、廉がいじめられている(さま)が正しいと言わんばかり。


その人間の冷たい怜悧な瞳。

そしてまた一つ悟った。


助けてくれる大人はいない。

そして、自分自身も、もう普通の少年ではない。

母親が大罪を犯した『犯罪者の息子』なのだ。


だから、廉は諦めた。

頭から大量の冷水を浴びせられても、殴る蹴るの暴力を受けても

担任教師に冷遇され、空気の様な扱いをされ始めても、

これは当然の事なのだと自分自身に言い聞かせ、

自分自身の感情を閉じ込め、無視した。


(関わりたいという人間が居る筈がない)


寧ろ、避けたい筈だ。



成長につれて、身に付いたのは諦観の感情。

犯罪者の息子である自分自身には、人権も無いに等しい。

母親が犯した過ちは、消す事が出来ないのだから。



家に張り込むマスコミ。カメラに語りかけるアナウンサー。

隣近所の白い目、疎ましい眼差し。

家に貼られた誹謗中傷の貼り紙。


たった一度の大罪が、現実を、周りを変えていく。

母親が起こした事件から一ヶ月経った頃だった。


その頃からだ。

父親の様子が可笑しいと、感じ始めたのは。



「廉、母さんは何処に行ったんだ?」

「…………え?」


父親は純粋に、息子に問いかけている。

父親の表情は疲れ窶れ切り、瞳も虚ろだった。

母親のせいだ。母親が犯した大罪のせいで、父親も変わり果ててしまっていた。



「………父さん、母さんは逮捕されたでしょ……?」

「………逮捕? 母さんが何をしたっていうんだ?」

「………だって、ほら………」


廉は言葉に詰まりながら、

震える手で、週刊誌に掲載された記事を渡した。

母親が犯した罪が全て書かれている記事。

父親はそれを、(ページ)に目が開く程に見詰めてわなわなと震え出した。


「誰だ、こんな記事を書いたのは!?」


優しい父親から初めて聞く怒号。

目は充血し、優しい面持ちは般若の形相になっていた。

初めて見る父親の形相に怯えながら、言葉を詰まらせてしまう。


「まさか、廉。お前はこれを信じているんじゃないだろうな!?」

「………だって、警察の人が来たじゃない……」

「嘘を付け!!」


その刹那。

廉は左頬に強烈な衝撃を感じた。

(やが)て、その強烈な衝撃は痛みへと変わる。


父親に叩かれた事は、初めてだった。

父親は元々優しい人物だったから、怒った姿も見た事がない。

けれど目の前には、まるで人格が豹変した様な、見た事もない父親が目の前に居る。


「廉、お前はなんて事を言っているんだ。


母さんを侮辱した事に謝れ!!

母さんは優しいからそんな事するは筈はない!!」


胸ぐらを捕まれ、睨まれながら父親はそう告げた。

その刹那に廉は悟った。あの優しい父親は何処にもいないと。

そして思った。


母親はよそ様の家庭を壊した様だけではなく、

父親すらも壊したのだ、と。






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