episode75・壊れた現実 (Ren side)
【警告】
前半、流血、刃物描写有り。
苦手な方はブラウザバックを推奨致します。
自己責任で、閲覧下さい。
ま小鳥の囀り声に、青年は唸る。
その美貌、瞳は生気が失われ、瞳の下には深い隈が露になり、
顔付きも酷薄な程に、無慈悲に窶れていた。
(もう、どうにでもなれ______……………)
ふと目を遣ると
利き手には、血の付着したカッターナイフ。
項垂れた肩からは止めどなく溢れ出し滴り、零れ落ちていく赤黒色。
痛みが全身に迸り、廉は己の舌を噛み締めていた。
次第に鉄錆の様な苦い味を覚える。
(眠りたくない)
意識を手離してしまえば、
目覚めた時の滑稽と虚無感に襲われてしまいそうだ。
そうなれば、罪の意識すら忘れてしまう人形に成り果ててしまう気がした。
それは廉の心意気と、自責が赦せなかったのだ。
忘れてならないのだ、罪人の子供である事を。
この身体に流れる赤黒い代物が、証拠ではないか。
虚無になってしまえば、罪の意識は忘れてしまう。
それは、それだけは嫌だった。
長い深夜の鳥籠の中
青年は神経と瞳をぎらぎらとさせて、
自責の念を抱き共に贖罪を求め、己を傷付け続けた。
其処は、異世界にある白い館だった。
“私と来てほしい所があるの”
都心部から離れた別居タウンから人里離れた場所。
無人駅の静寂な町にある精神科を併設した介護ホーム。
義妹に連れられて来られたのは、真っ白な洋館だった。
「何故、此処に?」
「その目で見れば、きっと解るわ」
それは喪服なのか、
黒の服に身を包んだ杏子は施設に入った。
杏子の後に続く様に舞子も後を追い、歩いている。
暖かな光りが降り注ぐ清潔感のある室内。
受付に居た看護師に水瀬です、と冷静に告げた杏子と、看護師と顔見知りの様だった。
穏やかな雰囲気の溢れる施設内は平和で、
和やかかつ穏やかな空気が流れている。時間等、現実等無い、と言わんばかりに。
陰りのない暖かな世界。
あのコンクリートに包まれた暗く冷たい世界とは、大違いだ、と感じた。
「今日は穏やかに過ごして居られます。
最近は新薬が追加された為に慣れず、寝たきりだったのですが………」
「そうですか。今は、どちらに?」
「散歩をして居られます。恐らく庭園にいるかと思われますが」
(誰の事を言っているの?)
舞子は、何目の前に起こっている現実が何がなんだか解らなかった。
まさか、この施設に放り込まれるのではないか、という警戒心まで抱いた。
しかし杏子の態度や表情は一ミリも変わらず、
行きましょう、と舞子に手招きされた。
「どうしたの、そんなに怯えて」
「…………」
晴天の空の下、青々とした草木。
其処は西洋風の庭園だった。
その瞬間、杏子が此方を向いて、
「兄は、あの人よ」と指しした。
舞子は杏子が示した先には、車椅子に座り、
遥か彼方を見詰めている男性がいた。
その男性は何処か虚ろな瞳に不釣り合いな微笑みを浮かべている。
(………颯真さん………!?)
その穏やかな横顔。優しい瞳。
でも何処か弱々しく瞳は虚ろで
其処に居たのは、自身の夫、颯馬だった。
何故、彼がこの施設に、なぜ此処にいるのだ?
杏子は、ゆっくりと舞子の方を見て告げた。
「ほら居るわよ。貴女が捜している人、貴女のご主人_______」
施設から離れた後、喫茶店。
「…………どういうことなの? 颯馬さんは、どうして、」
興奮気味に言う舞子に、杏子は冷静だ。
「貴女が逮捕された後よ。
家にはマスコミが殺到し、廉君と兄さんは、
後ろ指を指され、白い目で見られ、
連日マスコミは家に詰めかけ家には誹謗中傷の貼り紙で埋め尽くされた。
それが要因なのか分からないけれど
兄さんは次第に壊れて行ったの。
私がそう現実を理解した時には、遅かった。
廉君の身体中には酷い痣が出来る程に虐待し、
勝手に現実から解離したの。
罪を犯したかどうかは、別として、
兄も貴女と一緒の、似た者同士だったのかも知れない。
そしてこう思う様になった。
“自分自身は妻の帰りを待っている、優しい日々に戻るのだと”。
それまでは此処で待っているのだと、記憶を閉じ込めた。
………息子は、記憶から追い出してね」
冷水の様な瞳と、物言い。
舞子の記憶にある義妹の人物像とは、程遠く感じた。
大人しい思慮深い性格なのは変わらないけれど、雰囲気に冷たさは滲んでいなかった筈だ。
(なんか、怖い)
だが、居場所に帰る以上は引き下がれない。
息子と夫と取り戻すまでの関係性だ、と割り切る。
「……………じゃあ、あの人は」
「“貴女を待ってる”」
咄嗟に静かに告げた杏子に、舞子は固まりほんのり硬直した。
(廉はともかく、颯真さんは待ってくれていたのね……)
冷たく寒々しかった心が温かくなった。
ほんのり頬が桜色になっている義姉に、杏子は珈琲を嗜みながら思った。
(お気楽な人ね。幸せそう)
己の犯した罪は、棚の上に置いて。
その証拠に、優雅に紅茶を飲んだ後で、
一息着いた瞬間、身を乗り出した。
「頭がお花畑の様で、幸せそうね。
兄は息子を捨ててまで貴女を選んだ。今も幸せの中にいる」
「……颯真さんが、居なくなってしまった、というのはこういう意味だったのね」
杏子は静かに頷いた。
でも代わりに廉は、辛い人生を歩む事を強いられた。
「でも兄が抱いているのは、幻想に過ぎないの」
「……………え?」
「兄は、認知機能低下、解離障害、様々な精神的ダメージを負っている。
貴女が現れた所で、川嶋舞子だとは理解が出来ないまま。
元通りになる事はないわ。
兄は全てを忘れて
幸せな頃の鳥籠の中で生きているの」
「…………そんな」
舞子は、憔悴した。
自身を待ってくれていると
淡い暖かな気持ちになった所で奈落に突き落とされた。
「兄は貴女の存在以外、消してしまった。
息子も姪も、妹も、全て。貴女は、人物像にしか過ぎないの」
余命宣告の様に。
舞子には受け入れ難い現実だった。
その刹那、杏子の携帯端末が鳴っている。
電話の主は、和歌。
娘は休日の為に在宅にいる筈だ。
「どうしたの、和歌?」
「…………が、」
「和歌?」
電話の向こう側にいる
娘の声はか弱く、今にも消えてしまいそうだ。
「廉、が………」
「和歌、落ち着いて? 廉君に何があったの?」
「………廉が………血が止まらなくて………意識が無くて…………」
「え?」
自傷行為の事は言わなかった。
それを言ってしまえば、大事になる。
でもおびただしい血を流し、呼吸のない従兄を無視出来なくなった。
「救急車を呼んだの。
今、救急車の中で。大学病院に向かってる」
「解ったわ、和歌。取り敢えず落ち着いてね。
お母さんも今から向かうから、安心なさい。大丈夫よ」
「…………うん」
「廉君には、付き添ってあげなさい。
廉君の傍には貴女しかいないから」
「…………解った」
電話を切ると、杏子は立ち上がった。
脳裏が混乱していない、と言えば嘘になる。
廉に何があった?
「廉が、なんて?」
貴様が言うな、そんな権利は無いだろう。
杏子は内心、舞子を睨み付けたが、
(………悪い意味で、良い機会なのかも)
現実を知る為には。
「貴女のせいよ」
「え?」
杏子は、何処か哀しげに呟いた。
物語の構成上とは言え、
過激な表現がありました事に
気分をご不快に思われた方、害された方
お詫び申し上げます。申し訳ございません。
【お詫び】
人物のストーリーを表記するside表記を
付ける事を忘れておりました。
物語構成上、どの人物を示すべきか迷っておりましたが
これは言い訳であり私自身のミステイクでしかありません。
気を引き締めながら、小説を向き合いたいと思います。
申し訳ございませんでした。




